7-2

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「けど、なんだってオークがいきなり現れたんだ?」


俺が走りながらたずねると、答えはアニから返ってきた。


『いきなりではありません。もともと鉱山に生息していたのであれば、前々から反乱を起こすことを企てていたのでしょう』


「オークって、そんなに凶暴なモンスターなのか?」


『何とも言えません。可愛げがないのは事実ですが、すすんで人間を襲うような生物ではないはず……もしも坑道内の住み心地が悪くなっただとか、周辺で獲物が取れなくなったとかの要因があったとすれば、話は変わりますが』


「村を襲ったってことは、向こうも切羽詰まってるってことか。なら、なおさら急がないと。そうなってる時が、人間一番おっかないもんだ」


『相手は人間ではなく、あくまで獣人型の生物ですが。都合よく人間とは違うと考えるほうが愚かでしょうね。主様、警戒は怠らないでくださいよ!』


木の根に足を取られながら森をひた走り、俺たちは村までの距離をひとっとびに駆け抜けた。やがて村はずれに赤黒く浮かび上がる、スラムのシルエットが見えてきた。あの赤いのは、火事の炎か。


「くそ、悲鳴がここまで聞こえる。思ったより悪い状況っぽいな」


「それが、私が見たときには、村の人たちは誰もスラムを助けようとはしていないみたいで……」


ウィルが苦々しげに言う。


「え?これだけの騒ぎなのに、知らんぷりしてるってのか?」


「だから急いでみなさんを呼びに行ったんですよ!」


「ちっ!信じらんねーな」


あの酒場でらりってる連中は、きっとお隣さんが火事になっても知らぬ存ぜぬを貫き通すんだろう。けっ!

俺たちがスラムの入り口までやってくると、そこは昼間とはすっかり様変わりしていた。崩れかけの家々はすべて炎に飲み込まれ、いまや地獄の窯のような有様だった。昼間は雨が降っていたっていうのに、離れているここにまで焼け付く空気が伝わってくる。突入するのをためらうほどの熱さだ。


「これは……」


「さっきよりも、火事が広がっています……これじゃ入れない!」


ウィルは弱り切った顔をしていた。それに隣のフランは、眉根を寄せて唇を引き結んでいた。フランは過去の死因のトラウマで、大きな火が苦手なんだ。


「どうしたら……ん?」


俺はその時、スラムの入り口の隅っこの物陰に、人が一人うずくまっているのを見つけた。生存者だ!俺は急いでその人に駆け寄った。


「おい、あんた!大丈夫か?」


「ひいぃ!」


その人は突然飛び上がると、腕をやみくもに伸ばして、まるで俺を怪物か何かのように追い払おうとした。


「うわ、とと。おい、俺は人間だってば」


「くくく、くるなぁ!」


ちっ、しょうがないな。俺はそいつから半歩引いたところから、大声で質問した。


「なあ、あんた!ここで何があったんだ?」


「わあぁ、あ?」


そいつはやっと俺の顔を見た。あ、こいつ!昼間ばあさんたちと一緒に火を囲んでいた、あの眼帯の男じゃないか。


「あんた、俺のこと覚えてないか?ほら、昼間一度会ったじゃないか」


「あ、お、お前は……」


「思い出したか?俺たち、なにか手伝えないかと思って来たんだ。どうしてこんな火事に?」


「そ、それは。あいつらが、あのモンスターどもが、押し寄せてきて……」


「オークだってな。炭鉱から湧き出してきたのか?」


「そ、そうだ!あいつらが、穴倉から次々飛び出してきて……それで俺たち、火を使ったんだ。あいつらは、炎を怖がるから……でも、一人がやられて、その拍子にたいまつが……」


眼帯の男はふいに黙ったかと思うと、とつぜんがばっと、俺の肩をつかんでゆすった。


「頼む!あの木の周りに、まだ取り残されてる!あそこは火の回りが遅かったが、オークに囲まれて動けないでいるんだ!」


「わ、わ、ゆするな。落ち着いてくれよ。木って、昼間火を焚いてたとこのことか?」


「そ、そうだ。そこにまだ、グランマが……」


「よし、分かった。行ってみるよ。しかし……」


この炎をどうしたものか。このまま飛び込んでいったら、五分と経たずに黒焦げになりそうだ。


「桜下殿、ここは吾輩たちのみで行きます。アンデッドであれば、火は心配いりません」


エラゼムが鎧の体をたたく。


「あ、そうか。いや、けどフランは生身の体があるぞ。さすがに火は……」


俺はフランの様子を見る。明らかに調子が悪そうだ。


「フラン?」


「……へいき。行けるよ」


「全然説得力ないぞ、そんな顔じゃ」


「……ついていくから。絶対」


どうする、俺とフランだけで待つか?けど、自分だけ安全なところでただ突っ立ってるだけなんて、嫌だ。きっとフランでも、おんなじことを言うだろう。


『……主様。少しの間でしたら、主様とゾンビ娘を炎から守れるかもしれません』


「アニ、本当か!また魔法で?」


『ええ。簡単な障壁呪文ですが、熱さを数段やわらげるくらいはできると思います。しかし、あまりもちませんよ。せいぜい十分じゅっぷんが限度です。リスクが大きすぎるので、私としてはおすすめしたくありませんが……』


「それでいこう!」


『そう言うと思いましたよ。まったく』


アニはぶつくさ言いながらも、呪文の詠唱に入った。


『シルドクリサリス!』


アニが叫ぶと、俺たちを包み込むように、球状の薄い膜が広がった。半透明で、白く濁っている。それに包まれたとたんに、火事の熱さがやわらいだ。


『非常に弱い膜ですので、手荒な扱いは控えてください。ですが長持ちはしませんので、できる限り急いでください』


「むずかしいぜ、それ。けどナイスだ!これでいける!」


エラゼムは俺がついていくことに頭から賛成ではないみたいだけど、それでごちゃごちゃ言って時間をとることはしなかった。俺たちは一塊になって、燃え盛る旧市街に足を踏み入れた。


「昼間はどこからあの木に向かったっけ?」


「わたしが覚えてる。こっち!」


「あ、こらフラン!膜から出るなよ!」


フランがぐんぐん前に進むもんだから、俺は戦々恐々だった。防護膜は俺が中心だから、俺は死ぬ気でフランの後をひた走った。


「っ!見えました、あそこ!」


ウィルが俺たちの頭上から叫ぶ。生存者を見つけたらしい。


「ああ!オークに囲まれています!」


なに?炎の街並みを抜け、視界が開けた。昼間の大木の空き地は、今や火の海に浮かぶ孤島のようだった。木の幹にしがみつくようにして、数人の人がけがたいまつを振り回している。その人たちをぐるりと取り囲むように、人間の子ども程度の、だが明らかにゴツい体の生き物が輪をなしていた。豚のような垂れた耳に、口元には猪に似た牙が生えている。手にはシャベルと斧の中間のような、不思議な武器を持っていた。


「あれが、オークか……!」


俺たちが空き地に入ってきたのを、一匹のオークが目ざとく気付いた。


「プギギイイィィィィィ!」


「ギギィ!」「ブキイイィ!」


うわ、今のがオーク語か?大猪の鳴き声みたいだけど、少なくとも歓迎されていないことだけはわかった。みんながみな、俺たちに向けてぎらつく視線を送っているから。


「アニ、あいつらの攻撃をこの膜で防げたりしないか?」


『無理です』


「即答!だよな、知ってたぜ……」


「では、吾輩たちの出番ですな」


エラゼムが剣を振り回して、防護膜の外に出た。が、何を思ったか、フランまで続いて出てしまったもんだから、俺は胃がひっくり返りそうになった。


「フラン!」


「へいき。ここは火から離れてるから、そこまで熱くない」


ほんとか?確かに空き地は燃える家々から少しは距離があるけど……

フランはともかく、全身鎧のエラゼムが出てきたことによって、オークたちは俺たちを脅威だとみなしたらしい。今や群れの全員が武器を構え、俺たちのほうを睨んでいた。


「プギイイィィ!」


「プギー!」「ギギギギイイ!」


オークたちは雄たけびを上げながら、武器を振り回して突っ込んできた!


「フレーミングバルサム!」


ウィルの声がオークの鳴き声に負けじと轟く。オークの群れの先頭に、バチバチとはじける火花が降り注いだ。


「ピギイ!?」「ギャギャギャギャ!」


オークどもはぎょっとして、派手につんのめった。あ!オークは炎が苦手だって、さっきの男が言ってたっけ。ウィルはそれを覚えていたんだ。


「ひゃっほう!ウィル、最高だぜ!」


俺がこぶしをパチンと手のひらに打ち付けると、ウィルは照れたようにはにかんだ。ウィルのいかした先制攻撃によって、オークの群れは完全に出鼻をくじかれた。


「うおおぉぉぉ!」


そこへエラゼムとフランが容赦なく飛び込んでいく。オークたちはあわてて短い腕で武器を振り回したが、エラゼムの扱う大剣とはリーチが違い過ぎる。エラゼムの鼻先にすら届くことなく、オークは武器を叩き切られ、剣の腹でぶっ飛ばされた。

一方、フランはオークの間をちょこまかと動き回って、攪乱に徹していた。フランの鉤爪は生身の生物には劇毒過ぎるので、爪を引っ込めてガントレット越しに殴りつけている。オークのパンチをかわし、その鼻っ面にカウンターを決め、背後に迫った一撃をひらりと宙返りでよけると、そいつの顔面に着地して蹴り飛ばす。蝶よ蜂よとはまさにあのことだな。


その時だ。

モコモコモコッ!俺の目の前の地面が急激に膨らんだ。


「……プギギギギッ!」


「え?うわ!」


「桜下さん!」


俺のすぐ目の前に穴が開き、そこから小さなオークが這い出してきた!こいつ、穴を掘って隠れてやがったんだ!

オークが武器で切り付けたとたん、淡い防護膜はシャボン玉がはじけるように一瞬で消えてしまった。


「危ない!」


俺がすんでのところで飛び退くと、オークはさっきまで俺がいた場所に武器を振り下ろした。ドスン!


「ちぃ、どう見ても話が通じる相手じゃないぞ!」


オークは今度こそ逃さないとばかりに、俺の心臓に狙いを定めている。命の危機にさらされ、俺の手は考えるよりも早く、腰元の剣へとのびていた。オークが武器を突き出す!


「うおぉ!南無三―!」


「ギギィーーー!」


俺がカウンター気味に突き出した剣は、オークが武器を持つ腕にブズッと突き刺さった。うわ、初めて生き物を切ってしまった……剣を持つ腕から、ぞぞぞっとした鳥肌が全身に駆け巡る。


「このっ!」


ウィルがロッドを振り回してオークの頭をぼかっと殴ると、オークは一瞬くらりと目を回した。おっと、まだ戦闘は終わっちゃいない。俺は戦意を奮い起こすと、ぼーっとするオークの顎を思い切り蹴り飛ばした。ガツッ!オークはあおむけにひっくり返って、ばったり倒れた。


「桜下さん、大丈夫ですか!?」


「はぁ、はぁ……ああ。ウィル、助かったよ。ナイスヒット」


「いえ、そんな。桜下さんがオークを斬り付けたからですよ」


「あいつの腕が短くて助かったな……体も随分小さかったし、きっとザコだったんだ。だからこそ、隠れて伏兵みたいなことをやらされてたんだろうな」


俺たちが奇跡的にオークを一匹やっつける間に、フランとエラゼムはあらかたのオークを蹴散らしてしまった。無事なオークは大半の仲間が気絶するか倒れたのを見て、そいつらを見捨てて散り散りに逃げて行ってしまった。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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