思い出の終活旅行 紫陽花の前で君を待つ

平野水面

 ドアの向こう側から気配がする。

 不機嫌なお父さんが玄関で腕組みをしている姿が浮かんだ。

 出来れば顔を合わせたくはないけど玄関を通らなければ家には入れない。

 諦めて説教を受ける事にした。

「ガチャ」

 ドアを開けると案の定、お父さんは真っ赤な顔をして腕組みをして立っていた。

「今、何時だと思っているんだ恵?」

「腕時計しているんだから確認すれば良いじゃんか」

「生意気を言うな、どこで何をしていたんだ。心配するだろ!」

「まだ七時じゃん、心配するような時間でもないし、友達とマックでお喋りしてただけだから。それと夕飯はいないから。おやすみ!」

 強引に話を切り上げて、靴を脱いで階段へ上がろうとする私をお父さんの腕が行く手を阻んだ。

「外で食べて来るならお母さんに電話しなさい。せっかくお母さんが作った夕飯が無駄になるだろ!」

 私は無視してお父さんの腕の下を潜り抜けて階段を上り始めた。

 階段の最上段に差し掛かる辺りで後ろから大きな物音がした。

 お父さんが壁でも叩いただけだろうと思って振り向きもせずに自室に入った。

 制服から部屋着へ着替えようとしたらお母さんの悲鳴が聞こえてきた。

 驚いて自室から飛び出して階段を下りようとしたその時、玄関でお父さんが倒れていた。

 お母さんは倒れているお父さんの脇で絶叫していた。

「父さんしっかりして、しっかして、あぁどうしたら良いの、お父さん起きて、目を開けて!」

 お母さんは完全にパニックなっていた。

 私はスマホを取り出し救急車を呼ぶ。

 階段を駆け下りてパニックになっているお母さんを落ち着かせようと話しかける。

「しっかりしてお母さん。こういう時だからこそお母さんが落ち着かないと。一体誰がお父さんを救えるのよ!」

「そうね、そうね、そうね、母さんがしっかりしなくちゃ。そうだ救急車、救急車を呼ばなくちゃ!」

「私が呼んだから大丈夫。お母さんはお父さんの意識が戻るように何度も呼び掛けて!」

「あぁ、そうよね、父さんしっかりして私が分かる?」

 お母さんの呼び掛けにお父さんの返事は無い。

 しばらくして救急車が到着した。

 救急隊の人達がお父さんの隣にストレッチャーを置いて合図する。

「一、二、三」

 ストレッチャーに乗せられたお父さんは救急車へ運ばれて行く。

 お母さんも一緒について行き、救急車の中でお父さんに声をかけ続けていた。

 やがて救急車のハッチバックが閉まりサイレンを鳴らして走り去って行く。

 私は救急車が見えなくなるまで見送った。

 少し落ちついた後、ふと頭によぎる物があった。

 お父さんが倒れた理由は私が怒らたせいかもしれないと。

 少しだけ罪と責任を感じて心がチクチクとした。

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