みにちゅあっ!
鞘野
序章 ここから二歩目を踏み出して
第1話 別れは終わりじゃなくて
きっと、この部室もしばらくは広く感じるだろう。
そう思いながら、私、
これらは全てここ一年で私が持ち込んだもの。
スネアドラムにツインのキックペダル、あとはスプラッシュシンバルとアタッチメント。
春休み、わざわざ軽音部の部室に来て楽器を片付けている理由は、私がこの部室では演奏しなくなるからだ。
キックペダルをようやく鞄に仕舞える程度に分解して、そのまま整えつつ詰め込んでいく。
ようやく全てを収納したらキャリーカートに積み上げ、自転車に使うようなゴムバンドで崩れないように回して固定した。
立ち上がったところで、誰が持ち込んだかスタンドミラーの私と目が合う。
横に置いたキャリーカートの1.5倍くらい程度の身長。 先月気にしながら測ったら146.3センチだった。
……そろそろ、このまま成長が止まってしまうのではと思い始めている。
そんな小柄な体格ゆえ、腰あたりまでのツインテールにしている髪は、みんなからあざといと言われながらマスコット扱いされている。
濃茶色のブレザーに赤いリボン、チェック模様の赤いスカート。
この制服目当てで受験するという生徒も少なくない学校だ。
授業の無い春休み真っ只中だけれども、学内に入る入門証のようなものなので、これを着ている。
「……よしっ」
そう呟いてから、スタジオでもある部室からカートを引いて外に出ると、どこからか飛んできた桜の花弁が辺りに点々と模様を作っている。
少し肌寒い空気、けれど暖かい春の陽射し。
ちょっとした変化が積もり積もって、いつの間にか一年前では考えられなかった場所に居る事に、なんとなく郷愁めいたものを感じながら。
今出てきた、背後にある部室。 おそらく昔から伝統的に軽音部として使われているであろう防音扉が構えていて、古びた造りは時代を感じる。
よくあるのは近くのスタジオをレンタルして練習するスタイルと聞くので、こうやって学校内にスタジオを構えるのは本当にレアケースだろう。
しかし、私はその部室を後にする。
キャリーカートを引っ張って転がしながら、別の目的地へ向かった。
それは部活を辞めるわけではなくて。
せっかくここまで機材を揃えてしまったからという思いもあるし、演奏する事が楽しいから。
少し歩いた先には、学内の隅にぽつんと建っている倉庫らしき建物。
ただ、その入り口は倉庫と似て非なるものだった。
新品の防音扉。
今は開け放たれているものの、二重になっていて完全に防音対策済み。
私の目指す場所はここだった。
近付いた扉の奥には一人の生徒の姿が見える。
中では部屋の隅で椅子に座りながらベースギターを演奏していた。
とはいってもケーブルは何も繋がれておらず、その場の雰囲気で弾いているだけのようだ。
彼女は
学年を示すリボンが赤色、私と同じ学年で軽音部の部長だ。
女子の中では学年最高の身長で、もしかしたら同学年の男子学生よりも背が高いかもしれない。
ゆるくウェーブがかったロングヘアで、私と比べて非常に長身、かつグラマラスという、同じ年齢の人類なのかと疑ってしまうぐらいに違う。
……確か私が146.3センチを測った日、一緒に測ったら175センチぐらいだった気がする。
さっきまでのちょっとした感傷に浸るような感覚を振り切るように、あえて元気に声を出す。
「やっほー! 恵ちゃん、来たよ!」
呼びかけると、目を閉じて弾いていた彼女は演奏を止め、こちらに視線を向けた。
「よっしゃ、ぱぱっと取り付け終わらして、再出発といくか!」
そう言って立ち上がると、持っていた楽器……ベースギターを座っていた椅子の隣にあったスタンドにかけて、元々持ってきていたベースのバッグから色々と取り出し始めた。
置いてあるベースは、真っ赤な縁取りから中心に向けて白っぽい木目の色にグラデーションが施された色合い。
楽器店でよく見る角の丸いデザインに対して、少しシャープな曲線といった印象も受ける。
ピックアップ部分には金属のガードも付いていて、なんだか厳つい。
そう、再出発。
この学校には、ふたつの軽音部ができる。
前回の学園祭で同じ軽音部として一緒にやっていたメンバーと、目指したい先が全く違うリーダー格の二人。
せっかくならそれぞれで主導して別々に活動してみたいとい話し合ったところ、本当にふたつに分離ができる運びとなった。 大丈夫かうちの学校。
その際、メンバーそれぞれどちらが良いかという話になるものの、私は最初から恵ちゃんについて行こうと決めていた事で、結果的に男女でくっきり分かれる形に。
男子で集まった方は、青春ロックとでも言うんだろうか、同い年の私が言うのもヘンだけれども『粗削りな若者のチカラ』を歌うタイプ。
一方、女子ふたりで集まる事となったこちら、恵ちゃんは小さい頃から渋めのジャンルを聴いて育ったとの事で、今は未熟ながらも演奏にセンスが光るものにしたいという話。
作詞のイメージがなんだかオトナを感じさせるものだったので、元々私が好むジャンルも受け入れてくれそうな予感がしたというのもある。
結局、向こうが既存の部室を利用し、既に新しいメンバーを見つけてから春休みに入ったという話を聞いた。
こちらは新しい部室の準備もあり、春休み開けからの募集という事になる。
「ちゃんと揃うとええなぁ……」
たぶん、恵ちゃんのその言葉は私に対してではなく、モノローグが言葉に出てきただけなんだろうと思う。
それが杞憂どころか、むしろ贅沢な悩みを抱える事になるのは新学年が始まって少ししてからの事。
そんな事を知る由も無く、黙々と私たちは目の前にある各自の楽器を準備し始めるのだった。
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