第四十章 権力争い

   第四十章 権力争い


 一行いっこうはサクセーナ大臣の部屋へ行った。一番避けたい相手ではあったが、五大臣の中で一番の権力者けんりょくしゃであるのでここへ最初に挨拶をしに来るのが礼儀れいぎだった。


 扉の前には警備兵けいびへいたちが立っていた。ジェイ警備隊長けいびたいちょうが開けるように指示すると、警備兵たちはサクセーナ大臣に一行いっこうが来たことを伝え、扉を開けた。

 部屋にはサクセーナ大臣だけではなく、他の四人の大臣もいた。侍女たちの知らせを受けて、現在の第一権力者だいいちけんりょくしゃもとに自然と足が向かって集まったのだ。

 全員横並びに椅子に座って一行いっこうを待ちわびていた様子だった。ラーケーシュの話を聞いて、救世主きゅうせいしゅとも言えるアニルの帰りを待ち望んでいたのだ。

 アニルは先頭せんとうと切って堂々と突き進むと、サクセーナ大臣の真正面ましょうめんに立った。その後にハルシャ王子たちがゾロゾロと続いた。ハルシャ王子はアニルの影からサクセーナ大臣を見上げた。サクセーナ大臣は顔を動かさず、目だけでハルシャ王子をとらえた。ハルシャ王子はそれにおびえるように身をちぢめた。


 「よく戻って参られた。風の祭司アニル殿。」

 大臣の一人が言った。外務がいむ大臣だった。

 「お久しぶりです。大臣の皆様。」

 アニルは愛想あいそよく言った。

 「今スターネーシヴァラ国は危機ききひんしています。シャシャーンカ王が攻め込もうとしているのです。どうかお力をお貸しください。」

 財務ざいむ大臣が言った。

 「そのことについては聞き及んでおります。私がこうして戻って来たのはもちろんスターネーシヴァラ国を守るため。必ずやこのスターネーシヴァラ国を守ってご覧に入れましょう。」

 アニルが大臣たちを喜ばせるように調子ちょうしよくそう言うと、大臣たちはほっとしたような笑顔を浮かべた。大臣たちは口々にアニルに対して感謝の言葉を述べた。けれどアニルはそれをさえぎるように言葉を続けた。


 「ただし、それには条件があります。」

 大臣から笑顔が消えた。サクセーナ大臣だけが予想していたように驚きもせず、聞いていた。

 「条件とは一体…」

 農務のうむ大臣が困惑こんわくしたように言った。

 「ハルシャ王子が王位をぐことです。」

 大臣たちがが『あっ』と忘れていたことを思い出したような顔をした。そしてアニルの後ろにいるハルシャ王子にようやく目を留めた。

 大臣たちは今までまったくハルシャ王子の存在に気づいていなかった。ラージャ王が亡くなり、スターネーシヴァラ国の危機ききを救えるのはアニルしかいないと聞いてからはハルシャ王子が行方不明ゆくえふめいになっていることなどすっかり忘れていた。大臣たちは今更よく帰っていらっしゃいましたなどと言えなかった。

 ハルシャ王子も大臣たちが自分を忘れていたのに気づいた。けれど取り立てて何か言うつもりはなかった。ハルシャ王子も大臣たちも黙ってアニルの言葉が続くのを待った。


 「もちろん、おさないハルシャ王子に代わってしばらくの間は大臣の皆様がスターネーシヴァラ国の政治を行うことになるでしょう。けれどそれはハルシャ王子が十六歳の誕生日を迎えるまで。それ以降、すべての政治に関する決定権はハルシャ王子に帰属きぞくするものとすることしていただきたい。この条件さえ飲んでくださればカルナスヴァルナ国から送られてくるであろう数万の兵士は私が何とか致しましょう。」

 アニルはそう言った。

 「了解しました。」

 そう最初に口を切ったのはサクセーナ大臣だった。四人の大臣はサクセーナ大臣を見た。

 「ハルシャ王子は王位第一継承者おういだいいちけいしょうしゃ、十六歳という年齢ねんれい妥当だとう。その条件に異議いぎがあるはずありません。」

 サクセーナ大臣がそう言うと他の四人の大臣たちももっともだと言わんばかりの顔で同意どういした。

 「では、そういうことで。」

 アニルはかたのような目をサクセーナ大臣に向けた。


 その時、後ろの扉が再び開かれた。部屋に二人の祭司が入ってきた。一人は顎髭あごひげを生やした厳格げんかくそうな初老しょろうの男で、緑色の肩掛けをしていた。もう一人は頭が巻き毛で、メガネを掛けた若者だった。白と黒の縞模様の布を首に掛けていた。


 「ここに皆が集まっていると聞いてやって参りました。」

 顎髭あごひげを生やした男が抑揚よくようのない声でその場にいる全員に向けて言った。この男こそスバル医薬長いやくちょうだった。祭司の中ではアジタ祭司長さいしちょう地位ちいにあり、医薬いやく薬学やくがくに通じ、スターネーシヴァラ国民の健康を守るという役目やくめを持っていた。


 「スターネーシヴァラ国が危機におちいっていることは我々も聞き及んでおります。何か協力できることはないかとここにやって参りました。」

 黒縁メガネを掛けた若者が言った。この若者がプータマリ司書長ししょちょうだった。若いながらもスバル医薬長いやくちょう同様どうよう祭司長さいしちょう地位ちいき、スターネーシヴァラ城にある図書館の管理人であり、著名ちょうめい歴史研究者れきしけんきゅうしゃでもあった。

 二人は挨拶あいさつ代わりに自分たちがここへ来た理由を言うと、ハルシャ王子に目を走らせた。


 「ハルシャ王子ご無事で何よりです。」

 スバル医薬長いやくちょうとプータマリ司書長ししょちょうが言った。ハルシャ王子が返事へんじをする間もなく、今度はアニルに目を走らせた。アニルと二人の祭司の間に何か不穏な空気が流れた。二人の祭司はアニルに牽制けんせいをかけるような一瞥いちべつを送り、それからルハーニに目を留めた。


 「その子供は?」

 スバル医薬長いやくちょうがアニルに尋ねた。

 「ハルシャ王子を私のところまで案内してくれた魔女まじょのルハーニです。私の弟子でしになりました。」

 スバル医薬長いやくちょう怪訝けげんな顔をしてルハーニを見た。プータマリ司書長ししょちょう興味きょうみぶかそうな眼差まなざしを送った。


 「部外者ぶがいしゃは外に出すべきでは?」

 スバル医薬長いやくちょうが厳しい口調くちょうで言った。

 「そうですね。でもここに部外者ぶがいしゃはいません。皆事件の当事者です。」

 アニルはニコリと微笑ほほえんでそう言い返した。スバル医薬長いやくちょうまゆひそめた。


 「では席に着いて会議を始めましょう。我々には時間がありません。」

 プータマリ司書長ししょちょうが言った。家来けらいたちが椅子やテーブルを用意した。そこにはルハーニの席もあった。全員椅子に座った。

 「さて、話し合いと行きましょう。」

 アニルが全員に言った。サクセーナ大臣とスバル医薬長いやくちょうはその場を仕切しきろうとするアニルをにらみつけた。他の大臣たちは誰かが仕切しきるのに任せて、ただ椅子に座っていた。プータマリ司書長ししょちょう権力争けんりょくあらそいには加わるつもりはないと示すように身を引いていた。 

 ハルシャ王子は八人の顔を心細こころぼそげに見渡していた。今後のスターネーシヴァラ国の力関係を暗示あんじしているような構図だった。

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