第11話 ダンジョン突入



9 ダンジョン突入



 まだ靄(もや)のかかった早朝、街を出ようというところで見知った顔と出くわした。

 昨日の、冒険士を探してるとか言ってたおじさんだ。


「やあ君か」


 どこか彼は焦っているようで早口に言った。娘さんは見つからなかったんだろう。やはり塔にいるのか。


「塔にいこうと思ってね。もう探してないところはあそこだけなんだ」


「娘さん、ですか」


「もう一人前だとは思うんだが、親として心配でね。この島で消息を絶ったみたいなんだ」


「冒険士……僕たちも冒険士です。目的もいっしょです。ここで行方不明になった人たちを捜索してます」


「おお! おお! そうか。じゃあ娘の名前も知っているだろう。クラハという名だ。ゴールドクラスの」


「えっと……」


「知らない!? おまえらほんとに冒険士か。モグリじゃあるまいな」


「すみません、駆け出しなもので」


「なら無理をしないほうがいい。あのダンジョンはかなりの難関らしいからな、わしに任せておけ」


「いや、さすがにひとりで行くのは……」


「なあに心配はいらん。こう見えてわしも昔は腕利きの冒険士でな……『カードの貴公子』スべンディーアたぁ、この俺のことよ」


「……し、しらない……」


 フォッシャと顔をみあせるが、まったくわからない。サナも苦笑いを浮かべていた。


「では、アディオス!」


 スベンディーアは颯爽と立ち去っていく。こちらが止める間もなかった。自身で腕利きだったというだけあって、やたらと足がはやい。


「聞こえてないべな……あれは」とヨッゾ。


「よほど心配なんワヌね」


 娘のために単身この島にくるくらいだからな。一晩で島中を捜索したというのが本当かはわからないが、いくら実力があっても独断行動は危険だ。早く追いかけたほうがいいだろう。


「そうだね……ぜったい助けないと」


 サナがぽそりとつぶやく。いつになく真剣な表情だった。いささかその言葉に違和感を感じつつも、俺たちは先を急ぐことにする。


 



 紅葉した木々を抜け、魔法の塔その足元までやってきた。

 緊張感というやつか呼吸がおちつかない。この仕事は今までのオド結晶集めとはちがう。そのことはもうわかっている。しかしなにかもっといやな予感がする。


 塔の門のまえで狐姉妹がまちかまえていた。彼女たちが前に立ちはだかって、俺たちは進むことができない。


「ここは通しません」


「そういうこと」


「なかへ入ってはダメです」


 ふたりの目は話をきいてくれそうもない。これ以上被害をひろげたくないという言い分もわかる。

 どうするかというときにサナがカードをかまえた。狐姉妹がふらふらとしながら目を重そうにまばたきし、やがてその場にくずれて寝息をたてはじめた。どうやらサナが魔法をつかったらしい。


「サナ……」


 いくらダンジョンに入るため仕方ないとはいえ、魔法をつかうのはやりすぎなようにも思えた。

 だがサナは顔色ひとつ変えずに狐姉妹をそっと横にしてやる。


「いよいよワヌね……」


 門の扉を前にして、さすがのフォッシャも顔がこわばっていた。

 サナが扉に手をかけ、


「伝説ではこのダンジョンの最上階にクリスタルがある。この塔は遥か昔ある魔法使いひとりだけが、走破したといわれてる」


「慎重に進むべな」とヨッゾ。


「あぶないから、ヨッゾまでついてきてくれなくてもよかったのに」


 俺がそう言うのも心配してのことだ。


「冒険士を運ばにゃならんだろうから、手が必要だべさ」


「でも、あんたを心配してるヒトだっているんじゃないか。恋人とか家族とか友だちとか」


「イチレンタクショー。いまはここにいる全員がわての恋人であり、相棒だぎゃ。こわいけど、エイトくんについていけば大丈夫だと思うべさ」


「その意気ワヌ!」


「……わかった。いくか」


 扉に手を伸ばし、サナと共に開けて中に突入する。


 なかは薄暗かった。いくつかの道にわかれており、外からみるよりあきらかに広いく空間が捻じ曲がっているようだ。

 変わっているのは床が水のようになっていることだった。水浸しではない、まさしく液体がある。プールの上にガラスを張ってその上を歩いているような感じだ。

 これが迷宮、ダンジョンか。だが普通の場所ではないだろうというのはわかっている。


 先から気配がして、身構える。正気を失った目の男と、巨大なカマキリかキリギリスのような虫に似たモンスターがただならぬ雰囲気をまといながら近づいてきた。


 いつもならあの怪物を目にした途端に剣を抜くところだが、ここはモンスターの島だ。話が通じれば危害を加えてこないかもしれない。


「あいつら……生物じゃないぞ。魔法みたいな……」


 サナがくれた魔法カード【精霊の祝福】のおかげかいつもよりオドがはっきりと見える。あの2体がまとっているオドの色は生物のそれではない。どちらかというと魔法と同じ種類のものだ。

 

「カードか。サナ、このなかじゃカードを召喚できるのか」


「みたいだね。気をつけて」


「カードと戦うだぎゃ!? どうしよう!?」


「大丈夫。下がってろ、ヨッゾ」


 前に出て1枚のカードをかまえる。俺が呼び出したのは『宿命の魔審官』のカード。拳銃をかまえた男が写っている。

 みたところ敵は、あの緑色のは昆虫系。そして男の方は魔人だろうか。鼻が長く紫色の服に身を包んでいる。老人のようだった。

 敵のカードがどういうタイプかわからない以上、長引かせる理由はないな。


 審官がつくりだす魔法の弾丸が放たれ、敵2体を一瞬で撃滅する。


「序盤から飛ばすワヌねえ」


「おお! この調子なら最上階までいけそうじゃなあ」


 ウォリアーはただの2枚のカードへと戻り、床に落ちたそれを俺は拾い上げる。

 こんな状況でも不思議と落ち着いていた。頭も回っている。これも精霊の祝福とやらのおかげなのか。


「体が軽い。あのカードのおかげかもな。なあ、ところでなんでカードが襲ってきたと思う」


 疑問を口にする。サナが意見を出してくれた。


「だれかがオド結晶を独占しようとして、そういう仕掛けをつくったとか」


「ありえそうじゃな。お嬢さん、冴えてるなぁ」


「どうかな。……こういうセンはないかな? たとえば、冒険士の落としたカードが、勝手に暴走しちゃってるとか……」


「考えてもわからないワヌよ。わけのわからない場所だからダンジョンって言われてるんだし。それより先にすすむワヌ」


「ああ……」


「エイトどんは大いなる遺産が手に入ったら、なにしたいだぎゃ?」


 とヨッゾがきいてきて、


「そうだな。もうすこし色々とカードを見てみたい……かな」


「控えめじゃのう。わては世界旅行の資金にする! 世の中をわての音楽と笑いで満たしてやるんじゃ。ま、コツコツ貯金はしとるんじゃが、多いにこしたことはないからのう」


「サナもなんかあるワヌ?」


「わたしは……」


「したいこととか、やりたいこと、あるワヌ」


「うん……でも、だれかにイヤな思いをさせたり、不幸にさせてまで……自由になろうとはおもわない」


 暗い顔をして小難しいことを言い出すサナ。俺とフォッシャはどうしたんだろうという具合に顔をみあわせる。

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