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エラゼムの話を聞いて、俺はうなずいた。


「なるほどなぁ。だからエラゼムに真っ先に向かったわけだ。この中で一番大人だから」


「で、ありましょう……もう少しうまく断れればよかったのですが。いまだに慣れません……」


まじめなエラゼムのことだ、こういう場面になるたびに、ぶっきらぼうに断ってきたのだろう。


「……なあ。ここのウェイトレスとかなら、女の子でも食っていけたかな?」


「赤髪の少女がですか?あまり考えたくはない話ですな、未成年がそのような……しかし、単に女給として考えれば、もしくは彼女の母親ならば、あるいは」


「だよな。あ、けどだったら、今ここにいなきゃおかしいか」


俺は店の中をぐるりと見渡したが、赤い髪のウェイトレスは見当たらなかった。まぁ、さっきの化粧の濃い女を思い返すと、ここにいたらいたで、ちょっと嫌だったかもしれないけど。そのタイミングで、さっきとは別のウェイトレスが注文の品を持ってきた。テーブルにパンとスープとしなびた芋?の根っこを乱暴に置くと、黙って手を差し出す……ああ、お代か。俺が慌ててコインを渡すと、ウェイトレスは俺たちを一瞥してからすぐに背を向けた。へへ、俺たちがいいお客じゃないことは、すぐに店中に伝わったらしい。が、これだけは聞いておこう。


「なぁ、ちょっと!あんた、ライラさんじゃないか?」


ウェイトレスの背中に問いかけると、彼女は振り向いた顔を怪訝そうにしかめて、吐き捨てた。


「はぁ?誰だソイツ。知らねえよ、ターコ」


ウェイトレスは肩を怒らせて立ち去って行った。


「……まあ少なくとも、彼女の知る限りでは、ライラはここにはいなかったみたいだな」


俺はパンをかじりながら言った。パンはかび臭く、スープは古い靴下を煮込んだような味がした。昨日といい、この店ではどんな奴がコックをしているんだろう……


「やっぱり、村を出て行ってしまったんですかねぇ」


ウィルが、遠い目で食事をする俺を気の毒そうに見ながら言う。


「けど私、そのほうが少しうれしいです。こんなところで大きくなったその子に、会いたくはないですもん」


俺は周囲に聞こえないように、小声でそれにこたえる。


「けどさ、だとしたらハクは五年間もずーっとそれに気づかなかったのかな。この村を出るってんなら、街道のそばを通るだろ?」


「街道はそこそこ川から離れていたじゃないですか。毎日監視なんてしませんよ」


「そうかなぁ……」


「……あるとしたら、もう一つ」


フランが目をつむったままで会話に入ってきた。第三の意見だ。


「その子が、すでにこの世の人間じゃないこと。ずっと前に死んでいて、誰も覚えていない。もしくは意図的に隠されてる」


「……」


思わず口をつぐんでしまった。しかし、ありうる話ではある。


「……それが考えうる限りでは、最悪の結末か。どうして隠されているのかは、心当たりあるか?」


「わかんない。けど、証拠を探すことはできるかも」


「証拠?」


「この後、この村の墓地に行くでしょ。そこで探せばいい」


あ、そうか。もしもライラの墓があれば、それはそういうこと……その時は、もう事実を受け止めるしかないだろう。


「できれば見つかってほしくないな……」


俺のつぶやきに、フランはゆるゆると首を振った。

俺が大味な夕飯をなんとか食い終わり、そろそろ行こうかというところで、一人の客がだしぬけに声をかけてきた。


「よぉ、よぉ。お、おまえさんたち、ひ、人を探してんのか?」


「うえ?ああ、うん……」


その男はべたべたの黒い髪をしていて、目にはひどいクマがあった。酔っているのか、ずいぶんどもっている。男は口元をだらしなく緩ませて、俺の顔をにやにや覗き込んできた。


「ひ、ひひひ、ひひ、人探しなんてして、何が楽しいんだ?コソコソ人のけつを追いかけまわすようなことして、何が楽しいんだ?」


なんだと?失礼な奴だな。


「……べつに、そういうんじゃないよ。ただ知り合いの友達を探してるだけだ」


「と、友達?友達の、知り合い?」


逆だ、と正す気にもなれない。面倒くさい酔っ払いに絡まれたな、とっとと行ったほうがよさそうだ。みんなもそれを感じ取ったのか、俺たちはいっせいに腰を上げた。そのまま出口まで向かおうとして……


「お、おれ、知ってるぞ。あ、あ、赤い髪の女の子、知ってるぞ」


「え!?」


思わず足を止めて振り向いた。今コイツ、なんて言った?


「あんた、その子のこと知ってるのか?」


「し、し、知ってるぞ。お前たちが話してたの、知ってるぞ」


どういうことだ……?昼間、俺たちが聞き込みをしているとき、この男が近くにいたのか?


「あ、赤い髪の女の子。毎日見かける女の子」


「毎日!?なあアンタ、その子をどこで見たんだ?」


すると男は、人差し指を一本突き出した。いち?一か所で見るってことか?男は指を天井に向けると、つんつんと指すしぐさをした。


「屋根?この店の屋根の上で見たのか?」


「もぉーっと高いところ。屋根より雲より高いところ」


え、それって、まさか……俺は腹の中に冷たい水をぶち込まれた気がした。空の上ってことは、つまり……


「その子は、朝は、金髪なんだ」


「は……?」


男は突然、わけのわからないことを言い出した。


「昼間は青だ。夕方になると赤になる。けどすぐに黒髪になっちまうから、夕方になったら会いに来な」


コイツ、何言って……いや待て。朝は金、昼は青、夕方は赤、夜は黒。これって……


「そら……?」


「……ぶひーーーっひゃっひゃっひゃははははハハハァ!その通りだ、ブゥワァーーーカ!」


男はかぱっと口を開くと、豚のような大声で笑いだした。するととたん、笑いが伝染したかのように、周りの客たちも次々に笑い出し、ついには店全体が笑い声をあげているかのようになった。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃはははは!」「ゲラゲラゲラゲラ!」「だぁーはっはっはっはハハハハァ!」「ドハハハハハ!」


な……なんだ、これ。客たちはどしどしと足を踏み鳴らし、店全体がぐらぐらと揺れているように感じる。


「赤い髪なら空にいるぞ!赤い顔して空にいるぞ!会いたきゃ会いな、会えるもんなら。ひゃーーーひゃひゃひゃ!」


俺は何が起こっているのかわからず、ただただ呆然としていた。からかわれたのか……?けどあまりにも唐突すぎて、怒りも湧いてこない。そんな俺を見て、笑い声はますます大きくなった気がした。その時だった。

ドガガーーン!パラパラパラ……


「はぁっ、はぁっ……!」


突然、俺たちがさっきまで座っていたテーブルが粉々になった。破片が周囲に飛び散る。フランが渾身の力でテーブルを殴りつけ、ぺしゃんこに潰してしまったのだ。その轟音で、笑っていた客たちはいっせいに口をつぐんだ。


「はぁっ、はぁっ……」


フランは激しく震え、テーブルをつぶした姿勢のまま固まっている。真っ赤な瞳をカッと見開き、堪えるように歯を噛み締める……

こみ上げる怒りを必死に抑えているんだと、俺にはわかった。


「……桜下殿。フラン嬢。ウィル嬢。ここを出ましょう」


エラゼムが静かに言う。その声が、俺に冷静さを取り戻してくれた。


「フラン。行こう」


俺は震えるフランの手を取ると、そっと引いた。フランはうつむいたまま、おとなしくついてきた。エラゼムが先に行って、扉を開けて待っていてくれた。俺は静まり返った店の中を、フランを連れて突っ切り、ひんやりとした外へと出た。


「……」


店の外は、かなり薄暗くなってきていた。もう間もなく夜になるだろう……俺たちはしばらくの間、無言で、足早に歩いた。あの酒場から一刻も早く遠のきたかったのだ。十分に離れたころになって、ようやくウィルが口を開いた。


「……明日の朝ご飯は、私が作りますから」


異を唱える者はいなかった。もう二度と、あの店には行きたくない気分だ。


「なぁ、あの気持ちわりぃ男の言ってたこと、どう思う?」


「桜下さん、まさか信じてるんですか……?」


ウィルが信じられないとばかりに目を見張った。


「あんな醜悪な冗談、聞いたこともありませんよ!人が探している相手を、あろうことか死にたとえて笑うなんて!あの腐った男、いかれ頭、○△×……(ここから先は、シスター・ウィルに免じて、聞かなかったことにしておいた。一言だけ言えば、とても聖職者の口から出たとは思えない言葉だ)……はぁはぁ」


ウィルはいまさらになって怒りが爆発したのか、怒涛の暴言で息を切らしている。


「うん、まあ、まったく笑えないよ。けどそれより気になるのは、どうしてあいつが俺たちが赤髪の少女を探しているのか知ってた、ってことなんだよな」


「はぁ、はぁ……はい?」


ウィルは思いもよらなかったのか、きょとんとした。


「俺たち、最初に酒場に入った時には、ライラのこと話してなかった。容姿とかの詳しい事を話したのは、ミシェルと、スラムの人たちと、それからヴォール村長だけだ。けどそれなのに、あいつはそれを知っていた。外で盗み聞ぎされたとは、雨も降ってたし、思えないんだけど……」


「そういわれれば……」


どうにも、腑に落ちない。それはエラゼムも同じようだった。


「桜下殿。この村、なにやらきな臭いです……昨日と発言が食い違ってしまいますが、早急に立ち去るのも、一つの手かと思われます」


エラゼムの言う通りだ。俺だってこんなとこ、長居はしたくない。夜ならフランの目と、アンデッドの疲れ知らずで、山道でもなんとか脱出できるだろう。しかし……


「いや、まだダメだ。ハクとの約束も、ミシェルとのクエストも終わってない。今夜はここにいないと」


「ですが……」


「けど、それが終わったらすぐ出発しよう。朝になったらすぐこの村を離れる。モタモタしてても、ろくな事なさそうだしな」


一度受けたことだ。きっちり筋は通して、できる限りのことはしよう。


「……承知しました。では荷物は宿に置かぬよういたしましょう。万が一宿屋を襲撃されてもすぐに出立できますように」


「わかった。あーあ、結局こそこそ抜け出すことになっちまうんだよなぁ。俺たち、そのうちコソドロのプロになれるんじゃないか?」


俺が冗談めかして言うと、ようやくウィルとエラゼムの雰囲気が和らいだ。だが、まだ手を引いて歩いているフランは、溜飲が下りていないようだ。つないだ手がこわばっている。けど俺は、そんなフランに感謝していた。


「フラン」


「……」


フランはぶすっとしたまま口を利かない。俺はフランの手をはなすと、彼女の頭にポンと置いた。


「フラン、ありがとな」


「……え?」


「さっきさ、こらえてくれて。俺が殺しはしたくないって言ったの、守ってくれたんだろ。だからさ」


フランはぽかんとしていた。んん、あまり見ない表情だな。呆れている、というよりは……驚いているようだった。


「……」


「嬉しかったよ。俺もフランとの約束を果たせるよう、頑張るからな」


「……」


ぺしっ。フランは俺の手をはねのけて、すたすた先に行ってしまった。


「あ。なんだよ、可愛げがないな……」


「照れてるんですよ。そんなこと言っちゃかわいそうです」


ウィルがたしなめる。ホントかよ?ウィルはいつもフランの肩を持つからな……俺は一人先を歩くフランの背中を見て、肩をすくめたのだった。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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