2章 1-1 山越え

1-1 山越え


「ううぅぅぅ……」


くそ、ここまでか。俺はがっくりと膝をついた。限界だ。


『主様?』


「すまないアニ……もう、俺はダメだ……」


『……日の出から二時間か。まぁもったほうですかね』


「ああぁぁぁ。もう一歩も動けない!」


空腹の、限界だ!

あの村での騒動から一夜明け、俺は村からほど近い、川沿いの細道をひたすら歩き続けていた。フランから聞いたところによると、この先の山を越えたところに、もう一つ村があるらしい。行くあてもなかったのでそこを目指すことにした、まではよかったんだけど……


「うぅ。腹がギュウギュウ鳴ってる……」


そういえば、最後にメシにありつけたのはばあちゃんの家以来だ。つまり昨日の朝から何にも食べていなかったことになる(し、信じられない)。俺はそれを原始的でありながらももっとも確実なシグナル……すなわち、腹の音でようやく思い出したのだ。


「いままで気ぃ張ってたから気付かなかったのかな……なあアニぃ、なんか魔法でだせないのかよ?」


『あいにくと、そういった魔法は使えません。私の魔法はたかが知れているといったじゃないですか』


「うおぉぉ……」


『次の村までも、もう少しかかりそうですね。何かしら食料を調達しますか?』


「つっても、ここなにもないけど。川で魚でも取るか?」


『やめておいた方がいいですよ。流れも速いし、深そうです。それより、どうせ村を目指すには山を越えることになるんです。そこで食料を探しましょう』


「やまぁ?今この状態で行けば、俺が獣のご飯になりそうだけども」


『街道沿いですし、そこまで危険な獣はいないと思いますが』


「だといいがなぁ」


「……だったら、わたしが行ってくる」


俺がぐだぐだ管をまいていると、意外にもフランが狩人役を名乗り出た。


「フランが?」


「食べれるものなら何でもいいんでしょ。適当に見つけてくる。この辺の山は昔入ったことあるし」


「いいのか?危なくないか?」


「ゾンビの心配をするより、自分の心配をして」


そういわれると、ぐうの音もございません。確かにフランなら地元の地理には明るいし、何よりその辺の獣に負けるはずもない。


「じゃあ、お願いするよ。その山ってまだ遠いのか?」


「ううん。コマース峠は、ほら。すぐそこ」


フランが指さしたコマース峠とやらは、もうすぐそこまで迫っていた。目の前には中くらいの山が二つ、隣り合うように立っている。道はその合間へと続いているようだ。あそこが峠だな。


「でもよかった、思ったより近いな……よし、それまで、もうひと踏ん張りすっか」


俺はすきっ腹を抱えて、再びとぼとぼ歩き出した。

じきに道は上りに差し掛かり、俺たちは山と森の中に入っていく。足下は石ころや木の根ででこぼこしていたが、そこまで急じゃないのが幸いだ。ときおり片側が崖になって、その下を急流が流れているのが見えた。さっきの川の支流だろうか。

しばらく登っていると、細かった道がぐんと広がって、扇形に開けた場所に出た。地面は川底のように砂利だらけで、その隙間をちょろちょろと筋のような小川が流れている。所々に、ミズバショウに似た白い花が咲いていた。雨が降ると、ここも大きな川の一部になるのかもしれない。


「きれいなところだな。それとちょっとごめん……少し休憩していいか……」


腹の中が空っぽだと、どうにも力が出ない……こんな僅かな時間でも、昨日の何倍も疲れた気がする。


「じゃあその間に、少し探してくるから」


「え?あ、おい」


フランはぼそっと言い残すと、俺が何か言う前に、さっさと森に分け入ってしまった。大丈夫かな?小さくなっていくフランの背中は少し心配だけど、ここで待つしかない。俺は手頃な石を見つけて腰を下ろした。


「……けどさ。さすがに、ちょっと情けないな。女の子を見送って、男の子が帰りを待つなんて」


俺はため息をつきながら、アニに話しかける。


『そうですか?主従の観点からみても、戦闘力から見ても合理的に思えますが』


「お前……けど、うかつだったな。フランク村長からついでに食い物ももらってくるんだった」


『むぅ。そういわれれば、そうですね。食糧事情は何も考えていませんでした。あのゾンビ娘はどうとでもなるとして、問題は主様です。このままでは寝床の確保もできません』


「え、それは村につけば宿が……」


『宿代がないです。路銀、ゼロですよ』


「ああー!そうだった……なぁ、勇者ご一行はタダとか、そういうもんはないの?」


『ないです。この国では国王だって旅費を支払いますよ。それに、もう勇者は辞めたのでは?』


「ああ、そうだった……ちぇっ。こういうのって普通、最初に王様から当面の旅費をもらうもんじゃないのかよ」


『ええ、実際そうですよ。勇者は召喚された後、私たち自我字引エゴバイブルをわたされ、この世界についてあらましを説明されます。そのあと国王より褒賞を賜り、それから初めて出立するんです。隣国では派手な式典も開かれたりするそうですよ』


「えっ、そうなの。俺はすぐ牢屋にぶち込まれたのに……」


いや、逆か。牢屋に入れられるような勇者に、褒賞も歓待も必要ないから。無駄なことはしない、合理主義ってわけだ。けっ。


『それに出立といっても、しばらくは城下町で過ごすことが多いんですよ。この世界の生活にあらかた馴染んでから、本格的な旅立ちになるわけです』


「へー。え、なら城下町なら、勇者でも嫌われたりしないのか?」


『そうですね。少なくとも王都近辺では、勇者関連のもめごとはほぼないです。というか、普通に歓迎してますね。頻繁に勇者が訪れますし、住民も慣れるか受け入れるんじゃないですか。逆にここのような田舎だと、根強く反勇者派が残っているわけです』


なるほど……こうして聞くと、俺は何から何まで普通の勇者と逆なんだな。最初が処刑、次が脱獄だもんな。かたや、みんなに祝福されて出発するやつもいるわけだ。


『ただ、私の読みでは、まず間違いなく城下町には金がばらまかれてますね』


「へ。カネ?」


『城下町の人間は、異様に勇者に好意的なんです。それこそ、宿にタダで泊めさせるモノ好きがいるくらいに。きっと王の命令で、勇者を接待するように言われてるんでしょう。そして、勇者はこう思う。“なんて親切な人たちだ、この人たちのためにも頑張って戦おう!”と』


「えぇ……それは、疑いすぎなんじゃ」


『そうですか?我々の間では有名な話ですよ』


マジかよ……なんか、異世界もけっこう、けっこうなんだな……


『そして、これは笑い話というか、うわさなんですが。王都はこの国で一番、美形が多いといわれているんです』


「へー。人が多いからかな」


『いいえ。美人が勝手に集まってくるからなんです。とくに冒険家ギルドや魔術師ギルドは、常に美男美女を募集してます。そして勇者が街にやってくると、ギルド員はそれとなく勇者の好みを聞き出すのです』


「え、まさか」


『ええ。翌朝には、勇者好みの美形の冒険家たちがずらりと押し掛けるわけです。街を案内するとか、仲間にいれてくれだとかって。勇者だって、悪い気はしないですよね。だから勇者が街を出るころには、美人ぞろいのパーティが出来上がっているわけです。そして勇者の仲間を輩出したギルドは、覚えもめでたくなる。選ばれなかったギルドは、次こそはと躍起になって美人を集める。そんなものですから、王都は美人ぞろい、なんていわれるわけなんですよ』


「……」


『ばかばかしいですよね、まったく……主様?』


「……俺、別の勇者にあったら、嫉妬で切りかかっちゃいそう」


『はあ』



つづく

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読了ありがとうございました。


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