第29話 魔王と化け物

 体育祭の時を思い出した。


 ―――朝倉、後は頼んだぞ! 


 朝倉リューマの時代、体育祭のリレーでバトンを受け取るときに、体操服姿の鮫島に言われた。

 今では魔王と農民の息子という立場なのに、俺はあの時と同じ言葉を鮫島から言われた。

 それが、いつまでも俺の中に残っている。


「ズアアアアアアアアアアアアアア!!」


 鮫島の面影を無くし、鬼神と化した魔王の暴威。


「ニンゲンドモ。恐怖セヨ。コノ圧倒的ナチカラノマエニ、平伏スガヨイ!!!!」


 死すら微塵も恐れない特攻態勢は、人類にとってもっとも避けたかった脅威でもあった。


「魔極神空手・天変廻し蹴り!!」


 大空洞の中で巻き起こる天変地異。

 蹴りと共に吹き荒れる大竜巻は、人間の無力さを十分に知らしめるものだった。


「ば、バケモンだああああああああああああああ!!」


 既に死を覚悟した魔王の最後の輝き。

 勇者に敗れたとはいえ、半端な豪傑や英雄程度など、まったくものともしない。


「し、信じられん、ただの蹴りだぞ! 蹴りで起こした風が、風属性の魔法よりも遥かに強力だ!」

「こ、こんなものを詠唱もなしに連発されたら……ど、どうやって止めれば……」


 今になって思えば、鮫島の無条件降伏は、人類大連合軍のためでもあった。

 もし、鮫島が戦えば傷が広がって死は免れない。

 だが、それでもその気になれば、この場にいる人間などいくらでも道連れにできるのだ。


「魔極神空手・水平線五連突き!!」


 拳を突き出す。ただそれだけなのに、まるで衝撃波だ。

 屈強な軍隊が拳一つで隊ごと吹き飛ばされる。

 理不尽極まりない力過ぎて、呆れることしかできない。


「うおおおおおお、魔王様に続け! 道を必ず開けるのだ!」

「せめて、せめて、我ら魔族の希望の光を明日へと届けるのだ!」


 死など惜しくない魔族たちも続く。

 死ぬと分かっているからこそ、なおのこと必死。

 

「ッ、いくぞ、ウラ! フードかぶって、どさくさに紛れて逃げるぞ!」

「し、しかし、……しかし!」


 ウラはまだ躊躇っている。

 当たり前だ。実の親、さらにずっと共に過ごしてきた者たちが、確実に死に向かっているんだ。

 自分だけ逃げるなんて選択を、立派なお姫様が簡単に出来るはずがない。

 だが、グズグズしている時間もない。


「おい、あそこに居る小さいのは、ウラ姫ではないか?」

「ぐっ、殺せ! 子供といえども容赦するな! 未来への復讐の要因は全て断て!」


 しまった、見つかった!

 まっすぐこっちに、向かってきている。

 くそ!


「ちっ、来るなら来やがれ!」


 てか、何で俺は魔族の娘を守るために、味方であるはずの人間と戦おうとしているんだよ!

 鮫島……やっぱ、恨むぞ……


「小僧! ウラ姫様!」

「えっ?」


 その時、俺たちの目の前に名前も知らない魔族の兵が庇うように立ち、その体に人間たちの刃が突き刺さっていた。


「お、おい!」

 

 誰だよ! てか、致命傷だ。心臓に突き刺さってる!

 名前も知らない魔族が、俺たちを庇って……


「お前が……誰かも分からぬままだが……行け、小僧……!」

「ッ!」

「何としても……何としてもウラ姫様を守りぬくのだ! 頼ん……が……は……」


 どうして、こー、魔族ってのは、あー、もう、よく分かんねえ!

 頼んでもいないのに、勝手に、色んなもんを人に背負わせてんじゃねえよ!


「ウラ、お前はよ~、どうやら簡単に死ぬ気になっちゃいけねえみたいだ」

「……うっ……どうして……どうしてみんな……」

「前向けよ。俺も怖いが、必ず乗り越えてやるよ。この戦……お前が生き残れば、お前たちの勝ちだ!」


 いける!

 小細工なしに一点突破。しかし、それが捨て身の魔王の力であれば、人間に簡単に防げるはずがない。

 絶対脱出不可能だった包囲網。それは兵を分散を意味していた。

だから一点集中させた突破こそが唯一の活路。

 その穴が、シャークリュウの手によって広がっていく。


「くっ、他の予備兵を回せ!」

「ダメだ、そんなことをしたら、他のトンネルから逃げられる!」

「しかし、このままでは奴らが突破する!」


 捨て身の徹底抗戦が功を奏した。

 連合軍も立て直しが難しいほど混乱している。

 このまま、デカイ風穴を開ければ俺たちは……


「ッ! 鮫島ァ!」

「父上! 上です!」


 その時、俺たちは偶然視界に捉えた。

 包囲の壁を飛び越えて、真っ直ぐシャークリュウに飛びかかる女を。


「魔極神空手・天変廻し蹴り!!」

「五月雨百鬼悪斬」


 ここに来て……やっぱり出てくるよな……普通……


「ほう、大した斬撃だ。我の魔脚を剣で相殺するとはな」

「驚いたのはこちらですよ。既に瀕死の状態でこの力……感服致します」


 ギャンザが現れた瞬間、怒涛の勢いの魔王軍団の足が止まった。

 

「ぎゃ、ギャンザ様! ギャンザ様がシャークリュウと!」

「いや、しかし……あの化物を始末できるのは……やはり、将軍しかいない!」


 あと一歩……こいつさえ、なんとかできれば……



「なるほど。特攻玉砕の自爆と思わせつつ、ドサクサに紛れてウラ姫だけでも逃がす算段でしたか。確かに今は子供といえども、あなたの娘。数年後には紛れもなく世界の脅威となりますからね」


「ふ~、脅威か。ちなみにだが、我の娘が今後は戦も忘れてただの女として穏やかな日々を過ごすので見逃して欲しいと言ったら、貴様はまた奸計だと疑うか?」


「何をおっしゃいますか。もし、それが本当だとしたら、それほど素晴らしいことはありません。だからこそ残念です。それがありえないと私には分かってしまうから……」


「ふっ、……聞くんじゃ……ナカッタナアアアアアアアア!」


「さあ、来るなら来なさい、魔王!」



 対峙する魔王と化物将軍。互いに化物。

 見えない拳と斬撃の応酬。分かるのはそれだけ。

 

「お、おおお、い、いけ、ギャンザ様! ギャンザ将軍! 将軍! 将軍! 将軍!」

「魔王様! 魔王様万歳! 魔王様万歳! 魔王様万歳!」


 二人の戦いは、もはや誰にも手出しが出来ないほどのレベル。

 二人の間合いに一歩でも近づけば、その瞬間、肉片変えられるだろう。

 だからこそ、せめて声だけでも届けようと互の軍が自分たちの大将に声援を送っている。


「ふう……厄介ですね……長期戦なら確実に勝てますが……しかし、そうすると別の策を打たれる可能性もありますからね……やはり、ここは瞬殺と行きましょう」

「小娘ガ! 誰に向かって口を聞いている!」


 その瞬間、ギャンザの構えが変わった。それは、ルウガを仕留めたあの……


「ッ! ……見ただけで震えが……鮫島……やべえぞ、その技は!」


 不意にルウガが粉々に切り刻まれた悍ましい光景がよみがえった。

 ウラも繋いだ手が汗ばんで震えているのが良くわかる。


「魔王シャークリュウ。あなたには、魔王の名に相応しい力がありながらも、欠点があります。それは、一切の武器や魔法を使わず、己の拳足のみで戦うことです」


 構えのまま、ギャンザが淡々と語りだした。


「人間は、力を手にするために剣を生み出しました。知恵を手に入れた先に魔法を会得しました。剣と魔の融合こそが最強への道。それを、武器を持たず、魔法も使わずに勝とうという、あなたの自惚れた精神では、何も掴むことは出来ないと知りなさい!」


 ギャンザの体がゆらりと揺れる。

 来る。

 来るとわかっていても、決して防ぐことも見ることもできない、最悪の剣。



「クロノス・クルセイド!」



 だが、



「分かっていないな、小娘!」



 俺たちは目を疑った。

 確かに、ギャンザの動きはまるで見えなかった。

  だが、気づいた瞬間、ギャンザの剣はシャークリュウに両手で掴まれていたのだ。



「な、な! わ、私のクロノス・クルセイドが!」


「魔極神空手・神剣しんけん白刃しらは取りだ」



 俺たちの衝撃は勿論だが、この事態は連合軍にとっても明らかに想定外。

 ギャンザの表情が初めて強ばった。

 ギャンザは確かに恐怖に満ちた化物だ。

 だが、鮫島は……魔王だ……



「小娘よ、教えてやろう。手に何も持たないことを志しとする道。だから、空手道だ! それは、自惚れではなく、信念!」


「ッ!」


「それと、今だから教えてやろう。その空手道を生み出したのは、魔族ではない。貴様らと同じ、人間だ!」



 鮫島!

 なんて……なんてスゲー野郎だ、お前は!


「幕だ!」


 シャークリュウは素手で、ギャンザのサーベルをへし折った。


「ま、まずい、将軍!」

「や、やめろ、シャークリュウ!」


 素手となったギャンザでは、シャークリュウに勝てない。

 この勝負……


「魔極神空手・連波れんぱ手刃しゅじん!」


 その手刀を、目の前にふり下ろせば、シャークリュウの勝ちだった。

 ギャンザを始末すれば、ギャンザが殺したというシャークリュウの妻の仇も取れていた。

 だが、シャークリュウは目の前のギャンザに攻撃せず、代わりにその後ろの包囲網に向けて手刀を放った。


「ッ!」

「ち、父上!」


 シャークリュウの手刀により、包囲網が突破され、か細いが確かな穴が空き、俺とウラの目の前に活路ができた。


「い、いけええええええええええええ、ウラ! あさく……ガッ……ハッ……」


 だが、それと同時に、シャークリュウの肉体がついに限界を迎え、シャークリュウは全身の傷口から血が溢れ出し、また大量の血を口から吐き出して倒れた。

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