9-2

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「どういうことだ、ウィル?」


「あの、ついさっき気づいたんですけど。ここのお墓、なんだかいろんな人の“想い”、みたいなものがたくさんあるんです。桜下さんたちは気づきませんか?」


気づきませんかって言われても、想いなんか見えるわけ……あ!?今、なにかがちらっと光った!火の粉かとも思ったが、違う。さっき見えたのは、淡いブルーの光だったからだ。


『ヒンキーパンク……!』


「は?アニ、ピンク、なんだって?」


『ヒンキーパンク、死者の眠る土地に現れる鬼火の一種です。ここが墓場で幸運でした。死者の想念が火の玉として現れるタイプのアンデッドですが、これを主様の魂の代わりにぶつけてやれば、竜の怨念を弾き出すことができるかもしれません!』


「ほんとか!でかしたぜウィル、それじゃあ早速……」


俺はそこまで言いかけて、急に勢いを失った。なんでかって、自分の能力のことは一番自分がよくわかってるから。今までの経験則から、この作戦の欠点に気づいたんだ。


「桜下さん……?」


「くそ、このままじゃダメだ。そのピンクなんとかをぶつけるとしても、魂をそんなに早く投げつけることはできないんだ。動き回る相手に正確にぶつけるのは難しい。しかも、これだけ数が多いんじゃ……」


「そんな……あの人たちが全員、棒立ちで待ってくれるわけありませんよ」


フランは俺の手を振りほどくと、言い聞かせるように強く言い切った。


「一人ひとり、なぐって動けなくするしかないよ。ちょっと荒っぽくなるけど、全員半殺しにするよりはマシでしょ」


フランの口調は村人たちへの怒りというより、仲間の身を案じる気持ちが込められていた。これ以上駄々をこねている時間もない。俺がそれでいこうと口を開きかけた、そのとき……


「あの人たちの動きを、止めればいいの?」


予想外の声に、俺はびっくりして振り返った。今までずっと黙っていたライラが、おもむろに口を開いたのだ。


「ライラ?そうだが、それは俺たちに任せてくれれば……」


「ライラ、できるよ。あの人たち全員、ケガさせないで動けなくすること」


え?俺は面食らった。ライラは俺たちの話し合いを全部聞いていて、それを理解したうえで協力を名乗り出ているらしい。だが、本当に信用できるのか?俺たちとライラはつい数時間前までは敵同士だった。俺たちのむやみな殺しはしないという方針も、彼女は理解していないかもしれない。もしかしたら、炎で村人たちの足を焼きつぶして動きを止める気なのかも……


「キキイイィィィィ!」


そのとき、奇声を上げながら一人の村人が、槍を振りかざしてこちらに迫ってきた。ついに炎を克服し、俺たちのもとへたどり着いたんだ。エラゼムが剣を構えて応戦する。


「桜下殿!じきに奴らに囲まれます、ご決断を!」


「……わかった!ライラ、お前を信じるぜ。ウィル、フラン、エラゼム、俺たちの準備が整うまで時間を稼いでくれ!」


「うん!」「はい!」「わかった」「御意に!」


ライラはすぐさま目を閉じると、今までアニやウィルが発したこともない、長くて複雑な呪文を唱え始めた。よし、俺も急ごう!


「墓場に眠る魂たちよ、聞いてくれ!俺は、あの村人たちを救いたい!お前たちの力を貸してほしいんだ!」


俺の呼び声に、応じたのかどうかはわからない。しかし墓場のあちこちから、ゆらゆらとはかなく光る火の玉が集まってきた。


「アニ、この火の玉、触っても熱くないかな……?」


『ヒンキーパンクは幻想の炎ですから、やけどすることはないはずですよ』


「わかった。ようし……」


ここからが一苦労だ。これだけの人魂を、一体一体ディストーションハンドで仲間にしていかなければいけない。背後からはフランたちが戦う音が聞こえてくる。ここで時間をかけるわけには……そのとき俺の中に、一つのアイデアが浮かび上がった。


「試す価値ありだな……よし、いくぞ!ディストーションハンド!」


ブワァー!俺の右手が輪郭を失い、陽炎のように揺らぐ。俺はその手を、集まった火の玉たちの中に突っ込んだ。とたんに火の玉が桜色に変わり、ぽんと小さな音を立てる。いつもならこれで終了だが、俺は右手に魔力を込めることをやめなかった。


『主様……?』


「もっとだ……!もっと、広がれ!」


ブオォォォ!右手から広がる霊波は、波紋のように広がり、無数の火の玉たちをすっぽりと包みこんだ。すると霊波に触れた火の玉たちは、いっせいにポポポンと桜色に姿を変えた。


「はぁ、はぁ、やったぜ!いっぺんに仲間にできた……」


『主様、大丈夫ですか!?無茶をしないでください、すさまじい魔力を放出していましたよ』


「へーきだって。前に、アニが言ってたじゃないか。俺の能力の範囲が拡大してきてるってさ。だから俺、いけるんじゃないかと思ったんだ……」


しかし、これはずいぶんパワーを使うらしいぞ。今はちょっと足がふらつく程度だけど、アニの言う通り、乱用は控えたほうがいいな。


「よし。俺のほうは準備できたぞ!ライラ、お前はいけるか?」


「……詠唱完了!撃てるよ!」


「わかった!フラン、エラゼム!」


俺が大声で叫ぶと、フランとエラゼムは村人たちからさっと離れ、ライラの魔法の射線をあけた。


「ライラ!頼む!」


「ヴィントネルケ!」


ピュウウゥゥゥ!突然、墓場のあちこちでつむじ風が巻き起こった。風は暴れる村人たち一人一人に巻き付くと、みんな宙に吹き上げてしまった。村人たちは訳がわからず空中でジタバタもがいているが、風の鎖からそんなんで逃げられるわけはない。木の葉のように踊るだけだ。


「す、すげぇ。ライラ、きみは本物の魔法使いだ……」


俺は宙をくるくると舞う村人たちの集団を見上げて、呆気にとられながら言った。こんなに大規模な魔法は初めて見た。しかも正確に村人だけを、一人も取りこぼしなく狙っている。素人目にも、これってすごいと分かるくらいだ。


『主様!ボサっとしてないで、ヒンキーパンクを!』


「おおっと、そうだった!」


まだ最後の仕上げが残っている。俺はヒンキーパンクたちを右手に集めると、空中で身動きが取れない村人たちへ狙いを定めた。


「お前たちは俺の考えを理解して、協力してくれたんだと思ってる。だから、あとは頼んだぜ。あいつらの呪いを解いてやってくれ」


火の玉たちに呼びかけると、桜色の霊魂たちは、うなずくように震えた。俺は右手を大きく振りかぶった。


「いっけええ!」


ヒュルルルル!

ヒンキーパンクたちは、俺の手に押し出されるように、いっせいに村人たちに向かってすっ飛んでいく。

パーン!

桜色の火の玉は村人の体に命中すると、ピンクの花火のようにはじけた。魂の一撃を食らった村人たちは、一瞬呆けたように身を固くし、すぐにぐにゃりと動かなくなる。

成功か?少なくとも、もう暴れる様子はない。


「ライラ、あの人たちを下ろしてやってくれ。たぶん、もう大丈夫だと思う……」


ライラはうなずくと、短く呪文を唱えた。すると風が徐々に弱まり、村人たちは地面の上にどさどさと落っこちた。わ、ちょっと痛そう……しかし、村人たちは地面に倒れたまま、ピクリとも動かなかった。


「うまく、いったんだよな……?」


「大丈夫、息はしてるよ。気を失ってるだけ」


フランが一人に近づき、様子を見ながら言った。よかった、とりあえず呪いを抑えることはできたみたいだな。


「それなら、後は……村長!お前だけだ!」


俺が声を張り上げると、目の前の光景に棒立ちしていたヴォール村長は、びくりと跳ね上がった。


「ば、馬鹿な!どうやって……お前たち、よくもわが村の住人を殺してくれましたね!」


「なにぃ?誰が殺したりするもんか!だいたい、こいつらを操ってたあんたに言われたくないぞ!」


「黙りなさい!全員動かなくなってしまったじゃないか!この人殺し!」


「ぐぁー、話にならない!もういい、アンタそこに居ろ!その身に直接わからせてやる!」


俺が肩を怒らせながら一歩足を踏み出したとたんに、ヴォール村長は一目散に墓場から逃げ出してしまった。そのあまりの素早さに、俺はののしりすら出ず、ぽかんと口を開けるばかりだった。


「……呆れたもんだ。自分で戦おうって気は万に一つも起きないらしい」


「桜下殿、いかがいたしますか?きやつを追いましょうか」


「うん、そうしよう。あの竜核ってのがある限り、またおんなじことが起こるかもしれない。あれをそのままにしとくのは危険だよ」


「承知しました」


エラゼムがうなずく。あんまり深追いはしたくはないけど、さすがに見て見ぬふりはできないだろ。あの竜核をぶっ壊すために、俺たちは村長を追ってサイレン村へと走った。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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