第15話 今日から俺は始まる

 俺は……朝倉リューマはどうしようもないバカだった。

 あんな価値のない男が死んだところで、誰も悲しんではくれないだろう。

 でも、ヴェルト・ジーハの両親は違った。

 この日、国中を駆け巡った悲報に誰もが大粒の涙を流していた。

 それは、農民も、平民も、兵士も、貴族も、そして王ですら……


「ヴェルト、私はな、今だから言えるが昔はお前の父のライバルだった。私と、タイラーと、そしてボナパの三人でアルナを振り向かせようと、子供の頃に張り合っていた。結局、アルナは、武勇でも地位でもない、温かい心を持つボナパと結婚したがな。だが、二人の間にお前が生まれたとき、私は自分のことのように嬉しかった」

 

 フォルナの父、すなわちこの国の王は、娘とは違って特別な武勇や才はない。

 身分こそ王族ではあるが、平凡故に、威厳はまるでない。

 ただ、誰にでも分け隔てない優しさしか取り柄がないが、その優しさが国民に慕われた。


「ヴェルトよ。このたびの件、私も言葉がない。ボナパとアルナは、私にとってもかけがえのない友であった」


 体裁だけではない悲しみが、王からも伝わってきた。

 臣下や子供である俺が目の前に居なければ、恐らく涙を流していたかもしれない。

 王だけではない。事件を聞いたタイラー将軍も悔しさが顔ににじみ出ていた。

 それが悲しく、しかしそこまで大切に思われていた親父とおふくろが、誇らしかった。


「二人を殺めた亜人は必ず捕らえ、しかるべき報いを受けさせる。お前は、しっかりと心を休めて欲しい。私も出来る限りの協力をしよう」


 朝倉リューマなら、こんな時は、「偽善」とかひねくれたことを言ったのだろう。

 でも、今の俺は違った。心遣いが心に響いていた。

 言葉が出なかった。頷くことしかできなかった。


「そこでな、ヴェルト。お前さえよければ、落ち着くまでこの城に住む気はないか?」

「え、城に?」

「お前の家はもう、住める状態ではない。そもそも十歳のお前を一人で暮らさせるわけにはゆかん。フォルナもその方が喜ぶだろう。学校はここから通えば良い」


 やばかった。俺は、また泣きそうになった。

 正直、魔法の才能も特殊な能力もない平民に生まれ変わった俺は、ついていないと思っていた。

だが、実際には満たされていた。先生と出会うまで、俺は一人だと思っていたが違った。

こんな俺を、ヴェルト・ジーハを愛してくれる人たちがこんなに居たんだ。


「ヴェルト、そうしなさい。絶対にその方がいいですわ」


 フォルナが俺の両手を掴んで頷く。

 そうだ、国王の言葉に甘えることが、今後の俺にとって幸せなのかもしれない。

 でも、俺はまだその厚意にすがる気はなかった。

 平凡な平民の俺は、しばらくは落ち着きたかったからだ。

 城にいると、幸せではあるんだろうが、気が休まらない。


「ありがたいけど……俺はいいよ。俺はもう大丈夫だし……それに城にって言われても、なんか息が詰まりそうだし……」

「ふっ、お前ならそう言うと思った。だが、さすがにお前の一人暮らしは許可できん。王として、大人として、そしてお前の父の親友としてな」


 そう言われても、前世ではほぼ一人暮らしみたいなもんだったから、心配は居らないんだが……


「あ~、つまり、一人暮らしじゃなくて……もしくは、俺の身元引受人みたいのが居ればいいのか?」

「ま、まあ、お前の様子を誰かが見てくれるのであればな……」


 俺の身元引受人……思いつくのは一人しかいない。


「先生」

「なんだ?」


 後ろで俺たちのやりとりを黙って聞いていた先生は、いきなり話がふられて少し慌てた様子。

 慌てるようなことを言うのはこれからなんだが……


「空いた時間はちゃんと店を手伝うからよ……俺を店に住まわせてくれねーか?」 

「はっ?」

「できれば、俺の身元引受人になって欲しいんだけど」

「なにいいいいいいいいい?」


 ほら、慌てた。まあ、驚いているのは先生だけじゃなく、この場にいた全員なのだが。


「ヴェルト、あなた人の迷惑も考えずに何を言ってますの! お父様もこの城に住むように言っているではないですの!」

「いや、そんな迷惑はかけらんねーよ」

「ちょっと待て、お前は俺への迷惑は考えねーのか?」

「だから店手伝うよ。あんだけ繁盛してるんだし人手が足りねーだろ? 一応、この国で先生の次にラーメン屋について詳しいのは俺だぞ?」


 一応、俺もメチャクチャなことを言ってるのは自覚している。こんな生意気なクソガキを引き取りたい奴が居るわけがない。

 だが、それでも俺が色々と頼れるのは先生しかいない。



「あさく……じゃなくてヴェルト。お前、何言ってるか分かってんのか? 俺に、他人の子供を引き取れって言ってんだぞ? 子供いないとはいえ、結婚している俺に、カミさんの許可無くだぞ?」


「ああ、分かってるよ。でも、俺がマジで悩みを言えるのは先生だけだし……迷惑なのは分かってるけど……頼む。俺が今、頼りたいのは先生だけなんだ……お願いだ、先生……」


「……お前……」



 すると、フォルナが眉をひそめて俺の後頭部を叩いた。


「バカヴェルト! なによ、なによ! 悩みがあるならワタクシに相談しなさい! どうしてこの方にしか相談できないの? あなたたちは、この間、会ったばかりじゃない」

「男は女にはできねー相談もあるんだよ」

「な、なんですの?」

「たとえば、俺の好きな女の子への告白の仕方とか、それをお前に相談してどうすんだ?」

「あっ……も、もう、ヴェルトったら! そんな相談しなくても、一言好きと言ってくだされば、それで十分ですのに」


 別に嘘は言ってない。なんか、顔を真っ赤にしてすごい嬉しそうにフォルナが照れてるし、何を勘違いしているかは分からない……いや、分かるけども、一応俺は一言も嘘は言ってない。


「ったく、今になって頼るのは反則だぞ? そいつは、俺が教師をやっていた頃にしろってんだよ」


 先生は呆れたように天井を仰いでいる。だが、どこか諦めたような口調だった。


「いいか、条件はいくつもある。まずは、俺に嘘をつくんじゃねえ。隠し事もだ。何をするにも逐一、俺に報告しろ。そんで、すぐ相談しろ。そうでなけりゃ、すぐに店から叩き出す」


 俺は、本当に幸運だ。仮に他に俺たちと同じ転生者が居たとしても、俺ほど恵まれた環境にいる奴はいないだろう。



「あとな、過去を気にするのもいいが、こだわりすぎねえこと。何をおいてもヴェルト・ジーハにとって大切な物を優先しろ」


「ああ、努力するよ」


「最後に、俺はたった今からお前のことをヴェルトと呼ぶ。『朝倉』とはもう呼ばない。いいな?」



 この最後の会話だけは、誰にも意味が分からなかっただろう。だが、この会話が出来るからこそ俺は幸運なんだ。

 先生は、俺に今後は朝倉リューマであったことにこだわるな。ヴェルト・ジーハとして生きろと言った。

 そして、先生も、もう俺を「朝倉」とは呼ばない。ヴェルトとして見ると言ったのだ。

 今、先生がそうやって生きているように。


 ある意味、今日、俺のヴェルト・ジーハとしての人生が始まったのかもしれない。


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