ダグラス=ディミトリ①


ここで、ダグラス=ディミトリという人物について紹介しよう。


彼はダグラス子爵家の現当主であり、身分的にはオリビアと同等の位置にいる。彼の家は領地を持たず、代々商売をして稼いでいた。


しかし、ダグラスの代で変化が起こる。ダグラスは衛所に入り、役人になったことだ。今までつちかってきた商人とのコネを利用して、上層部の管理職につき、あっという間に自分を頂点にする派閥を作り上げた。そして異例の速さで戦術顧問兼指導教官という、名誉職におさまった。


その手腕によって、衛所の財政はダグラスが掌握している。何事をするのにも、ダグラスの許可が必要になる。


つまり、衛所の最高指揮官のオリビアと、衛所の財布であるダグラスをメイの手中に収めれば、グーデンの軍事関連はメイの思いのままにできるのである。




  ◇◇◇




その日、ダグラスは演習場に来ていた。



普段彼は自身の屋敷を出ることは滅多にない。何かしらの用事があれば、用件のある方がダグラスの元に来るのが道理だと、心底思っているからである。


さらに、ダグラスはなにかと恨みを買いやすい。警護の意味でも自宅に籠っていた方がなにかと便利なのだ。


ダグラス自身に身を守る手段があれば良いのだが、彼は頭脳派である。今までの人生のなかで剣を振るったことは、片手に数えることしかない。



しかし、そんな彼もこの期間だけは絶対に衛所に来ていた。


新人研修期間


である。


これは、毎年行われる。名前の通り、1年に一度新たに入ってきた新兵たちの教育期間である。


この期間の間に新兵たちの品定めをして、見込みがあれば唾をかけておく。この人選は自身の派閥の運営にも大きく左右されるため、ダグラス自ら行っているのだ。


それと、いちおう肩書の中に指導教官があるため、姿を見せることくらいはしておかないと面目が立たない。




「今年は目ぼしいものがおらんな」

「はい。今年は平民の労働者階級が多数を占めております」

「使えん」


新兵たちが訓練をしているなか、ダグラスは高見の見物を決めていた。彼らを見下ろし、鬱陶しそうにタメ息を吐く。


「女はどうだ。美しいものはいたか」

「閣下の御眼鏡にかなう者が一人おりました」

「ほう」


二重顎をなでながら、ダグラスは満足そうに笑う。


「その者を今夜、俺の部屋へ連れてまいれ」

「承知しました」


視察もそこそこに、ダグラスは自身の部屋に戻る。





一方、ダグラスが部屋に戻った頃、衛兵長室。


「ご指示の通り、ディミトリ閣下にご報告しました」

「ありがとう。下がっていいわ」


一人になった部屋で、少女は静かに思考をめぐらす。



作戦はうまくいっている。


ディミトリは、全く衛所の変化に気づいていないようだった。普段から衛所にいないのがあだになった。


すでに配下の一部は、主を変えていた。先ほど、この部屋に来ていた衛兵も、現在は少女の手下となっている。


せめてもっと前に衛所に来ていれば、このような事態も避けられたかもしれないのに。


いや。そうでもないか。もし衛所にいたら、洗脳されるのが少し早くなるだけだろう。



少女は椅子から立ち上がると、部屋の隅に置いてあるクローゼットから服を出す。その服は、衛兵の制服だった。それを着ると、その上から大きい黒い外套を羽織る。フードをかぶると、少女の顔は見えなくなった。唯一見えている口元には、きれいに弧を描いた笑みが張り付いていた。


少女は扉を開け、外に出る。扉は静かに閉まった。

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