10-3

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「……行ったみたいですよ」


ウィルがささやく。


「……みたいだな」


ふぅ。相変わらず、嫌味っぽいヤツだ。わざわざ罠にはまった俺を確認しに来やがった。


「……ぁんのヤロー!っんとにムカつくぅーッ!!」


ウィルは体があることも忘れてじだんだを踏み、その衝撃で心臓が止まりそうになっている。


「けどまあ、これで神父には印象付ける事ができたな。俺たちはまんまと罠にはまったって」


「それで、どうしますか?」


「言う通りにしとこうぜ。町外れの森だっけか?そこまで移動しよう」


「移動……私、馬車の操縦の仕方なんて、わかんないんですけど……」


「あ、そっか」


「ウィル嬢、吾輩がお教えしましょう」


エラゼムが小窓からあれこれ指示を飛ばす。


「発進する際は手綱を……停止するには綱に体重をかけて……」


「な、なるほど……」


それから程なく、ウィルはおっかなびっくり御者席に座った。


「でででは、出発します……!」


ゴトン。俺たちを乗せた馬車は、ゆっくりと発進した。窓から覗く空は、だいぶ薄い色になってきている。じき夕暮れだ……


(リン……)


彼女は今、どうしているのだろうか。自分が生贄になるとは知らず、儀式に全身全霊をかけているに違いない……


(リンにとって、シュタイアー教は全てなんだ)


それが無くなった時、彼女はどうなるんだろうか。いずれにしても、リンはこの町の闇を知ることになる。自分の信じる世界が全て嘘だったと知った時、彼女はどうなってしまうのだろう……




「着きました。たぶん、ここじゃないですか?」


おっと。悶々と考え事をしていると、ガタンと揺れて、馬車が止まった。窓から外を見ると、もうかなり暗くなってきている。いや、俺たちが暗い場所にいるんだ。馬車は今、木々生い茂る森の中に止まっている。


「たぶん、ここまで来れば、もう誰にも見られないとは思いますけどっ……!」


「ウィル?どうした?」


「……す、みません。ちょっと、ふらっときて……」


「ふらっと……?あ!もしかして、肉体との同調が切れかかってるのか」


ウィルの憑依は、俺のソウルカノンによって、冥属性の魔力を肉体に蓄積することによって可能としている。しかしその魔力が散ってしまえば、ウィルと肉体とのリンクが切れてしまう。


「まだ、もう少しは大丈夫だとは思うんですけど……」


「それでも、念のためもう一度ソウルカノンを当てておこう」


俺は馬車の扉を開けると、ウィルの憑依している男の体に、もう一度ソウルカノンをぶつけた。この技も、何度も撃てるわけじゃない。ここからは時間との戦いになるな。


「いま、何時くらいなんだろうな」


「もう遅い時間ではあると思うんですが……ほら、だいぶ西の空が赤くなってきましたよ。きっともうすぐです」


ウィルの指さす空には、赤く燃える火の玉のような太陽が浮かんでいた。オレンジ色の空を背景に、真っ黒なシルエットの木々と、ねぐらに帰るカラスがコントラストを描いていた。俺は再び馬車の中に戻り、時が来るのをひたすら待った。

やがて、茜色が去り、群青色があたりを染め始めた。馬車の中は自分の指先すら見えないほど暗くなり、外もだいたいそんな感じだ。どこかでフクロウが鳴いているのか、ホー、ホーという寂しい鳴き声が、時おり聞こえた。


「ん……あ。みなさん、出てきてください!あれ、ひょっとしてシスターじゃないですか?」


暗闇の中でじっと耐え続けていると、ついにウィルが声を上げた。俺たちは急いで扉を開け、ウィルが示す方へ目を凝らす……あ、いた!木々の合間を、ランタンをともした人影が歩いていく。黒髪が闇夜とすっかり混じってしまっているが、リンに間違いないだろう。


「とうとうやってきたか……」


「ど、どうしますか?あのまま行かせてしまっていいんでしょうか?」


ウィルが不安そうにリンの姿を追う。確かに、今ここでリンを止めれば、彼女の危険を最小限に抑えられるだろう。しかし、それにはフランが首を横に振った。


「行かせないとダメだよ。あの神父、シスターの到着する時間が決まってるようなことを言ってた。たぶん、前の日に城のぬしと打ち合わせをしてる。もしそれがずれたら、城主に感づかれるかもしれない」


そうか、フランはクライブ神父が、城の主と密会しているのを目撃している。ってことは、今夜の出来事はすべて織り込み済みってわけだ。たぶん、俺たちが献上されることも含めて。


「フランの言う通りだな。リンに先に行ってもらうしかない。ウィル、リンに気づかれないように、でも離れすぎないように後を追ってくれ」


「うえぇ、それって難しいですよ……」


ウィルは眉をハの字に曲げたが、やってもらうしかない。俺たちは再び馬車に戻り、ウィルは御者席に乗って、馬を歩かせ始めた。普通なら、暗い山道は危険以外の何物でもないが、今は気味が悪いくらい道がよく見えた。満月が、ついに昇ってきたのだ。満ちた月は蒼い太陽のように闇を照らし、城へとやって来る者を歓迎しているみたいだった……

山道をガタゴト登りながら、俺はこれからの段取りをみんなに伝えた。


「門を突破したら、全速力でリンに追いつこう。どのタイミングで怪物が姿を現すかわからないけど、そいつがリンを襲う前に助けないと。それで、怪物が出てきたら、まずは俺に話をさせてほしい」


俺がそういうと、暗い馬車の中、月の光に紫の目を光らせたライラが言った。


「話なんてできるのかな?相手はモンスターなんでしょ?」


「まあそうなんだけど……ひょっとしたら、何か事情があるのかもしれないだろ?そうせざるを得ない理由があるとか、別に好きこのんで生贄を要求しているわけじゃないとか。できる限り、相手側の理由も聞いてやりたいんだ。それで、俺たちで解決できそうだったら、何とかしてやりたい」


「ふーん。じゃあ、いきなりまほーでぶっ飛ばそう!ってわけじゃないんだ?」


「もちろんだ。基本スタンスは、殺しはしない、だからな。ただ、もしダメそうだと判断したら……俺が、そう言うよ。その時は、力を貸してくれ」


ライラがごくりと唾を飲んだ。できれば殺しはしたくないのは、今でも本音だ。けど、俺はもう覚悟を決めた。その時が来たら、俺がみんなに指示を出す。せめてそれまでは、悪あがきをしてみようってわけだ。


「みなさん……門が、見えてきました」


御者席からウィルの声がする。ついに馬車は、山上の城へと到着したのだ。フランの話では、この門には魔法で動く怪物の番兵がいる。まずはそいつを欺かないといけない。


「……」


息を押し殺してその時を待つ。ガタゴトがたごと……馬車は歩みを止めることなく進み続けている。門は、すでに開いているんだ。リンが先に通ったからなのか、それとも俺たちを待ち構えているからなのか……わからないけど、向こうが招いてくれるなら、願ったりかなったりだ。

やがて馬車が、何かに乗り上げたようにカクンと揺れた。今のは、門の敷居をまたいだ揺れだろうか?だとしたら、やったぞ!無事に門を通り抜けて……


「止まれ」


え……?野太い、猛獣の唸り声のような声色。誰の声だ?だがもちろん、馬車の中で声を発した者はいない。ウィルは声に従い、ガクンと馬車を停止させた。


「そこな者。教団の人間ではないな。痴れ者が!」


「っ!みなさん、逃げてください!」


ウィルの声だ!俺たちは一も二もなく、扉をあけ放って馬車から転がり出た!

ズガガーン!




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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2/16 誤字を修正しました。コメント感謝です。

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