11-2

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「しゅ、シュタイアー神さま……?」


リンはアルルカから告げられた名前を聞いて、ぽかんと口を開けた。


「そうだ。こうして会うのを楽しみしていたぞ、シスター・リン」


「ど、どうして私の名前を……?」


「どうしてもなにも、おぬしがこの町に来た時から知っている。なんなら、毎月会ってもいたしのう」


「毎月……?」


リンが困惑して顔を歪めると、アルルカはひざを折り、床に這いつくばるリンと目線を合わせた。


「そうだとも、シスター・リン。おぬしが毎月行っている、血の杯の儀。あれの意味を、おぬしは考えたことがあったか?」


「え……い、意味?」


「くふふ、何も知らぬのう。しょうがない、教えてやろう。おぬしの腕には儀式の後、聖痕が浮かんでいただろう?」


「は、はい……」


アルルカはにんまり笑うと、リンの手を取って袖をまくり、そこに巻かれた包帯をほどいた。現れたリンの手首には、無数の刺し傷の跡がびっしりと残されていた。まるで、鋭い牙に繰り返し刺されたような傷……アルルカはその跡を、愛おしそうに指先でなぞった。


「この聖痕は、わらわの牙のあとだ」


「え……き、ば?」


アルルカがにぃっと笑うと、唇の端から鋭い牙がのぞいた。


「これだ。これで、毎月お前に噛みついておったのだ。酒でふらふらになったお前から、血をいただくためにな」


「血、を……?どうして、そんなもの……?」


「おや、まだ分からぬか?カンのいい娘はここで気付くがのう。ほれ、順を追って考えてみぃ。“コウモリ”のシンボル、“血”の杯、そして“満月”祭……これだけ揃えば、おのずと見えてくるだろう。わらわの存在が、なにであるか」


アルルカは言葉の節々を強めて印象付けながら、最後に自分の胸を指し示した。


「わらわは、ヴァンパイアだ」


リンの目が点になった。ヴァンパイアだって?


「そ、そんなわけないわ。シュタイアー神が、ヴァンパイア……?」


「それが、あるんだなー……おっと、んんっ。それは事実だ。まぎれもない、な」


「で、デタラメ言わないで!あなたなんかが、シュタイアー神なわけないわ!」


「おやおや、神に向かってなんたる不敬か。第一、おぬしは毎日、わらわの像を崇めておったでろう」


「あなたの像……?ふざけないで、私はシュタイアー神の像を……」


その時、リンの目がはっと見開かれた。リンが毎日神と崇めていた石像と、目の前の異様な女の顔とが、瓜二つであることに気付いたからだ。


「ふふふ、分かったか?あの像は、わらわを象らせたものだ。わらわの命令でな」


「めい、れい……?」


「そうだ。あの像を作らせたのもわらわ。おぬしが毎月儀式を行うよう、神父どもに命じていたのもわらわ。シュタイアー教を作り上げたのは、他ならぬわらわ自身だ」


リンは胸の内が、ずんっと重くなるのを感じた。


「うそ、よ。シュタイアー教が、ヴァンパイアによって作られたなんて……」


「嘘なわけあるか。だからわらわの姓がついているのだぞ、シュタイアーとな」


「そんな……じゃあ、神父さまたちは騙されて……」


「いいや、それは違う。クライブを始め、町の人間どもはわらわの存在を知っている。奴らはわらわに忠実な、わらわの下僕だ」


「…………え?」


リンの顔から血の気が引いていく。それを見て、アルルカはことさらにんまり笑みを強めた。


「くふふ。あいつらはな、みーんな知っていたのだ。神の正体がわらわであることも、何も知らないシスターが騙されていることも、そしてこの城を訪れた者が、どんな末路を辿るのかも」


アルルカが指をくいっと曲げると、リンに突き飛ばされた干からびた死体が、糸につられた人形のように起き上がった。


「かわいそうにのう。これは、まぎれもなくおぬしの姉だった人間だのに。こやつはちょうど一年前、おぬしと同じようにこの城に訪れ、おぬしと同じ話を聞き、絶望した。そしてわらわに血を捧げて死んだのだ。くひひ……その時の最期と言ったら。こやつはずーっと泣き叫んでおったわ。一年後にはおぬしが自分と同じ目に遭うことを悟って、『妹だけには手を出さないで!リンだけは助けて!』と何度ものぅ……」


「う、嘘よ……」


「だというのに、おぬしはそんなヤツを突き飛ばしたりなんかして。薄情な妹を持って、こやつも浮かばれんのう。くきき!」


「うそよ…………」


「事実なんだなぁ、これが。町の人間どもは、自分たちが助かりたいがために、毎年毎年こうしてお前たちを生贄に差し出しているのだよ。去年はこやつ、今年はお前。そして来年はおぬしの妹……」


「うそよーーーーーーーーーーーー!!!!!」


リンが耳をふさいで絶叫する。


「うそよ、うそようそようそよ!みんな優しかったのよ、そんなことするはずない!」


「それもぜーんぶ、お前たちを騙す嘘だったわ・け!だいたいお前みたいな奴隷あがりの小娘が、一年かちょっとでシスターになれるわけないでしょう!?みーんなお前を信じ込ませるためのお芝居だったのよ!!」


「いやああああ!信じない、聞きたくない!」


リンが床に突っ伏すと、アルルカはリンの髪を掴んで、無理やり顔を上げさせた。


「だめよ、ちゃーんと聞きなさい!あんたは騙されてた!お前の姉も、そして妹も!お前に期待なんか、最初っからだーっれもしてなかったの!あんたの役目は、ただ一つ!今夜、ここで、あたしに吸い殺されることなんだからね!!」


「あ……」


リンの瞳から、ふっと光が消えた。


「あんたなんか、家畜同然よ!そのへんの豚と一緒!エサを与えられて、十分育ったら出荷されんの!わかる?そうやってあんたは、今まで育てられてきた!町の連中は、さぞあんたの健やかな成長を望んでいたでしょうよ!だってあんたには、町を代表して死んでもらわなくちゃいけないんだからねぇ!あんたに期待してることなんか、さいっっっしょから死ぬことだけ!あんたは死ぬためだけに、今まで生かされてきたのよ!」


「あ、ああ……」


リンの見開かれた瞳から、壊れた蛇口のように涙がこぼれ始めた。


「ああぁぁぁぁぁぁ……」


その姿を見て、アルルカは恍惚と快楽にぶるりと体を震わせた。


「あぁっ……~~~~ッッッ!さいっこう!なんて脆くて儚いの!人が壊れる瞬間ってのは、ほんとにたまんないわ!」


アルルカの白い頬がうっすらピンク色に上気する。見た目こそ人間に近い風貌をしているが、彼女の倫理観はとっくの昔に崩壊していた。あるのは、怪物としての本能のみだ。


「はぁっ、はぁっ……あぁん、もうたまんない。今すぐ吸い殺してあげたい……こういうバカな小娘の血って、たまんなくおいしいのよねぇ……でも、その前に」


アルルカはじゅるりとよだれをすすると、立ち上がって、開け放たれた扉の奥へ声を投げかけた。


「いい加減、盗み聞きはよしたらどう?ほら、お入りなさい。今夜のあたしは機嫌がいいから、あなたたちの相手もしてあげるわ」


「……」


すると、扉の奥の闇の中から、奇妙な風貌の一団が現れた。帽子をかぶった少年、ガントレットをした少女、浮遊するシスター、鎧姿の騎士、小柄な幼女……


「あらあら、ずいぶん変わったご一行だこと……んんっ。歓迎するぞ、旅人諸君。わらわの城にようこそ……」


アルルカはかしこまった声を作る。しかし、先ほどのやり取りを見られていたのであろう。一行は固い表情のままだった。特に、先頭にいる帽子の少年。彼はまぎれもない憎悪の視線を、アルルカへ向けている。


(ふぅん……いい目をするじゃない)


アルルカは内心でほくそ笑んだ。この城に連れてこられる人間は、馬鹿なシスターか、もしくは町の罠にはめられ、生贄としてささげられる旅人ばかりだった。そいつらは怯えて命乞いをするだけで、それはそれで面白みもあったけれど、近頃はマンネリ気味で飽き飽きしていた。そろそろ本気でアルルカの首を狙う、血気滾る男の相手をしたいと思っていたのだ。


(男と言うには、まだちょっと小さいけど……まいっか。若い方が血はおいしいし)


それに、そういう強気なやつを痛たぶり、泣き叫ばせるのがどんなに快感か……アルルカは今からでも体の奥が熱くなりそうだった。彼女は、目の前の一行を危険だとは、ミジンコ一匹分も思っちゃいなかった。不死身であり、膨大な魔力を操る自分に勝てた人間は、未だかつて一人としていないのだ。


「さぁ……楽しもうではないか」


アルルカは、妖艶な笑みを浮かべた。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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