【完結】隣の天使ちゃん
はやし
1章 天使ちゃんを救い出すまで
第1話 フィギュアに囲まれて
キャビネットがAmazonから届いた。厳密にはAmazonでキャビネットを出品している中小企業YY家具屋からの配送だ。大型の段ボールを玄関先で受け取った
注文していたキャビネットの値段は一万六千円とやや奮発したもので、ガラス板は六段ある棚底に使われる部分と、閉会式の扉に使われる一回り大きめの強化ガラス併せて七枚、それに加えて背面ミラーが一枚用意されており、総重量は六二キロとたいへん重たいものであった。
この中に、自らの大切なコレクションを飾るのだ。
「いい感じだ」
白塗りされている木製板の表面を手でさすり、俊一がつぶやいた。
「塗装もしっかりしてる。やっぱり安物とはぜんぜん違うや」
俊一の部屋には九つの本棚が、壁を半周ぐるりと取り囲むように設置されており、本棚の置かれていない部屋の隅二カ所には、カラフルな箱が天井に向かって理路整然と積まれている。本棚として本来の目的に添って活用されている棚は、部屋で一番大きいサイズの棚一つだけで、残り八つの本棚には、大小さまざまな女の子のフィギュアが、一定の間合いを図って丁寧に並べられていた。百均のプラ板を蓋代わりに釘で打ち付け、埃が入り込まないようにするための工夫がなされている。積み上げられているカラフルな箱の中には、未開封のフィギュアが収められていた。その数は四十を越える。
これらのフィギュアを箱の中から出してやることができる喜びに、俊一は思わず小躍りを始めてしまう。はっと気が付いて、机の上にあるPCに視線を戻した。二万円で買った安物のノートパソコンの画面上には、先ほどまで見ていたテレビアニメの動画が映し出されている。女の子同士がハグしているシーンで止まっていた。美少女が九人集まってライブ活動をするというハートフルど根性学園アイドルものアニメ第十二話のBパートを視聴中だったことを思い出し、俊一はすかさず席に戻った。
「これ見てから組み立てよう!」
再生ボタンを押して視聴を再開する。俊一の推しメンは相澤真希ちゃんだ。日頃は凛としたお姉さまタイプだけどたまにデレると非常に可愛いのだ。
五分くらい経ち、ふたたび呼び鈴が鳴った。俊一はまた動画を停止して、「きたか!」と叫ぶと、玄関へと急いだ。鉄骨アパートのぼろい床がみしりみしりと音を立てた。
「配達でーす」
「はい、待ってました」
「ここにサインおねがしゃーっす」
「はいはい」
「これ荷物になります。したー」
配達のお兄さんが背を向けるタイミングとほぼ同時に扉を閉め、すぐさま部屋に戻って、小ぶりな段ボールを豪快に剥ぎ取った。
「おおおおおおっ」
梱包されていたのはフラワースマイル製、相澤真希可動式フィギュア、夏服ネコミミVer.(七分の一スケール)同一製品二個である。
「キタキタキタァァーーー! フォーゥ!」
両の手にまったく同じフィギュアの箱を抱えて、変な躍りをしながら、俊一はあらゆるものに感謝した。
「水山監督あなたこそは神だ! フォーゥ! 脚本家の上洲原先生! あなたは神の右腕だ! アニメーターのみんなは神官だ! 僕は今あなたたちに感謝する! 真希ちゃんを生み出してくれて、ありがとう! 素晴らしいポージングだ! 造形職人の人にも、本当にありがとう! そしてありがとう!」
くるくるショートの凛とした女の子、相澤真希(十四歳)のフィギュアに情熱のこもったまなざしを送る。パッケージに鼻息がかかりそうなほど顔を接近させて、真希ちゃんにそっと囁きかけた。
「ハッピーバースディ。真希ちゃん。生まれて来てくれて、ありがとう」
真希ちゃんの生誕を祝う。祝ったあと、制服姿の真希ちゃんを斜め下から覗き込んで、パンツの出来映えを確かめた。
「黒のショーツが似合うよ。ハッピーバースディ。そうだ。この喜びを共有せねば!」
机の上にフィギュアの箱を二つ並べて、携帯で写真を何枚か撮る。それを短文投稿サービスツイッターに投稿して、短いコメントを書き込んだ。アカウント名はsyun_figfig フォロー数は二百人、フォロワー数は五十人。投稿した後、なんだか空しさがこみ上げてきて、俊一はうなだれた。
「誰も拡散してくれないや。アニメについて話せる友達、欲しいな」
同じ趣味を持った友達どころか、田舎から出てきた俊一に友人と呼べる人間は一人もおらず、ほとんど孤立無縁状態だった。社会との繋がりは唯一、四年間働き続けているアルバイトだけで、ここ数年は誰かと食事をした記憶もない。友達の作り方とはどういうものだったか、俊一はたまにふと心配になるときがあった。それでも無駄なことはあまり考えない性格だったため、辛気くさいことを考えるのはいったん止めて、またアニメの視聴を再開する。エンディング、Cパート、次回予告まで見終えると、ブラウザを消して、放置していたキャビネットを組み立てる作業に入った。
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