6-3
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少女の墓が見つからなかったことで、俺たちの調査は振出しに戻ったが、けして悪い気分ではない。赤毛の女の子は、どこか遠い空の下で、今も元気にやっている。結末としては、こっちのほうが後味はいいから。
焚火のそばまで戻ると、ウィルはようやく落ち着きを取り戻したのか、そそくさと礼を言い、さっと俺の背から降りた。男の背に乗るのは、いくらウィルでも抵抗があったのかな。どうでもいいいけども。
「さーてと。んじゃ、あとは時間が来るまでここで待機だな」
砂時計を見ると、ようやく一つ目の砂がすべて落ち切ろうかというところだった。俺は二つ目の砂時計をひっくり返すと、ふと思いついた。
「これ、もう三つめをひっくり返しちゃってもばれないかな……?」
「桜下さん……ケーベツ、ですよ」
じとり。ウィルが冷ややかな視線でちくちく刺してくる。
「は、ははは、冗談だよ冗談……」
「もう。こういうのはむこうも同じ時計を持っていて、時間を計っているにきまってるじゃないですか。一本ぶんもごまかしたら、絶対ばれますよ」
「わ、わかってるよ」
しかし、何もせずただぼうっとしているというのは、どうにもしんどいことだった。焚火のそばに腰を下ろして、暗い森を眺めても何にも面白くない。ときおりフクロウがホーっと鳴くが、気休めにもならないな……時の流れ方が遅くなったみたいだ……まぁもちろん、くだんのグールが出てきたらそれはそれで怖いんだけど。
「桜下殿。もし何でしたら、少しお休みになられては?監視は吾輩が務めましょう」
あくびを噛み殺した俺を見て、エラゼムが気遣う。
「ん~……いや、遠慮しとくよ。墓場の真ん中で眠ったら、とんでもない夢を見そうだ……あ。そうだ、エラゼム」
「は。なんでしょう?」
「じつは、ちょっと前から考えてたんだけど、俺に剣術を教えてくれないか?」
「はい?剣術、ですか?」
俺はうなずくと、腰からぶら下げている剣を抜いて、膝の上に置いた。こいつが実戦で役に立ってくれたことは、今のところあまりない。
「剣が使えれば、俺自身も身を守れるようになるだろ。いざってときに役立ちそうだ。ちょうど暇だし、良い機会かと思ってさ」
「なるほど。しかし、うぅむ……桜下殿の頼みにこたえたいのは山々なのですが、吾輩の剣術は、だいぶ我流が混じっておりまして。なにぶん得物が得物ですから、通常の剣術とはかけ離れた代物なのです」
ああ、そりゃそうか。エラゼムの巨大な大剣は、よそじゃまず見かけない独特な武器だ。
「そうかぁ。けど、そんなに固く構えなくてもいいんだけどな。なにも、凄腕の剣豪になりたいわけじゃないんだよ。あ、不真面目な気持ちで言ったんじゃないぞ?ただ、護身程度に使えるようになれればなって」
「ああ、そうでしたか。そうですね、基礎の部分なら……吾輩でもお教えできるかもしれません」
「じゃあ、頼むよ。体を動かせば眠気も取れるだろうし」
「承知しました」
俺とエラゼムは剣を手に、焚火から離れててきとうな場所で向かい合った。あ、エラゼムは大剣じゃなくて、代わりに太い棒きれを構えていたけど。ウィルがあきれた声でつぶやく。
「男の子って、ほんとにチャンバラが好きですよねぇ」
ふん。俺はウィルの嫌味を無視して、剣先をエラゼムに向けた。
「それで、どうすればいい?」
「そうですな。桜下殿の求める剣術とは、つまりは護衛のための剣、守る剣技と考えてよろしいですか?」
「つまり、相手を切るんじゃないってこと?」
「おっしゃる通りです」
「うん。それがいいな。うちは“殺さず”なんだし」
「かしこまりました。では……」
エラゼムは棒切れの先端を、俺の剣先にちょこんと合わせた。
「まずは、武装解除の技から始めていきましょう。相手を殺すのではなく、武器を奪ったり、剣腕を攻撃して無力化する方法を追っていきたいと思います」
「わかった。始めようぜ」
「いきますぞ」
エラゼムが棒切れを握りしめるのが分かった。俺も剣の柄を握る手に力を籠める。エラゼムの手首が動いた!と思った、次の瞬間……
バシッ!
腕にものすごい衝撃がかかったと思ったら、俺の剣は手元を離れ、数メートル先の地面に勢いよくぶっ飛んでいた。カランカラーン。
「…………」
「今のはつまはじきという技法です。剣先をぶつけて振るわせることで、相手の手から得物を吹き飛ばします」
「……な、なるほど」
「これができれば、少ない動作で相手を無力化することができます。もっとも、牙を持つモンスターには効きませぬが……まずは、初歩的なところから始めていきましょう」
こ、これで初歩的……こりゃあ、一つ習得するのに一か月がかかるかもしれないぜ、おい……
エラゼムの剣術道場は砂時計一本分つづき、俺の腕が震えて剣が持てなくなったところで終了となった。俺の剣はなんども草地の上を転がり、エラゼムの持つただの棒切れは、結局最後まで折れることはなかった。弘法筆を選ばずとは、よく言ったものだ。
「も、申し訳ありません桜下殿……まずは技からではなく、剣を動かす基本動作から始めるべきでした。お体に負担を……」
疲労困憊して地面に転がる俺を見て、エラゼムがすまなさそうに謝る。
「はぁ、はぁ。いや、まあでも、いい運動にはなったよ、うん。さすがに今日はもう無理っぽいけど……でも、また付き合ってくれよな」
「桜下殿……ええ。喜んで」
心なしかエラゼムの声色が嬉しそうだったから、これだけくたびれたかいもあったってもんだな。
俺たちが訓練を終えると、ウィルとフランは焚火のそばでぼーっとしていた。フランは不謹慎にも近くの墓石の上に腰かけ、ウィルは野草を摘んできて、それを焚火であぶっていた。あ、これよく見たら、墓の周りに生えていた、あのネギ坊主みたいな草だ。
「なに焼いてんだ?」
「あ、もう終わったんですか?これ、すぐそこの草むらに生えていたんです。ちょっと育ちすぎですけど、お葱ですよ」
「あ、ホントにねぎなんだ」
「と思いますけどね。なんでこんなところに生えてるんでしょう?けど、ラッキーでしたね。こうして水気を飛ばしておけば、二、三日はもちますよ」
え……まさか、食う気か?これ、お墓のなにがしかの為に植えられてたやつなんじゃ……
「ま、まあいいか。ねぎに変わりはないんだし……にしても、この村はネギだらけだな。村の入口にも植わってたぜ」
「え、そうだったんですか?特産品か何かなのかしら……」
すると、俺の首から下がったアニが、思いついたようにチリンと揺れた。
『あ。もしかすると、このネギはグール除けかもしれません』
「へ?ネギが、グールに効くのか?」
『まあ、劇的な効果は期待できませんが、気休め程度にはなりますかね。しないよりはマシといったところでしょうか』
「ふーん。いちおう村の人たちも、対策を講じようとはしてたんだな」
それにしては、ずいぶんささやかな抵抗のような気もするが。そういやミシェルが、村の人たちはグール退治にあまり乗り気じゃない、みたいなことを言ってたっけか。このネギたちは、それの現れなのかもしれないな。
ついに三本目の砂時計も、残り半分というところまで来た。俺はゴムみたいな食感の焼きねぎを噛みしめながら、明日の予定についてみんなと話し合っていた。
「とりあえず、今夜は宿に戻ろうか」
ウィルがうなずく。
「で、いいんじゃないですか。どうせ報酬をもらいに戻ることになるんですから」
「ふぅ、ラッキーだ、今晩もベッドで寝れそうだな。んで、明日はいつ宿を出る?」
エラゼムがあごのあたり(実際にはあごがないから)に手をやった。
「できることなら、ミシェル嬢にも気づかれずに出たほうが良いのではないでしょうか。あまり考えたくはありませんが、彼女も村の暗部とつながっているかもしれません。誰にも見られず出発できるのが一番かと」
「ミシェルが、かぁ。あのおばさんに限って、ないと思うけどなあ。なぁ、誰が一番怪しいと思う?」
この質問に、ウィルが息巻いて答えた。
「そりゃあもちろん、あの村長ですよ!胡散臭いことこの上ないです」
しかし、エラゼムは首を横に振る。
「ですが、状況証拠だけで考えると、そうも言いきれませんぞ。桜下殿が赤髪少女の人相を伝えられたのは、村長、ミシェル嬢、それにあの貧民窟の老婆たちです」
「あ。そういえば、あのおばあさんたちもいましたっけ。うーん、怪しさだと村長とどっこいどっこいかも……」
「けどさぁ。根本として、どうして俺たちのことを嗅ぎまわったりする必要があるんだろ?俺たち、今日来たばかりだぜ?」
「今日来たばかりだからこそ、とも考えられますな。吾輩たちのような異端者を、この村はよしとしないのか……あいや、しかし村長は、この村は移民の多い村だと言っていましたな」
「うん。流れ者ばっかり集まってできた村なのに、どうして俺たちだけ……」
俺たちが熱心に話し込んでいると、フランがだしぬけにぽそりと言った。
「逆に考えてみれば?」
「うん?逆に?」
「そ。わたしたちのことを知りたがってるんじゃなくて、わたしたちに知られたくない何かがあるとか」
「ああ、なるほど……俺たちに嗅ぎまわられたくない事がある、ってことか」
では、それはいったい何だろう?俺はフランがその先も話してくれるんじゃないかと期待して待っていたが、フランはそれきり口を閉じて、続きを言いはしなかった。俺が我慢できずに言う。
「フランは、その何かに心当たりはないのか?」
「……言わない」
「へ?」
ぷい、とそっぽを向くフラン。
「わたしの考えは、みんなみたいに明るくないもん。死んだとか殺されたとか、そんなのばっかり。しかも今回のははずれてたし」
はずれ?ああ、赤髪の女の子の墓が見つからなかったことを言っているのか。
フランはいじいじと、腰かけた墓石のふちを手でなじっている。もしかして、拗ねているのか?確かにフランのいうことは、毎回歯に衣着せぬというか、最悪のケースばかりだったりするけど。てっきり本人は気にしていないと思っていた。
「なんだよフラン、拗ねんなよ。誰もお前のことを根暗の性悪だなんて思っちゃないって」
「わたし、そこまで言ってないですけどっ!それに、べつに拗ねてるわけじゃ……」
「あー、俺はほら、こんなだからさ。どうしても楽観的になりがちなんだ。だからこそ、フランみたいに厳しくものを見てくれる人が重要なんだよ。俺はフランに感謝してるし、これからも変な遠慮なんかする必要ないぜ」
「……あ、そう」
フランの返事はそっけなかったが、その手はもう墓石をいじくってないなかった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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