第28話 旧友は遥か遠くに

「どーすんだよ、鮫島? 魔王的な発想でどうにか妙案は?」

「ふっ、あるなら俺が聞きてーよ。降参できない将棋ってのも、辛いもんだぜ」


 鮫島の言うとおり、この戦いは既に詰んでいる。

 だがしかし、王手を打たれていることを理解していても、投了が許されない。

 人類大連合軍の容赦ない掃討が始まった。


「うわあああああああ!」

「だ、ダメだ、逃げるぞ! どっかのトンネルに入って逃げれば……」

「あっ、こっちは待ち伏せされてる!」

「クソ! こっちもだ、囲まれてる!」

「な、なんてこった……に、逃げ場がないじゃないか……」


 広い大空洞でも一部の隙もなく人類大連合軍は魔族たちを取り囲みながら、包囲網を徐々に狭めていく。

 逃げ場もなく、ただ中央に追いやられていくだけで、どうしようもない。


「くそ、ならば、正面突破だ!」

「死んでたまるかよ! 俺には、帰りを待つ女房とガキが居るんだよ!」

「俺だって、この戦争が終わったら結婚するんだ! ゼッテー帰るんだよ!」


 一部の魔族が武器を手に持ち、包囲網を突破すべく果敢に飛び出していく。

 だが、いかに屈強な魔族とはいえ、既に疲弊しきった兵たちだ。

 対して、ギャンザ軍は統率の取れた選りすぐりの部隊。


「土属性魔法部隊!」

「はは! 地母神の導きによりて、立ちはだかる悪しき罪人に大地の裁きを!」

「ボルダー・トス!」


 包囲網の前線に現れたローブを羽織った魔道士たち。

 杖を掲げて詠唱を唱えると、巨大な岩石を魔法の力で作り出し、向かってくる魔族の群れに向かって一斉に放った。


「ぐぎゃああああ」

「ぎゃぷ」


 魔族の何倍もの大きさの岩石が無数に降り注ぎ、十数人の魔族が潰されて青い血が飛び散った。


「べ、ベンガルの部隊が!」

「うそだ……ギャガンもやられちまった……あいつ、あいつにはまだ小さいガキが居るってのに!」

「くそ、くそ、くそ! 人間ども、なんだこの仕打ちは!」


 俺は、何を見ているんだ? 

 焼けるような熱気。夥しい血の海。

 旧友に会えるかもしれない……それだけのために、こんなところまで来たが、忘れていた。

 世界は今、戦争をしているんだ。


「私には分かります。魔族にだって心はあるはず。誰かを愛することも、守る心もあるはずです。なのに、あなたたちはどうして非道な行いばかりをするのです? 絶対に、許すわけにはいきません!」


ギャンザは涙を流しながら訴えている。

 奴は自分に酔っている。

 悲しみを背負いながらも正義を執行するしかない自分に酔っている。

 問答そのものがこの女には無意味。

 話し合いなど、最初から通用する相手ではない。


「あの、女、あの女だけは殺す! 絶対に殺す!」

「落ち着いてください、ウラ様」

「これが落ち着いていられるか! あんな、あんな頭の狂った女に、あんな女に母上が! そして、今も大切な仲間たちが!」

「分かっております。分かっていますとも」


 今にも飛び出しそうなウラを抑えながら、ルウガがギャンザを睨む。


「……この状況を覆すのは……もはや、一つだけ」

「ルウガ?」

「姫様、今この瞬間、このルウガは鬼人となりて、敵を討ちます。ほんの僅かではありますが、姫様の護衛を離れさせて頂きますことを、お許し下さい」

「な、何をする気だ、ルウガ!」

「戦を終わらせるための最も基本的な手段。敵の将を討ち取ります!」

「ギャンザをか……分かった。確かに、それができるのはお前しかいない。だが、無理はするな。必ず帰れ。これは命令だぞ!」

「この命に替えても!」


 片膝付き、騎士としての誓いを立てるルウガ。

 並々ならない覚悟が言葉の一つ一つに詰まってやがる。 


「ヴェルト殿」

「あっ?」

「すまない。人間はもう殺さないという誓い……もう、守れそうもない」

「おい!」


 ルウガの表情から殺気が溢れた。


「ルーカス! パピー! 今すぐ動けるものを揃えて、私に続け!」

「ルウガ様!」

「シャークリュウ様が戦えぬ今、我々だけでこの状況を打破する! 包囲網を突破し、何としても、シャークリュウ様とウラ様を守るのだ!」


 追い込まれた状況の中で、味方を立て直すのに必要なのは有能で信頼できる指揮官。


「うおおおお、人間ども! 我ら魔族の誇りを見せてくれる!」


 ウラの護衛役だったルウガが率先して前へ出ることで、生き残りの仲間たちを鼓舞して率いるつもりだ。


「あ、あれは……魔王の懐刀、魔剣豪ルウガだ!」

「やつの首を落とせ! 魔王が勇者様につけられた傷で動けないのなら、奴がこの軍の要だ!」


 ルウガは人間たちの世界でもその名は轟いているようだ。

 俺が初対面で感じた印象は、あながち過大評価でも無かった。

 俺とのやり取りのせいで、片腕を失っているルウガだが、その迫力、そして武力は想像を遥かに絶していた。


「ずあああああああああああああああああああ!」


 人間の固まりが、紙切れのようにいとも容易く切り裂かれた。


「よし、ルウガに続け!」

「敵本陣を目指せ!」


 ルウガは、いや、魔族たちは獣と化していた。

 その勢いをそのまま乗せて、人間たちを次々と蹴散らしていく。

 目を覆いたくなるような凄惨な光景だったが、俺の目にしっかりと焼き付いた。


「つええ、こ、これが、これがルウガ!」

「ひ、一人で殺しまくってるぞ! くっ、他の奴らも便乗して……」

「いかん、止めろ! そいつら、将軍を狙っているぞ! ギャンザ将軍をお守りせよ!」


 だが、ルウガたちの勢いは止まらない。

 人類大連合軍も慌ててギャンザの前に守りを固めようとしているが、この勢いなら届く。

 ルウガを止めようと無数の魔法の矢が飛び交うが、その全てをルウガは蹴散らしていく。


「つ、つえー」

「当たり前だ、ヴェルト。ルウガは私と父上が信頼する、我が国でも最強クラスの英雄だ!」


 俺は思わず呟いた。人間を殺しまくっている魔族に言うのもどうかと思うが、この強さは本物だ。

 俺もウラも、そう思っていた。

 すると、


「ああ……悲しい……こんなに分かり合いたいのに、分かり合えない……戦争とは、何と悲しいものでしょう」


 一人の剣士が前へ出た。


「えっ、なあああああ!」

「ぎゃ、ギャンザ将軍!」


 嘘だろ、あの女! 守りを固めるどころか、自分から討って出やがった。

 作戦? 違う、ギャンザを護衛していた連中もパニクっている。

 完全な独断だ。

 だが、これはチャンスだ。

ここで、ルウガがギャンザを討てば、この戦いはどうにかなる。



「魔剣豪ルウガ……あなたとは、もっと違う時代に会いたかったです……」


「ギャンザーーー! 女王様の仇、今、その首貰い受ける! 我が最強の一撃を受けるが良い!」



 ルウガの大剣。ギャンザのサーベル。

 二つの得物が速度を増して交差し合う、その時だった……



「ッ! だ、ダメだ、逃げろ、ルウガ!!!!」



 何かに気づいた鮫島が叫んだ。

 そして、俺も気づいた。

 ほんの一瞬だったが、ギャンザの体から溢れ出る「何か」。

 巨大なドクロのような黒いオーラが笑みを浮かべていた。



「クロノス・クルセイド」


 

 ただ、静かにそう呟いたのだけは聞こえた。

 それだけで、ギャンザは抜いていたサーベルを振らずに、鞘に収めた。


 何が起きたのか分からない。


 ルウガも止まらない。ルウガの刃が、今まさにギャンザの首を刎ね飛ばす、その瞬間、



「えっ…………」


「…………ル………ルウガ?」



 元の形が分からなくなるほど、バラバラになった肉片が飛び散った。

 その飛び散った肉片がルウガだったと気づくのに、俺もウラも、魔族たちも少し時間がかかった。

 飛び散った肉片とおびただしい血が、まるで示されたかのように地面に十字を描いた、


「高速、音速、光速、神速を極めし十字斬り。この技を出さねば貴方を倒すことはできなかったでしょう。最後まで分かり合うことはできませんでしたが、その強さは賞賛に値します、魔剣豪ルウガ」


 あまりの衝撃に、ギャンザの賛辞を俺たちは誰も聞いていなかった。

 だが、跡形もなく切り刻まれたモノがルウガだったと分かった瞬間、悲痛な叫びと悲鳴が響いた。



「うそだ……うそだ……ルウガ……ルウガ……うそだああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 ウラが半狂乱になるが、俺にはそれを止めることができない。

 俺だって、頭の中がまったく追いついていない。

 ついさっきまで、普通に俺と笑い合っていたルウガが、面影すら残さず切り刻まれてしまった。


「う、うおえ……な、なんだこりゃ……お、俺は……地獄に居るのか?」


 ダメだ、胃が空っぽで、吐くこともできない。

 肉体的な痛みなんて微塵もないのに、もう、心が保たねえ。

 俺はここで……



「………朝倉………」



 俺の名前? 誰だ? いや、普通に考えて一人しかいない。

 鮫島だ。


「なん、だよ……はあ、はあ、はあ……」

「つれーかもしんねーけど、何とか気張って欲しい」

「ああ? テメ、俺にこの状況どうにかできるわけねーだろ! つか、俺は人間なんだから、殺される心配は……いや、微妙だな。魔族と仲良い人間を、あのバカ将軍が見過ごすとは思えねえからな」


 俺が殺される理由はないのに、俺はどうしても自分が殺されるという予感が拭えなかった。

 すると、



「安心しろ。お前は絶対に死なせねえ」



 鮫島が傷ついた体で、何かを決めたように呟いた。


「てめ、何を?」

「いいか? 今から包囲網を突破する」

「はあ? 今、何を見てたんだよ。その先導をするはずのルウガが、バラバラにされちまったんだぞ?」

「ああ、だが、兵を率いるなら、もう一人だけ適任が居る」

「適任? ……って、おい!」


 俺が鮫島の考えに気づいたとき、鮫島は取り乱したウラを優しく抱きしめていた。


「ち、ちちうえ……りゅ、りゅうがが……るうがが……」

「………ウラ……」


 鮫島の様子。以前、どこかで見たことがある。

 そうだ、あれは、つい最近のことだ。

 今の鮫島の姿が……



「ウラ、お前は生きてくれ。たとえ、地獄に落ちても我は……『俺』はお前を見守ってっからよ! お前はなにも背負わず、ただ、幸せになってくれ。それだけが俺や、ルウガや、死んだ母さんの願いだからよ!」



 親父とおふくろにダブって見えた。



「ち…………ちちうえ?」


「朝倉ッ!!! あとは、頼んだぞ!」


「て……コラアアアアアアアアアアアアアア!」



 次の瞬間、そこに俺の知る鮫島はもういなかった。


 圧倒的な魔力と力で相手を支配する魔王しかいなかった。


 魔王シャークリュウが咆哮する。

 その瞬間、シャークリュウの肉体から激しく血が流れだした。

 勇者につけられた傷が開いたのだ。

 痛々しいまでに刻み込まれた傷が、更に広がっていく。

 絶対に安静にしなければならないほどの傷。広がれば、命の保証はない。

 だが、シャークリュウは、もはやそれを捨てる覚悟だ。

 命より大事なものを守るために。



「聞け! 愚かなる人間どもよ!! 我こそは、七大魔王最強のシャークリュウ!!」



 それは、魔王の最後の檄だった。



大海たいかいを血に染めながらも、いつかは素晴らしき世界を手にしようと我らは戦った!


しかし、この身は既に、強き勇者の聖剣にて、まもなく滅びを迎えるだろう!


だが、我はただでは死なん!


潔き死ではなく、我は生き残すための死を選ぶ!


未来へ我の命より大事なものを繋ぐために!


我が誇り高き同胞たちよ! 貴様らの命、今こそ我に捧げよ! 


我らは誰一人殺されてはならん! 


今ここに、魔王シャークリュウ最後の策を貴様らに授ける! 


全員、我について来い!」



 黙って殺されるな。

 戦って死ね。

 シャークリュウは叫んだ。

 すると、どうだ? さっきまで死ぬ寸前だった魔族どもが、一つの命となって心の炎を燃やした。



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」



 魔王シャークリュウ、そして魔王の同胞が全て鬼人……いや、鬼神と化した。


「す、すげえ……」


 人間の俺ですら、腹の底から熱い衝動がこみ上げてきた。


「鮫島……お前……随分と遠くまで行っちまったんだな」


 旧友の背中が、遠くに見えた。

 でも、だからこそ、俺は俺で応えなきゃならねえ。


「父上―!」

 

 俺は、今すぐにでも駆け出しそうなウラの手を掴んだ。


「ッ、離せ、ヴェルト! 父上が、父上が!」

「ああ、あいつが必ず、道を開く。その瞬間をゼッテー見逃すな!」

「ヴェルト……お前、何を……?」


 魔王の命より大事なモノ。

 俺は了承してねーけど、この際ヤケだ。

 守ってやるよ!


「ウラ、隙を見て、俺と一緒にここから脱出するぞ」

「な、なにをバカな! 父上が戦うなら、私も戦おう! 皆が死ぬのなら、私も戦って死ぬ!」

「うるせえ、テメエの親父は何一つ望んでねーだろうが!」

「い、いやだ! 父上、いやだ、いやだ、いやだ! 私も死ぬ! 戦って、死ぬ!」

「テメエごときが行ったって何もできねーよ! 奴は望んでねーけど、どうしても戦いたいってんなら、後悔しないだけ強くなって出直すぞ! 俺もお前もな!」


 ウラは、本当に死ぬ覚悟が出来ている目だ。それを見ると、ため息が出る。

 フォルナといいウラといい、どうしてこんなにこの世界の女や子供は男や親の気持ちを分かってくれないんだか。


「それとな、俺やお前の親父を前にして、自分は死んでもいいって言葉を吐ける奴は、本当に一回死んだことのある奴だけだ。それを覚えときな」


 俺は何も出来ない。

 鮫島のグチや弱音を聞いてやることも、理解してやることも。

 だが、それでも託された。なら、それぐらいは応えてやらねえと。

 ダチとして、男として。

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