第14話 二度目の後悔

 目が覚めた。

 目が覚めたということは、俺はまだ生きているということだ。

 だが、ここはどこだ? そう思いかけた時、いきなり体に衝撃が走った。


「ヴェルトッ! よかったですわ、ヴェルト!」 


 フォルナだった。ベッドで寝ていた俺に、勢いよく飛びついてきた。

 大粒の涙を流し、体を震わせている。

 俺の存在を確かめるように、そして絶対に離れないという意思を込めて抱きつかれていると伝わった。


「フォルナ……ここは?」

「城の医務室ですわ。三時間ほどあなたは目を覚まさなくて……ワタクシ、ワタクシ……」


 そうか、俺は助かったんだ。あの時、ガルバたちが駆けつけてくれて、それで……


「ッ、親父とおふくろは!」


 俺の意識は一気に覚醒した。

 そうだ、あれは夢なんかじゃなかった。

 親父とおふくろは助かったのか? 

 だが、俺が確かめる前に、フォルナは俯いていた。


「ヴェルト、その、おじさまと、おばさまは、あのね……」


 やめろ……


「おい、なんだよ、その顔は。親父とおふくろは……どこに居るんだよ。ガルバたちが助けてくれたんだろ?」


 助かったはずだ。だから、フォルナ……なんで泣くんだよ……


「ヴェルトくん、目が覚めたんだね?」


ガルバが神妙な顔で俺に歩み寄ってきた。


「ガルバ! 丁度良かった、親父とおふくろは!」

 

 俺が質問した瞬間、ガルバは悔しそうに唇を噛み、そして両目をつぶりながら、首を左右に振った。


「すまなかった。私たちが駆けつけた時には……既に……」

「おい……」

「亜人も慌てて逃げたようだが……二人は……」


 そこからら先は、誰が何を話していたか分からない。



 ただ、呆然としてしまい、状況が把握できず、理解できず、ただ混乱するしかなかった。


 

 俺がようやく言葉を発せるようになったのは、しばらく経ってからだ。



「親父とおふくろは、城内に居るのか? なら、会わせてくれ」

「いや、その、君は見ない方がいい」

「いいよ。俺は大丈夫だ」

「しかし」

「頼むよ」


 俺は二人に会わせてくれと言った。誰かが、損傷が酷いので見ないほうがいいと言った。

 でも、俺は会うと言った。

 医務室からどういうルートで歩いたかも分からず、城の中をぐるぐると歩き、薄暗い一つの部屋まで案内された。


「……親父……おふくろ……」


 一人にしてくれと俺は言ったが、フォルナとガルバは部屋の中まで付き添った。

 俺がそれを了承したかどうかなんて、自分でもどうでも良かった。

 今はただ、寝台に横たわり、血を吸って赤く染まったシーツをかけられている、横たわる親父とおふくろだったモノを俺は見下ろすだけだった。


「全然、考えたこともなかった」

「ヴェルト?」


 それは、亜人に襲われたことではない。

 こういう状況になり、自分がこんな気持ちになるということを、考えたこともなかった。



「俺は、朝倉リューマじゃなかったのか? なのに……何だよ……このザマは。何だよ……この気持ちは」


 

 二人はヴェルト・ジーハの親で……でも、朝倉リューマにとっては血の繋がっているだけの……違う! 何でだよ!

 何で今になって、こんな風に思うようになる。



――ヴェルト、今日はパパといっぱい、遊ぼうじゃないか!



親父と遊んだ記憶。



――ヴェルト、ママに抱っこされるのがそんなに嫌なの?



 おふくろに抱きしめられた記憶。


「親父……おふく……ろ……」


 何だよ、この気持ちは。

 次々と数えきれないぐらい思い出がよみがえってくる。

 そして……



――その……俺……やりたいことができたんだよ


――ヴェルト! 何がしたいの! なんでも言って! もう、ママはなんでも協力するから!


――お、お前が、お前が「やりたい」ってことを口にしたのを、パパとママはもうここ数年……そうか! そうか!


 

 俺が前世の記憶を思い出してしばらくやさぐれていた間も変わらず接してくれて、そして俺が先生と再会してから「やりたいこと」を見つけてそれを口にしたとき、たった一言「やりたいことができた」と言っただけで、あんなに涙を流しながら喜んでくれた二人。


「あ、あぁ……あ……おや……じ……おふくろ……うっ、ぐ……うぅ……う……」


 当然だけど、これからはもう家に帰っても親父とおふくろは居ない。

 明日も明後日も、これから何年経とうと俺はもう二度と二人と会うことはない。

 声も聞けない。ウザイと言うことも、じゃれ合うことも、甘えることもできない。


「今更後悔してどーすんだよ!」

 

 ただ、涙だけが止まらなかった。


「うっ、ううう、ううう、おやじいいいいいいいいい! おふくろおおおおおおおおおおお!」


 何でこんな当たり前のことを俺は分かっていなかった。

 誰が何と言おうと、俺がどんな人生や前世だろうと、二人は俺の本当の親で、俺にとって大切な存在だったんだ。


「ぶっ殺してやる、……ぶっ殺してやる、あのケダモノ野郎! 必ず見つけてぶっ殺してやる! 死んでも許さねえ!」


 許せるかよ。絶対に。あいつだけは許さねえ。

 必ず、いつか必ず見つけだして殺してやる。

 そのためなら、死んだって……


「バカなこと考えてんじゃねえよ」


 そのとき、部屋の扉が開き。予想外の人物が入ってきた。

 先生だ。


「先生……なんで……」

「姫様に頼まれたんだよ。一緒にお前の傍に居てやってくれってな。聞いたよ。何があったのかをな」


 フォルナを見ると小さく頷いた。

 余計なお世話……とは思わなかった。正直、今もっとも会いたい人だったからだ。


「先生、俺、先生に親父とおふくろ紹介してなかった」

「ああ。俺も無理にでも挨拶しに行けば良かったと後悔してるよ。こんなことになるなんてな」


 俺も後悔していた。どうして、めんどくさいとか、照れくさいとか思ってしまったのか。



「なあ、先生。二人は俺を守ってくれた。自分の命と引き替えに」


「ああ、正に親の愛そのものだ」


「死ぬって分かってたのに、それなのに、分かってたはずなのに……俺みたいな大馬鹿野郎を……」


「んなことねぇ。お前の両親は、自分が死ぬよりお前の方が大切だった。二人にとって、お前はそれほどの存在だった」


「……朝倉リューマの両親は……リューマが死んで、泣いてくれたのかな?」


「それは分からねえ。でもな、これだけは覚えておけ、お前はヴェルト・ジーハだ。朝倉リューマは関係ねえ。そして、ヴェルト・ジーハを心から愛してくれている人がこの世界に、お前の傍に居る」



 分かっている。ただ、俺が勝手に前世に囚われていただけだ。


「あさく……いや、ヴェルト。俺たちはスッカリ忘れていた。転生しようが、死んだらもう終わりなんだ」


 その通りだ。死んで今までの人生を後悔したはずなのに。


「ああ、そうだな。その通りだよ。死んだら後悔しても遅い。神乃のことで、気づいたはずなのに」


 神乃に言いたくて言えなかったことを、どれだけ後悔したことか。


「もっと、ガキらしく甘えれば良かったよ……もっと、一緒に居たかった! 本当は俺も親父とおふくろが大好きだった」


 俺は大バカだ。一回死んでも治らないほどの。

 だが、これからは違う。二回死ぬはずだった俺の代わりに、親父とおふくろが死んだ。

 俺はもう二度と、いや、三度も後悔はしない。


「フォルナ……」


 フォルナは何も言わなかったが、本当は俺と先生が何を話しているのかを知りたいと思っているに違いない。

 『朝倉リューマ』とは何なのかと。だが、フォルナは何も聞かなかった。

 今は聞くときではないと察したのだろう。本当に、子供のクセに察しがよくて、本当に俺を想ってくれている。


「いつか……お前にはいつか教えてやるよ」

「ヴェルト?」

「ああ、教えてやる。それだけは約束だ」


 うまく笑えているかどうかは分からない。

 フォルナがまた泣きそうな顔になった。俺までつられてしまう。

 でも、今はこう言うしかない



「俺はもう、大丈夫だから」



 泣きじゃくるフォルナを強く抱きしめながら、俺は、親父とおふくろに別れを告げた。

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