12-1 謝罪

12-1 謝罪


「ふう……これで全部、かたづいたな」


俺はアルルカの胸に置いていた手を離すと、パンパンと手を払った。アルルカの胸は柔らかかったが、ガラスの粉が散っていてチクチクした。


「さてと、リンを連れて帰らないとな」


「桜下殿、それでは吾輩が彼女をおぶさりましょう」


「そうか?じゃあ頼むよ」


俺はリンをエラゼムに任せた。でも、確かにそのほうがよさそうだ。大技を連発したし、何より久々に本気で怒ったせいで、俺もかなり疲れている。この状態で人ひとりを背負い、あの長い螺旋階段を下りる自信は……ないなぁ。


「そんじゃ後は……アルルカ。なにか、持ってきたいものはないか?大きなものはダメだけど」


「……」


アルルカはもう押さえつけられてはいなかったが、ぺたんと床に座り込んだまま、微動だにしなかった。相当のショックを受けているようだが、あれだけのことをしてきたんだ。同情の余地はない。


「……」


「……まあ、ないならいいけど。じゃあ出発するぞ」


俺は階段を下りようと、くるりと背中を向けた。そのとたん、後ろでカチャリとガラスを踏む音がした。


「桜下さん!」


ウィルが叫ぶ。やっぱり来たか……!俺はすかさず、振り向かないまま叫んだ。


「アルルカ!おすわり!」


「ふぎゅ!」


ズササー。俺の足もとに、足を折りたたんで正座の姿勢になったアルルカが滑り込んできた。


「ど、ど、どうして!?このっ、動きなさいよ!」


アルルカは自分の足をバシバシ叩いているが、彼女の足はぴっちり閉じて微動だにしない。


「無理だな。言っただろ、お前はもう、俺の支配下にある。俺がおすわりって言ったから、体がそれに従ったんだよ」


「そ、んな……嘘でしょ。じゃああたしは、もう一生あんたの言いなりなの……?」


「そういうことだ。あきらめてくれ」


アルルカはこの世の終わりがあるとすれば今だ、という顔をした。


「ところで、一体俺の背後で、何をするつもりだったんだ?」


「……」


「答えなさい。それとも、これも命令したほうがいいか?」


「~~~~ッ!あ、あんたをぶっ殺そうと思ったのよ!このあたしが、神妙にあんたの家来になるとでも思った!?少しでも隙を見せてごらんなさい、ガブリと噛みついて、逆にあんたを眷属にしてやるんだからねっ!」


「やっぱしか。そう来るだろうと思ってたよ。アニ、例のやつ、頼む」


『承知しました』


俺が頼むと、アニが青い光を放ち、床に魔法陣を展開した。アルルカがそれを見てぎくりと震える。


「な、何をする気よ……?」


「アルルカ、お前にプレゼントがある。受け取ってくれ」


「プレゼント……?」


魔法陣から魔法の馬具が現れると、俺はそのうちの一つを手に取った。紐のような形をしたそれは、馬の口にかませる、あぶみだ。それにアニが鋭い光を照射すると、あぶみは徐々に姿を変え、やがてマスクのような形になった。


『こんなものでいかがでしょうか』


「上出来だ。それじゃアルルカ、ちょっと失礼するぞ」


「ちょ、ちょっと!なにすんのよ!やめっ」


「おすわり」


俺が再度唱えると、アルルカは暴れるのをやめ、再び正座の姿勢になった。俺はアルルカの口元にマスクを当てると、長い黒髪をかき上げ、首の後ろでカチリと金具を止めた。


「よし。これで勝手に噛みついたりできないだろ」


顔の半分を覆うように、黒いマスクがアルルカの口に装着された。すぐさまアルルカがマスクに手をかけるが、マスクはびくともしない。


「それ、俺が許可しない限りは取れない仕組みになってるから。外そうとしても無駄だぞ。けど息とか、普通にしゃべることはできるようには、アニにしてもらったからな」


せめてもの慰めにも、アルルカは全く反応しなかった。今度こそ、完全に心が折れたようだ。


「ま、でもいちおう、しばらくは監視させてもらうな。さきに行ってくれ」


俺が先に歩くよう促すと、アルルカはふらりと立ち上がり、よろよろ歩き出した……かと思うと当然走り出し、ばさっとマントを広げた。


「アルルカ、ダメだ。飛んじゃいけません」


「あぅ」


アルルカのマントは翼に変わることなく、ジャンプしたアルルカはぼてっと地面に落ちた。


「ちゃんと歩きなさい。飛んで逃げられちゃ困るから。あ、ついでだからマントの前も留めといてくれよ。そのカッコでうろうろされちゃ、かなわないよ」


アルルカの恰好はほぼ下着姿だ。なんだってこんなカッコしてるんだ?おかげで目のやり場に……はっ。感じる……フランが、俺を冷たい目で見ているのを……


「……んんっ。これから町に戻るんだから、目立つ格好をされちゃ困るからな。それだけだけどな?」


俺は咳払いをすると、アルルカが前を留めるのを見届けた。アルルカは全く手を動かそうとしなかったので、俺がもう一度言い聞かせたことで、ようやくマントの留め金をかけた。


「……」


「ほれ、アルルカ。行った行った」


俺が背中をつつくと、アルルカは精魂尽き果てたかのように、ぼたりぼたりと階段を降り始めた。やれやれ、ようやく町に戻れるな。帽子越しに頭をごしごしかいた俺の隣に、フランがやってくる。フランは前を行くアルルカの背中を、無感情な瞳で見つめている……俺はアルルカのしたことが許せないし、きちんと罰を与えるつもりだけど。フランはどう思っているのだろう。


「フラン。さすがにかわいそうだと思うか?」


「ぜんぜん」


即答だった。


「当然の報いですよ。滅されないだけマシだと思います」


ウィルもフランに同意する。女性陣の大半は、ギルティ派のようだ。


「桜下さん、このヴァンパイアをどうするんですか?このままセイラムロットの町まで連れて行くんです?」


「まあ、とりあえずはな。さすがにもう悪さもできないだろうし、町にいっても大丈夫だろ」


「うーん……それよりも、私は町の人たちの反応が怖いんですけど……あの人たちは、このヴァンパイアを神として信仰していたんですよね?その神様をこんな形で連れて行ったら……」


「あー、そっちか」


それは確かに。町の連中は、やり方はともかく、アルルカと良好な関係を気づいてきたともいえる。本当にやり方はともかく、だが。


「とはいえ、教えないわけにもいかないだろ。じゃなかったら、クライブ神父は来年も儀式を行おうとするぜ?」


「まあ、そうですね……口で言うだけじゃ、絶対信じないでしょうし」


「そういうことだな。さいあく、必死に逃げ出そう。とんずらするのなんて、慣れっこだしな」


階段を下りきると、激闘によって破壊しつくされた部屋の入口へと戻ってきた。氷の破片と砕かれた床や壁の石材があたりに散乱している。そしてその奥に、アルルカによって無残な姿に変えられた、かつての犠牲者たちがゆらゆらと立ち尽くしていた。いままで俺の言葉に従っておとなしくしていてくれたが、ここに残していくわけにはいかない。彼らを自由にしてやらなけらば。


「アルルカ。この人たちがこうなったのは、お前のしわざだな?」


「……」


「答えなさい。命令だ」


「……はい……血を吸って、傀儡にする呪いをかけました……」


「呪いか……それ、どうやって解ける?」


「……朝日に当たれば、呪いは解けます……」


「朝日……」


日の出までは、まだ時間はあるはずだ。町に戻るくらいはできるだろう。


「よし。それじゃあ、みんな。俺についてきてくれるか?いっしょに町へ帰ろう」


俺が亡者たちへ呼びかけると、屍はきしきしと音を立てて、首を縦に振った。彼ら彼女らの未練を晴らすためにも、みんなを町へと連れて行かなければならない。


「こっから、もうひと仕事だな」


町にずっと蔓延ってきた闇を晴らす。終止符を打つために、俺たちはぞろぞろと町への道を戻り始めた。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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