9-1 墓場の戦闘

9-1 墓場の戦闘


「恐ろしいですねぇ。我々を骨だけに!やはり怪物が考えることは正気の沙汰とは思えませんな。まさに狂気、悪辣!」


暗がりの中に、たいまつの明かりがぽつぽつと湧き出てきた。その中の一つに、見覚えのある紫の服が浮かび上がる。


「ほーらほらほら、私の言った通りでしょう!あの怪物を、今こそ!退治せねばなりません!やつが私たちに牙を剥くよりも早く、さあ!」


そう言ってヴォール村長は、まわりを扇動するように腕を大きく広げた。


「ヴォール村長……!どうしてここに?」


「ちっ……つけられてたのかも」


フランが敵意をむき出しにして唸る。突然の展開に、ライラは理解が追い付いていないようだった。


「な、なに?どうなって……」


「さぁー、みなさんの勇気をお見せいただく時が来ましたぞ!あの卑劣な旅人もろとも、魔物を打ち倒すのです!やつらは魔物と共謀して、われらの村を滅ぼそうとしたのですぞ!先ほどの大火事がその証拠です!」


なっ!あの野郎、またとんだでまかせを!しかも俺たちまで敵と来たもんだ。こんなホラ話、許しておけな……

ドスッ!


「うぉっとお!」


俺の足元に、突然矢が生えた……もとい、弓矢が飛んできた。


「くそ、やっぱり話を聞いてはくれないか!」


村長ってのは、どいつもこいつも人を煽るのがうまいらしい。墓場の周りを取り囲むようにして、俺たちは村人の軍勢に包囲されていた。


「桜下殿、吾輩の後ろに。弓兵がいるようです」


エラゼムが臨戦態勢をとる。


「わかった。ちっ、なんで毎回こうなるかな。ライラ、お前もこっちに来て隠れてろ。どうやらお前も標的らしいからな」


「う、うん……ねぇ、あの人たち、村の人だよね?」


「あん?そうみたいだな……安心しろって、俺たちは軍隊とも一戦交えたことがあるんだ。今更村人くらいどうってこと……」


俺がそこまで話したとき、ウィルが鋭い声で俺を呼んだ。


「桜下さん!でもあの人たち、様子が変じゃないですか?」


「は?変って、どこが……」


俺は口をつぐんだ。ウィルの言ってたことが、分かったからだ。

村人たちは、全員笑っていた。ニタニタと締まりのない笑みを浮かべて、手には木でできた槍を握りしめて、こちらへやってくる。武器を構えているのに、顔には笑顔。殺意があるのかないのかわからない。


「これは……気味が悪いな」


「気持ち悪いなんてもんじゃないですよ。あの人たち、正気じゃない。まるで夢でも見ているみたい……」


「ウィル、念のため魔法をいつでも使えるようにしておいてくれ。こりゃあひと悶着あるぞ……」


異様な様子の村人たちにたじろぐ俺たちを見て、ヴォール村長は得意げにニンマリ笑った。


「おや、気付かれましたかな?彼らを甘く見ない方がいいですぞ。何せ彼らは死を恐れない、不死身の軍勢なのですからな!」


「は……?不死身だって?ゾンビだとでもいうのか!」


「ノンノン!ナンセンス!そんなチンケなもんじゃございません」


チンケなもの呼ばわりに、フランが顔をしかめる。ゾンビじゃないなら、いったい何だというんだ?


「いいですか、彼らは“竜骨”の力で幻想を見ているのです。ゆえに死を恐れるということがない!なぜなら彼らは、“夢の世界では”不死身なのですからね」


「は……?あんた、何言ってんだ?ぜんぜん答えになってないぞ!」


「いやですねぇ、理解力のない人というのは。ならば見せてあげましょう、そして焼き付けなさい!“竜核”の威力をねぇ!」


ヴォール村長は高々と片腕を上げる。その手には何かが握られているようだ……次の瞬間、村長の手からまばゆい紫の光がパァーっと放たれ、墓場を不気味に染め上げた。


「行きなさい、不死の軍勢よ!そいつらを滅ぼせっ!」


「ウォォォォ!」「キヒャヒャヒャヒャ!」


村人たちは奇声を上げて突進してきた!どうにも気味が悪いが、やるしかない!呪文の準備をしていたウィルが高らかに叫ぶ。


「フレイムパイン!」


ズゴゴゴ!燃え盛る木の柱が俺たちの周りに立ち並ぶ。うまいぞ、これで防護壁になる、はずが……


「え!?あの人たち、どうして止まらないんですか!?」


村人たちは表情一つ変えぬまま、燃え盛る柱に突っ込んでいく。飛んで火にいる……なんてどころじゃない。まるで最初から炎など見えていないかのようだ。村人たちは炎に服や髪を焼かれながらも、強引に柱の間をすり抜けて突破してきた。だが、痛みに呻くことさえしない。


「な、なんであの人たち……と、止まってください!このままじゃ、火で死んじゃう!止まって!」


「ちっ!聞いてないよ、あいつら!」


フランは駆け出して、燃え盛る柱の一本を、鉤爪で根元から切り倒した。それを怪力で抱え上げると、バットのようにフルスイングで振り回した。


「らあぁ!」


ドコッ!村人たちが柱に吹っ飛ばされて、森の中へと消えていく。しかし、それを見てもほかの村人は怯えるどころか、それを避けようとさえしない。ひどい時は吹っ飛ばされた先で、何食わぬようにむくりと起き上がるやつさえいた。


「なんだあいつら、どうなってんだ!村長の言ってた竜核ってなんだ!?」


俺がいらだち紛れに叫ぶと、アニが胸の上でチリンと弱弱しく鳴った。


『主様……私は、思い違いをしていたかもしれません』


「アニ?なんだ、思い違いって?」


『前の街にいたとき、怪しい行商人に声をかけられましたよね。あの時、私はあの男が竜の骨と言って売っていたものを、まがい物だろうと言いました。竜素材のような貴重品が、そう簡単に出回すはずがないと思っていたのです。ですが……』


「だから、それとこれとどう関係があるんだよ!」


『この村人たちは、“本物の”竜の骨液を服用しているのかもしれません。だとしたら、あの異様さもうなずけるのです』


「なに……?」


『ある種の竜の骨液には、他とは比べ物にならないほどの毒が含まれています。あの症状だと、恐らくファーヴニール科の……それは微量では死に至ることはありませんが、その代わりに陶酔、錯乱、情緒不安定など、およそ健常とは言えない精神状態に陥ります。そして本人には、尋常ならざる快楽と幸福感、絶頂感をもたらすのです』


「うぇ……じゃああいつら、本当にラリってたのか?だから炎にも何にも感じないで……なら、村長が持ってるあの竜核ってのはなんなんだよ?」


『竜の体内で作られる特殊な結晶体です。竜の魔力が込められているので、彼はそれを使って、毒に侵された村人たちの精神を操っているのだと思われます』


「まじかよ……」


なんでそんなもん持ってるんだ?いや待てよ、じゃああの村人たちは、毒でおかしくされた挙句、村長に戦いの駒として使われてるってことか?ヴォール村長が高らかにうたっていた、“死をも恐れぬ軍勢”ってのは、そういう……?


「くそったれ!フラン、その人たちを傷つけちゃだめだ!」


「はぁ!?何言って……」


「いいから聞いてくれ!ウィルとエラゼムも!」


俺はみんなに、アニが話したことを猛烈な早口で伝えた。


「なんと。しかし、だからとて……ふん!」


エラゼムが飛んできた弓矢をこぶしで跳ね飛ばした。村人のほとんどが炎の柱を抜け、こちらに迫ってきている。しかし、火傷のせいでその足取りはのろのろと鈍かった。痛みは感じなくても、体が受けたダメージまでは無視できないらしい。


「だからとて、このままみすみすなぶり殺しになるわけにもまいりませんぞ」


「ああ、わかってる。けど、あの人たちは自分の意思で戦ってるわけじゃないんだ。何もかも分からなくされて、村長にいいように使われているだけ……今だって、大やけどを負ってるんだ。そんな人たちをこれ以上ボコボコにするなんて、できないよ」


「殺しはしないんだから、それで十分でしょ!」


フランは猫が怒ったような声を出す。エラゼムとフランの言うことももっともだ。しかし……


「なあアニ、毎度毎度だが、どうにかならないのか?あの竜核ってのをぶっ壊せば、洗脳が解けたりしないかな?」


『可能性はあります。ですが、それは向こうも承知済みでしょう。私たちが竜核を狙おうとすれば、周りの村人たちが死に物狂いでそれを防いでくるはず。それを容赦なく吹っ飛ばせるなら話は早いでしょうが』


「それでいいじゃんむぐ」「いや、それはなしでいこう」


俺はフランの口を押えつけて、早口で言った。あイテ、噛むなよこいつ。


『では、もう一つだけ思い当たる節があります。竜による呪いの類は、その竜が倒されたときの怨念によってもたらされているという、話があります。その話が事実だと仮定して、今の村人たちには竜の恨みの魂が宿った状態とします。その魂を体の外に吹き飛ばしてやれば、あるいは呪いが解け、洗脳状態も解除されるかもしれません』


「魂を、外に……あ!じゃあ、ソウルカノンを使うか?」


『いいえ、ダメです。方法としては効果があるでしょうが、対象が多すぎて、主様の魂が損傷してしまいます。ソウルカノンは、主様の魂を素としていると言ったでしょう?』


あ、そうか。ソウルカノンは連発できないんだ。あれだけの人数に同時に撃つのは不可能か……そのときウィルが、唐突に口を開いた。


「あの、でしたらほかの人の魂をぶつけるのはどうでしょうか?」


ほかの人の、魂?



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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