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「魔法?アニが使えるってやつか?」


『ええ。私の魔術はたかが知れていますが、こんな田舎では魔法など目にしたことも少ないでしょうから、攪乱くらいはできるでしょう』


アニは簡単に作戦を説明する。


『時間もないので手短に。私が魔法で連中の足を止めます。スキは一瞬でしょうから、主様はゾンビ娘の背に乗って戦線を離脱。あの脚力なら、突破力は十分でしょう』


「あ、それに加えて。村長とも少し話ができないか?」


『では、戦線離脱後、彼を人質に取りましょう。そのほうがより安全にこの村を脱出できます』


「わかった。それでいこう。フランセスもいいよな?」


「……好きにして」


「よし。それじゃ、ちょいと失礼」


俺は片手に拾った剣を持つと、フランセスの背中にがっしりしがみついた。フランセスの両手は鉤爪になっているから、俺が自力で振り落とされないようにしなきゃならない。自分より年下の女の子におぶってもらうとは……だが俺が乗っかっても、フランセスの体幹はぴくりともぶれなかった。


「アニ、いいぞ」


『では……目に気を付けてください』


アニは何かを早口で、ぶつぶつと唱え始めた。なんて言ってるんだ?俺の知っている単語ではなさそうだ。

俺たちの様子を見て、男たちがいぶかしげな声を出す。


「何やってるんだ……?」


「おい、様子がおかしいぞ。気を付けろ!」


さすがに感づかれたか。けど、遅いな。アニが詠唱を完了し、大声で叫ぶ。


『フラッシュチック!』


パァー!俺たちを中心に、黄色い光が猛烈にふき出した。俺は慌てて目をつぶったが、まぶたを透けて届くほど強い光だ。昼間になったのかと勘違いしそうだぜ。


『走ってください!』


アニの声に目を開けると、光は止んでいた。と、がくんと視界が揺れ、フランセスが走り出す。俺は慌てて、ぎゅっとフランセスに抱き着いた。こうでもしないと、振り落とされそうだ。フランセスはそんな俺にはおかまいなしに、ビューンと大ジャンプを繰り出す。光に目をやられた男たちを軽々と飛び越え、俺たちはらくらく包囲網を突破した。


「ひゃっほう!すげぶっ」


うぐっ。着地の衝撃でフランセスの肩にぶつかってしまった。は、鼻が……


「あひ、あふ、フリャン。村長を拾っていこう」


おかしな声で指示を出すと、フランセスは村長たちの方へ向かう。フランク村長、ジェス、ばあちゃんの三人は、男二人の護衛に守られ、戦火に巻き込まれない程度に離れていた。俺たちがやって来るのを見て、護衛の二人が武器を構える。一人は剣、もう一人は巨大なフォークのような武器を持っている。


「あ!ちょまっ」


フランク村長がジェスを連れて逃げ出した!ジェスは何かを言って抵抗しているようだが、あのままじゃ村に引っ込まれて、話ができなくなる!


「フランセス!」


「分かってる!」


フランセスがスピードを上げる。護衛たちとの距離がぐんぐん縮まる。だが、護衛の二人は冷静で、少しも慌てない。両者の距離が詰まってくると、先にフォークを持った男が、えいやと武器を突き出した。長い柄の分、リーチは圧倒的に相手が有利だ。フランセスは鉤爪を立てて、飛んできたフォークを受け止めた。ガシャアン!


「かかったなゾンビめ!はあぁ!」


フランセスの動きが止まったところに、すかさずもう一人の護衛が切り込んできた。ああっ、フランセスの爪はフォークで押さえられていて、剣を受けられないじゃないか。ちくしょう、さいしょからこれを狙っていたんだ。だがしかし!


「俺がいることを忘れるなよ!うりゃあー!」


俺は無我夢中で、手に持った剣を振り回した。フルスイングで振りかぶった剣は、男の持つ剣にぶつかり、騒々しい音を立てた。グワシャーン!

うわ、腕が引っこ抜けそうだ。鋼を思い切り叩き付けたことで、手がプルプル痺れている。だがそれは、相手も同じだったようだ。男は顔を歪めて腕を抑えている。すぐに切りかかってはこなさそうだ。それを横目で確認したフランセスは、フォークをつかんでぐいと引っ張った。男はつんのめってよろけたが、それでも柄を離さない。それを見たフランセスは、フォークの股の部分に足をかけると、思い切り蹴飛ばした。たまらず手を離した男のみぞおちに、フォークの柄が深々と突き刺さる。


「かはぁっ」


男は声も出せずにぐにゃりと崩れ落ちた。


「フランセス、あと一人だ!」


俺がフランセスの背中から転がるように降りると、フランセスはすぐさまもう一人の護衛に襲い掛かった。男は俺がはじいた衝撃からもう立ち直り、再び剣を振り下ろそうとしたが、それよりも早くフランセスの回し蹴りが男の顔面をふっ飛ばした。バシィ!うぅ、歯が何本か折れてそうだな。男はそのまま卒倒してしまった。


「やったぜフラン!よぉし、片付いたな。あ、ところで村長はどこだ?」


『向こうに!』


しまった、ずいぶん離されたぞ。フランク村長は護衛たちが戦っている間に、だいぶ遠くまで逃げてしまっていた。


「くそ!おい、とま、れ……」


俺は最後まで言い終わらなかった。フランセスはおもむろに護衛の剣を拾うと、それをビュンと投げつけたのだ。剣は猛スピードですっ飛んでいき、逃げる村長のすぐわきの地面に突き刺さった。驚いたジェスが腰を抜かしている。


「次は、当てる」


フランセスが今度はフォークを拾いながらつぶやく。俺はぎょっとすると、慌てて村長たちに大声で叫んだ。


「おおい!頼むから、そこで止まったほうが身のためだぞ!動いたら安全は保障できなーい!」


俺は全身のジェスチャーでフランセスを指し示す。そんな俺の必死の声が届いたのか、フランク村長はようやく観念して、足を止めた。ふう、よかった。俺だってこの怪力ゾンビ娘を確実に止める自信はないからな。


「これでオッケーだな。あとは……」


俺はくるりと振り返る。そのとき、呆然と立ち尽くしているばあちゃんの姿が目に入った。あの村長、ばあちゃんを置いて逃げやがったんだ。ちっ。

だがばあちゃんは、他のことはどうでもいいという様子で、ただ一点だけを見つめている。その視線の先には、気まずそうに目を伏せるフランセスがいた。


「フランセス……」


「……」


フランセスは、何も言わない。俺は二人には声をかけずに、フランク村長とジェスのほうへ歩いて行った。


「村長。手荒な真似をして申し訳ないけど、少しだけ付き合ってくれないか。話があるんだ」


「話だと?我々が勇者と話し合うようなことなど、なにも……」


「お父様ったら!いつまで意地を張っているおつもりですか?この人は私に何もしていないって、何度も言ったでしょう。それどころか、私を気遣って、慰めてくれたのよ」


「ジェス、お前は分かっていない。一過性かつ偽られた一面だけを見て、勇者を信用してはならない。こやつらは平気で人の皮をかぶる悪魔なのだ」


「まあ。でしたら、命の危険を顧みてください。私たちはいま、この人には敵わないのです。お父様の価値観についてはもう言及しませんが、ご自身の身を守るために、今はおとなしく従ってください」


ジェスがほとんど言ってくれたので、俺は言うことがなくなってしまった。


「そういうことです、村長さん。俺たちはこのまま、村を出ていくつもりだ。村はずれまで一緒に来てくれれば、こっちも手出しはしないよ」


「出ていくだと?企みは諦めるつもりか」


「仮に悪だくみをしてたとして、これだけもめれば収集つかないだろ。村を支配するだなんだっていう計画は破たんしてるよ。それとも、こう言ったほうがわかりやすいか?」


俺は剣を村長の鼻先に突き付けた。


「おとなしく従え。さもなくば、容赦しないぞ」


「……」


フランク村長の無言を、俺は自己基準で勝手に肯定と解釈した。俺は村長たちの後ろへ回り込むと(村長に背中を見せないようにするためだ)、目いっぱい息を吸い込んで大声を張り上げた。


「おーい!お前たち!」


俺が呼びかけたのは、アニの閃光魔法から立ち直った男連中だ。奴らは俺たちが包囲を突破したことに気付くと、懲りずにこちらへ駆けだそうとしていた。


「よーく聞け!俺たちは、あんたらの村長を人質に取っている!お前らが一歩でもそこを動いたら、村長は二度と村に戻ってこれなくなるからなー!」


俺の脅しに、男たちはピタッと動きを止めた。連中の歯ぎしりの音がこっちにまで聞こえてきそうだな。これじゃどう見てもこっちが悪役だ。だが、俺も村長に二、三、用がある。俺は男たちの憎々しげな視線を、肩をすくめて受け流した。


「フランセス……」


蚊の鳴くような声に、俺は振り返った。ばあちゃんが顔面蒼白でフランセスを見つめている。ショックが大きすぎて、声が出せなかったようだ。ばあちゃんはそれでもなんとか声を絞り出す。


「フランセス、なのかい。あんた、生きていたのかい……?」


フランセスは、黙って首を横に振る。


「なら、戻ってきてくれたのかい。あんたがいつ帰ってきてもいいように、あんたの部屋は残してあるんだよ……」


フランセスは唇をかみしめて、また首を振る。ばあちゃんは、フランセスが生きてようがいまいがどうでもいいなんて言っていたけれど、そんなことはなかったんだな。だって、靴をあんなにきれいに、大事にとっておいたくらいだ。本当は、フランセスのことを……

その時はじめて、フランセスが口を開いた。


「おばあちゃん」


フランセスの声は淡々としていて、無表情に見えた。だけどその赤い目が、今にも泣きだしそうに潤んでいるように見えたのは、俺の気のせいだろうか。


「フランセスは、死んだわ。もうあの子は、戻ってこない」


「……っ!」


まるでフランセスの言葉に心臓を突き刺されたかのように、ばあちゃんはがっくりと崩れ落ちた。フランセスは一瞬何かをこらえるように眉をひそめたが、すぐにばあちゃんに背を向けた。


「あの子のことは、もう忘れて生きて。さよなら」


言い切るが早いか、フランセスはすたすたと歩いて行ってしまった。ばあちゃんはその背中を呆然と見つめている。俺は二人の様子を見ていながらも、なんて言っていいのか分からなかった。ただ、フランセスがもうあの家に戻るつもりが無い事だけは分かった。


「……ばあちゃん」


俺が話しかけても、ばあちゃんは身じろぎ一つしない。それでも俺は続けた。


「俺、ばあちゃんとはいろいろあったけどさ。親切にしてくれて、すげー嬉しかったよ。ばあちゃんがどう思ってたかは分かんないけど、それだけは忘れないからな」


俺はそれだけ言いのこすと、フランセスのあとを追った。俺の言葉がばあちゃんに届いたかは分からないけど……俺たちの別れが、こんな形で終わるのは嫌だったんだ。ただ、それだけだ。




つづく

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よければ見てみてください。


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読了ありがとうございました。

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