これはまだ始まり

【スキル〈催眠〉が、超スキル〈洗脳〉に進化しました】


私の視界に、突然この表示が現れる。



人はそれぞれ一つのスキルを持っている。


私のスキル〈催眠〉はハズレスキルだ。

自分と目を合わせた相手を、少しの間だけぼーっとさせるだけの効果である。あくまで目を合わせなければ発動しないし、相手が警戒していれば催眠にかかることもない。たとえ催眠にかかったとしても、ちょっとした衝撃で効果は切れるし、効果時間も数秒と短い。故にハズレスキルなのである。


私は思わず、その表示をガン見する。その表示はすぐに消えてしまった。スキルが進化することがあるのは知っているが、〈洗脳〉というスキルは聞いたことがない。それもとは?


しかし、迷っている暇はない。オリビアが拷問を始めるまで、秒読みだ。



俯けていた顔を上げる。たったこれだけの行為なのに、今の私には一苦労だ。私が顔を上げると、今まさに拷問を始めようとしていたオリビアと目が合う。


《スキル発動》


「なんだその生意気な目は――!?」


オリビアは私と目を合わせた姿勢のまま固まった。その体は小刻みに揺れる。私によって、彼女の自我は完全に乗っ取られようとしているのだ。


すごい! これは凄いスキルだ。彼女が私のモノになっているのが、手に取るようにわかる。


今、私はオリビアを自害させることもできるし、周りにいる兵士たちを殺せと命令することできる。彼女の人格を自由に書き換えることもできるのだ。


なんて素晴らしいスキルだ! これならアイツらを、もっと苦しめることもできる!


私がオリビアを完全に掌握すると、彼女は操り人形の糸が切れたようにガクッと膝をつき首を垂れた。時間にして、数秒の出来事である。


「マクスベル様!」

「貴様、衛兵長に何をした!」


オリビアの後ろに控えていた兵士たちが武器を構え、私に迫ろうとする。


「オリビア。殺せ」


私がそう言った後の、オリビアの動きは素晴らしいものだった。


跪いた姿勢から素早く剣を抜くと、近寄ってきた衛兵たちの喉元を斬りつけたのだ。彼らは目を驚愕に大きく見開きながら、血を噴き出して倒れる。オリビアは容赦なく、倒れた二人の心臓の部分に剣を突き刺し、完全に息の根を止めた。


血に濡れた剣を持ったまま、オリビアは私の拘束具を外し、再び私の前に跪いた。


「よくやった」

「私には勿体ない御言葉です、ご主人様」


高笑いをしそうになるが咳き込んでしまい、不発に終わった。私のその様子を見ると、慌ててオリビアは自分が持っていた水筒を差し出す。


「お腹が空いたな。オリビア、お粥を持ってきてくれ」

「御意」


オリビアは地下室を飛び出していった。



  ◇◇◇



オリビアは実に忠実な部下になった。私がそうなるように設定したから。


私は地下室を出た。今は元は衛兵長室だった部屋を、自分の部屋にしている。まずはオリビアを使って、オリビアの側近だった兵士たちを自分の配下にした。この街は大きいので、それに応じて衛所の規模も大きい。だいたい200人ほどの兵士が常駐しているそうだ。違和感なく、全てを支配するには時間をかけなければならない。



暇になった私は、オリビアで遊んでいた。


「ねえ、オリビア。あなたは私の何?」

「私はご主人様のペットです。私はご主人様を拷問したクソ野郎なので、人以下の存在です。ご主人様のお側にいられるだけで、私は幸せなのです」


オリビアは私を愛しくてたまらないという目で見て、猫なで声で私に返事する。


今まで人に見下される人生だった。しかし今は、私が見下す立場だ。上に立つ人間の悦びがわかった。たしかに人を見下すということは、自分に大きな快感を与えてくれる。


私はオリビアに仰向けに寝転がるように指示すると、オリビアはなんの疑問も持たず素直に横になる。無防備になったお腹に、思い切り足を下ろす。


ぐえっ


オリビアの顔には、快感8割苦しさ2割の表情が浮かぶ。私から与えられるものには、全て快感がおこるようにした。この行為は、彼女にとってご褒美なのだ。


蕩けるような彼女の顔に、優越感が湧き起こる。


「ありがとうございます、ご主人様ぁ~」

「ホントに良い子だね、オリビアは」


私のモノになったオリビアを見下ろしながら、アイツらのことを考える。


「ご主人様、ご主人様っ♪ どうされたのですか。私になんでもおっしゃってください! ご主人様を苦しめる奴は、私が切り刻んでやります♡」


オリビアは私の顔を見るとなんの躊躇もなく言い切った。


ああ、なんて良い子をペットにしたのだろう。オリビアが愛しくて仕方なかった。


「いずれ、オリビアの出番がくるよ。それまで大人しく待っててくれる?」

「はいっ。私はご主人様のペットですから」


私がもとは衛士長の椅子だった安楽椅子に座ると、足にオリビアがしなだれがかった。甘えるように私の足に抱き着く。


クックックッ。笑いが抑えられない。私の復讐は、これからだ。せいぜい束の間の幸せを味わっておけ。


(アイツらは絶対に地獄に落としてやる)


その時の私は、とても人に見せられないような顔で嗤っていたと思う。

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