4-3

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ドキン!心臓がすくみ上る。許されたのかと思っていたけど、やっぱり気にしていたのか。でも、どうして今更……


「えーっと……その、この仮面には、色々と事情がありまして……あの、うちの王女から何か聞いてませんか?」


「ああ、聞いている。だがそれがどうした?」


ど、どうしたって……そう言われちゃ、何も返す言葉がない。


「それはそなたたちの都合であろう。ロア王女の話を聞いても、余は納得できなかった。だからこうして夕餉ゆうげに招いたのだ。食べるときには外すだろうと思っていたのに、お前は意外と頑固だったのでな」


ああ、そういう……ちっ、じゃあやっぱり、始めから気に食わなかったんだな。


「……その、俺はそんなにいい顔してませんよ」


「はっはっは!そうか、だが気にするな。余はそなたの正体を暴きたいのであって、色男を拝みたいわけではない。初めから期待していないと言ったら、気を悪くするか?」


「……」


言い逃れはさせてくれなそうだな……ウィルがハラハラした顔でこっちを見ている。


「桜下さん、どうしますか……?」


どうするっつったって……俺が正体を隠しているのは、もう勇者をやめたからとか、いろいろ理由があるけど……一番には、ロアの沽券にかかわるからっていうのがある。西寺桜下が勇者だとばれると、王女の立場がマズくなるのだ。

俺がだんまりしていると、ノロは面倒くさそうに首を振った。


「そう堅くなるな。今の余の言葉には、それ以上の意味はない。お前の正体を知ったからと言って、それを政治利用しようだとか、今回の件に難癖をつけようだとか、そういうことは考えてはおらぬ。そういう事は、小賢しい小国の王がすることだ」


……本当だろうか?俺は王様には、嫌なイメージしか持っていない。そんなやつの言葉を鵜呑みにできるほど、俺はピュアじゃないが……


「……わかりましたよ」


ため息をつく。あーあ、やっぱりこうなったか。しょうがない、ロアには事後承諾で勘弁してもらおう。エドガーと秘密と、どちらの方が重要かは、あいつだって分かってくれるはずだ。俺は仮面を外した。


「ほほう……それがそなたの顔か」


素顔をさらした俺を、ノロは満足そうに見つめる。


「ふふん。なかなかいい面構えだ。まだまだ青いが、その年の割には肝が据わった目をしている」


「……どうも」


女帝に褒められるなんて、なかなか光栄だな?ふんっ。それはいいんだけど、隣でフランが当然だとばかりに、挑発的な視線をノロに送るのだけは勘弁してほしいんだけど。

ノロはもう一度リンゴにかぶりつくと、芯をぽいと投げ捨てた。


「すごーい、二口で食べちゃった」


ライラ、今はそれはどうでもいいよ……


「ふぉれはふぉうとして、ごくん。どうしてそなたは、そんな仮面を付けておったのだ?そちらの王女が言っていたことは、適当な言い訳であろう」


ロアが何て言っていたのかは知らないが……さてさて、どう話したもんか。俺は言葉を選びながら、慎重に口を開く。


「えっと……俺は、勇者としては、あまり出来が良くないんです。なので、実はもう勇者はやめてしまったというか」


「やめた?勇者を?あれは、そうやってやめるやめないができる肩書きではなかったと思うが」


「ええ、なんでどちらかと言えば、役割を放棄したって言った方が正しいですかね。俺は勇者がするべきこと、なすべき責任から逃げちゃったんですよ。勇者失格ってやつです」


ぎし。隣から鎧がきしむ音が聞こえてきた。何だと思って見てみると、エラゼムが珍しくそわそわしている。それどころか、フランやライラにウィルも、こちらをじとっと不満そうな目で見ている。な、なんだなんだ?ウィルが唇を尖らせる。


「まったくもう。そんなに自分を落とす事もないでしょうに。まったくもう……」


えぇ?自虐ではあるけど、事実だし……どうしてそこで怒るんだ?


「ははは。勇者失格か」


おっと。ノロの笑い声で、視線を正面に戻す。


「だが、それだと不思議だな。それならどうしてそなたは、二の国の勇者を連れてこいという余の要請に従い、こうして我が国まで足を運んだのだ?」


「う……その、騙すつもりでは」


「ああ、よいよい。余も詳しい事情は知らなんだ。だが、おぬしはどうだ?おぬしとしては、勇者じゃないからと、招集要請を断ることもできたのではないか?」


「ああ、そういうことですか。んんと……今回治療してもらう男は、前に少し世話になっているんです。その借りを返すため、ですかね」


「ほう、そうだったのか。ふふ、やはり話してみるものだな。こうして実際に顔を合わせれば、互いのことなどすぐに分かると思わぬか?」


「え?あの……え?」


「おぬしが義理堅い男だとよくわかった、ということだ。それに、誠実でもある」


「せ、誠実?いや、そんなことは……」


「よい。現にお前は、余の質問に対して一つも嘘を言わなかったではないか」


「それは、そうですけど……え?あの、どうして嘘じゃないって……?」


確かに俺は噓をつかなかったが、その真偽をノロが分かるはずはない。鎌をかけられたのだろうか?いや、それよりも……ノロは不敵に笑う。


「おぬしの考えている通りだ。知っていたとも、あらかたな」


「は……?」


「おぬしは我が国の勇者と会っているだろうが。その時の話を、当然余も知っている。そちらの国で反乱が起きかけたこともな。それらを結び付けて考えれば、おのずと答えは見えてくるものだろう?」


なっ……じゃあこの女帝は、全部分かった上で、俺がどう答えるか試してやがったのか?うわっ、とんでもない女だ。背筋を冷や汗が伝う。余計なごまかしをしなくてよかった……


「ふははは、悪かったな。だが、おぬしを確かめてみたかったのだ。話は伝え聞いてはいたが、この目で見ぬ限りは、余は物事を信用せんたちでな」


「……そ、そうすか」


「うむ。そして喜べ。おぬしはこのライカニール帝の信頼を勝ち取ったぞ。おぬしはすでに勇者ではないかもしれぬが、それに匹敵する男ではある。余は一度約束したことを覆しはせん。治療については安心するがよい」


俺はほっと溜息をついた。なんにせよ、それさえうまくいけば、後はどうでもいいからな。


「さて……望むならば、我が国の七色の甘味を堪能していってもよいが。おぬしとしては、それよりも休息がお望みか?」


俺はノロの顔をうかがった。また何か意図があるのかもと思ったが、ノロはスッキリした顔をしている。意地悪じゃなくて、純粋に問いかけているみたいだ。


「それなら……失礼じゃなければ、お暇させてもらえると」


「そうか。構わん、下がってよいぞ。旅の疲れをゆるりと癒すがよい」


ノロが薄く微笑んだので、俺は心から嬉しい気持ちで立ち上がり……そうになるのをこらえて、ゆっくり立ち上がった。確か、お辞儀をして、そのまま振り返らずに下がっていくのが正解だったよな?俺は今朝のヘイズがしたのを思い出しながら、見よう見まねで部屋を後にした。




桜下が出て行ったあと、部屋ではノロが、夫の一人に酒を注がせていた。


「皇帝閣下、いかがでしたか?先ほどの少年は」


酒のかめを持った夫がたずねる。ノロはぐいっと酒をあおると、酒臭い息を吐いた。


「はぁ。なに、おそらくは見ての通りだろうよ。話には聞いていたが、なかなか面白い小僧だ。二の国の王女も馬鹿なものだ、あの小僧は様々な使い道があっただろうに」


「そうでしたか。それを確かめる為に、彼を呼んだので?」


「なに、そう単純なことではないさ。余は、少し“見てみたい”ものがあってな。その前の準備段階と言ったところだ」


ノロがくつくつと笑うと、手に持った金のコップからワインがこぼれた。ワインはノロの引き締まった太ももを濡らす。すると夫の一人、筋骨隆々のエドワードが、愛おしそうにそのワインを舐め取った。エドワードの頭を、ノロもまた愛おしそうに撫でる。


「あの少年は肝が据わっているが、まだまだ子どもだ。非情になり切れておらん。だから、付け入るスキが生まれるのだ」


ノロは楽しそうに笑うと、またコップに口を付けた。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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