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「……ってことは、きみはフランセスで間違いないんだ?」


俺は殴られたあごをさすりながら、そうたずねた。すると、俺の目の前に座る少女……フランセスは、コクリとうなずいた。やはりあの鬼の正体は、ばあちゃんの孫、フランセスで間違いなかったらしい。正直、パッと見では自信がなかった。ばあちゃんに聞いていた、月のような銀色の髪というのは、ほこりに汚れすっかり白くなっているし、こんなに全身やけどを負っているなんて聞いていなかった。


「じゃあ本当に……ゾンビになって、今までさまよい続けていたんだな」


フランセスはまたコクリとうなずく。そのしぐさは、幼さの残る少女そのものだった。こんな子どもがこの森で存在し続けるには、それこそ魔物にでもならなければ不可能だったんだろう。けどそのおかげで、今こうして話もできているのだ。悲しんだらいいのか、喜んだらいいのか……複雑な気持ちだった。


「なあ。どうしてこんなとこに来ちゃったんだよ。今更だけど、せめて大人と一緒なら、今頃生きたきみと話せていたかもしれないのに」


これに対しては、少女はだんまりだった。そのほかに何を質問しても、名前以外は教えてくれない。俺はへとへとになって、アニにぼそりと愚痴を漏らす。


「アニ……俺この子に、あんまりよく思われてないみたい」


『そのようですね。能力自体は問題なく発動したはずなので、その気になれば服従させることもできますけど』


「そんなことしたらもっと嫌われちゃうでしょ」


うーん、困ったな。そのとき、俺はフランセスが、俺の頬のあたりにちらりと目線を向けたのに気付いた。


「ああ、これか?気にすんなよ、もう痛くないから」


俺は自分の頬を指さした。フランセスの爪に切り裂かれて、俺の頬にはかっこいい傷跡が残った。そのままだと顔が腐食毒で真っ黒に腐っていたらしい(!)けど、アニが回復魔法とやらで解毒をしてくれた(この時初めて知ったけど、アニは魔法が使えるらしい。便利なナビゲーターだ)。今は痛みもないし、解毒も間に合ったから俺は気にしていない。


(もとからそこまでいい顔でもないしな)


けどフランセスはもしかしたら、この傷のことを負い目に感じていたのかもしれない。俺が何でもないというふうに笑いかけると、フランセスは少しだけ表情をやわらげたような気がした。


「よっし!ここでこうしててもしょうがないし、とりあえずばあちゃんとこに戻ろうぜ。まずはフランセスが見つかったことを報告してあげないと」


俺がそう言って腰を上げても、フランセスはそのまま座り込んだままだった。


「おい、どうしたんだよ。お前のばあちゃんに会いに行こうぜ。すっごい心配してたんだから。お前の靴を持たせてくれたのも、ばあちゃんなんだ」


フランセスは返した木靴を履いたつま先を、もじもじと突き合わせるだけだ。なんだろう、何か行きたくない理由があるのかな?


『会いづらいんじゃないですか?当時はかわいい孫でも、今は化け物なんですし』


「あ、こら!またそうやって歯に衣着せないようなことを」


案の定、フランセスはぎりっと俺をねめつける。俺じゃないぞ、この口の悪いガラスの鈴が悪いんだ。


『なんですか?仮にも主に向かって、その顔は。さっきから態度も気に食わないんですよ』


「ちょ、ちょっとアニ……」


『従いなさい、家畜のように!』


リイン!アニが甲高く鳴ると、フランセスはびくりと体を震わせた。と思った次には、すっくと立ちあがった。なんだ、あんなに嫌がっていたのに、ついてくる気になったのか?だけど当の本人も、自分の挙動に困惑しているようだった。


「アニ、まさかお前……フランセスに何かしたか?」


『ちょっと躾がなっていないようでしたので、動作を強制してみました。大丈夫、本人の意識はきちんと残してあります』


じゃないと調教になりませんし、と物騒なことをつぶやくアニ。こいつ、死霊たちにはやたら辛らつだよな……

フランセスには、従いたくないという自分の気持ちも残っているらしい。それでも体は動いてしまうんだろう、あまりの悔しさに目を潤ませている……おかしいな、かわいそうだな?俺たちはこの子を助けに来たはずなのにな?


(けど暴れられてもこまるしなぁ)


しょうがない。俺はせめてもで、フランセスをなだめるように声をかけた。


「と、とりあえず行こうぜ。な?」


フランセスはうなずきもしなかったが、もう抵抗することもなかった。俺と二人で、森の出口へ黙々と歩く。いたたまれなくなって、途中何度も声をかけたが、すべて無視された。俺の声ばかりがむなしく、静かな森に吸い込まれていった……




「……あら?あなた、ちゃんと帰ってきたのね」


俺たちが森を抜け出し、村はずれに戻ってくると、木陰に座っていたジェスが声をかけてきた。ジェスは読んでいた本をぱたんと閉じると、杖を突きながら器用に立ち上がる。


「ジェス。待っててくれたのか?」


「そんなわけないでしょ。誰かさんが、本当にすぐに帰ってくるかどうか確かめようと思っていたの」


「あ、そう……」


そういや、森だけ見て帰ってくるって話してたんだっけ。もう太陽もずいぶん傾いている。ずいぶん時間が経ってるみたいだ。とてもじゃないが、行って帰ってきました、という言い訳は通りそうにないぞ。じとーっと目を半分にするジェスに、俺はははは、と乾いた笑いで答えるしかなかった。


「あっ。あなた、けがしたの?頬のところが……」


「あ、これか。ああその、ちょっとひっかけちってさ。たいしたことないよ」


「……まあいいわ。でもその様子じゃ、どうせろくなものは見つからなかったんでしょうし」


ジェスは手ぶらで帰って来た俺を見て言った。そりゃそうだ、なぜなら肝心のフランセス本人がいないんだから。フランセスは村の近くまではおとなしくついてきたが、村に入ることは断固として拒絶した。こればっかりはてこでも動かず、いやいやと首を振るばかり。アニですらお手上げだと匙を投げるほどだった。よっぽどいやだったらしいが、理由もわからないし、無理強いしても仕方ない。そういうわけで、仕方なく俺だけで戻ってきたのだった。


「はは、まあそんなところだよ」


「それで、もう気は済んだのかしら。この後はどうするつもり?」


「うーん、とりあえず調査結果をばあちゃんに報告かな。なんて言ったらいいやら、悩ましいとこだけど」


「え……あなた、なにかわかったの?」


ジェスは驚いたように目を見開くと、数歩こちらに詰め寄ってきた。やっぱり、どうにも彼女はこの件にえらい食いつきたがるようだ。


「まあ、ちょっとな。やっぱり気になる?」


「……別に、そういうのじゃないわ。ただ、どんなことを知ったのか、と思って」


「そう?ただ悪い、とりあえず最初にはばあちゃんに話したいんだ」


お孫さんがゾンビになっていましたなんて、ほいほい言いふらすものでもないだろ。ジェスも俺の言い分を理解したのか、納得はしてなさそうだったが、これ以上食い下がることもなかった。


「……そうね。まずはヴォルドゥールさんに報告すべきだわ。引き留めて悪かったわね」


「いいよ。じゃ、そういうことだから……」


俺はジェスと別かれて、ばあちゃんのいる村はずれまで歩き出す。ジェスから十分距離をとったあたりを見計らって、アニが小声で話しかけてきた。


『彼女、ずいぶんあの少女に対してご執心のようですね。その割にはあっさり引き下がりましたけど』


「まーそうだな。生きてたら年も近いはずだし、やっぱり気になるんじゃないのか?」


『そうですね。それだけだと、いいんですが……』




つづく

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読了ありがとうございました。

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