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ズズーン!ゴロゴロゴロ、バキバキバキ!

土煙を上げて転がっていった岩が、細木にぶつかり、なぎ倒す。バリバリと木の折れる、雷鳴のような音が辺りに響く。ギャアギャアと騒々しい声を上げて、黒い鳥がいっせいに飛び立った。


「これだけやれば、絶対目立つよな」


俺はゴーレムが、ボウリングよろしく放り投げた岩の成果を見て、うんうんうなずいた。俺たちは森を背にして陣取ると、ゴーレムに四方八方へ岩をぶん投げさせた。森に投げれば木がバキバキと折れ、荒れ地の崖に投げれば、騒々しい音と土煙をあげながら転がっていく。これだけやれば、奴が例え森のどこにいようと、確実に耳に入るはずだ。


『この騒音、まず間違いなく、普通の獣なら逃げていくでしょうね。もしこの騒ぎによって、こちらへやって来る獣がいたとしたら……!』


アニはそこで、何かに気がついたようにはっと言葉を区切った。


「……そいつは、確実にまともな獣じゃないな」


今度は俺にもわかった。どくんと、心臓がわななく。間違いない、強い力を持った何かが、こちらへ向かってくる……!


『背後の森からです!二時の方向……速い……なっ、もうすぐそこ!?敵影捕捉まで、三、二、いちっ!』


バサァー!茂みを切り裂くように、恐ろしい鉤爪がにゅっと姿を現す。次の瞬間、森の暗がりの中から、あの鬼が飛び出して来た!


「ガアアァァ!」


「来たな!狙い通りだ!」


『作戦通りにいきましょう!まずは動きを封じるのです!』


俺は鬼から目を離さないようにしつつも、急いで後ろに下がった。普通に戦っては、勝ち目は薄い。だからこそのこいつだ!


「頼んだぞ!トゥーム・ストーン・ゴーレム!」


ズズズッと石臼のような音を立てて、ゴーレムが動き出す。石でできた体はあまり早くは動かせないから、ゆっくり、慎重にだ。だけど、その弱点を相手に気取られてはいけない。俺はあえて余裕たっぷりの表情で、自信ありげに腕を組んでみた。


「ふははは!俺と戦いたくば、まずはこいつを倒していくんだな!」


『バカなこと言ってないでください。早く屈まないと、首が吹っ飛びますよ!』


え?うわ!ゴーレムの柱のような腕が迫ってきている!


「おわっとお!」


みっともなく地面に転がると、頭上をゴーレムの腕が唸りをあげて通り過ぎていった。その直後に、ズガン!と物がぶつかる衝突音。そちらを振り向くと、鬼の鉤爪と、ゴーレムの腕とがぶつかり合っていた。あの鬼、ゴーレムのパンチでも吹っ飛ばないなんて……やはりとんでもない怪力の持ち主だ。


「ギギギギッ!」


鬼は唸ると、鉤爪をゴーレムに突き立てる。すると岩でできたゴーレムの腕がシュウシュウと煙を放ち、鉤爪がずぶずぶと突き刺さっていく。岩すら溶かすとは、なんて強い腐食毒なんだ!


「ヤツを振り払え!まともに組み合ったら部が悪いぞ!」


俺が叫ぶと、ゴーレムは腕をブンと振って、鬼を吹っ飛ばした。しかしヤツはくるりと宙返りすると、華麗な身のこなしで着地した。これくらいのことでは全くノーダメージらしい。一方ゴーレムの腕からは煙がブスブスと上がっているが、まだ崩れる様子はない。


「よし、まだまだいけるな!?」


『いえ、今のでこちらはかなりのダメージを負うことがわかりました。短期決戦に持ち込まないと、ボディが保ちませんよ!』


それもそうだ。どの道、あまり長引かせるつもりはない!


「ヤツを捕まえろ!爪に触れないよう、腕ごとねじ伏せるんだ!」


ズゴゴゴ!ゴーレムが腕を振り上げ、猛然と突進して行く。だが。


「あっ!しまった!」


なんてことはない。ゴーレムが、こけた。重い岩同士が組み合わさっただけのゴーレムは、機敏な動きには対応できないのだ。ゴーレムが危うげにぐらつく。


「グガアアァァ!」


その隙を、鬼は見逃さなかった。すぐさまゴーレムの懐に飛び込むと、両爪を深くゴーレムの体に突き刺し、そのまま斜めに爪を振り下ろす。ゴーレムのボディに、Xの文字が刻まれた。ゴーレムは黒い煙を噴き上げながら、こと切れたように崩れ落ちていく。ズゴゴゴ……。


「ゴーレムが、やられた!」


『敵、来ますよ!迎え撃つ準備を!』


迎え撃つったって、ゴーレムがいなければ他に戦闘能力は無い。そのゴーレムが倒れた今、もう戦う術は残っていないってことだ。


「く……」


冷汗が頬を伝う。鬼は今倒したゴーレムを足蹴にし、その上をひたひたと歩み寄ってくる。その深紅の両目はギラギラと輝き、俺を真っすぐに射抜いていた。思わずごくりとつばを飲み込む。


「ガエゼ……」


鬼は牙をむき出しにして唸る。


「ソレヲ、カエセェェェーー!」


鬼の咆哮。うぅ、背中に震えが走るぜ。けど、ここからが俺たちの作戦の真骨頂だ。俺はドクドクと脈打つ心臓を必死になだめながら、その時を待つ……今だ!


「……ッ!?」


鬼の動きが止まった。なぜなら、その両足に太いつる草がぎっちり巻き付いているからだ。


「かかったなぁ!」


あのゴーレムは、実はおとりだ。倒されることも想定して、俺たちの作戦は組まれている。そもそもあの小さな鬼を捕らえるのに、あんなバカでかい図体は必要ないからな。その足さえ取ってしまえば、動きは止められるのだから。


「ゴーレムの中に、パーツとは別のレイスたちを仕込んでいたのさ!お前が隙を見せた時に、捕獲するための罠としてな!」


なんてことはない。森からつる草を引っ張ってきて、そこに別のレイスを憑依させておいただけだ。アニいわく、実体のないレイスでも、実体いれものを与えてやれさえすれば、使い道は無限にある。


『気持ちよく演説してるところ悪いですが、全然聞いてませんよ。それより早くしないと、あの拘束も長くはもちません!』


「おっと、そうだった。まだ仕上げが残ってる!」


そう。まだ“本命”である、俺の仕事が残っている。所詮はつる草、怪力の鬼を抑えておけるのは一瞬だろう。だけど、それで十分だ!俺はこの作戦を打ち合わせた時の、アニの推測を思い出した。




『思うに、あの鬼は少女が死亡した後、この森の異常に濃い精気によって魔物化したものではないでしょうか』


「死んだあと?」


『ええ。生きたまま魔物になったにしては、体躯が当時のまま、変わっていません。生物であるなら、成長なりの代謝で体が変化しているはず。それが無いということは、一度死亡し、魔物になることで蘇生したから、と考えます』


「蘇生……ってことは」


『いわゆる、ゾンビ……あなたの能力の、適応範囲内です』


「ゾンビ……それなら、能力でいうことを聞かせられるな」


『ただ、まだ確実とは言い切れません。もしかしたら、なんらかの要因で姿かたちが変わっていないだけかも。死を経ていない相手に対しては、貴方の能力は何の意味も成さなくなります。最後の最後は、ギャンブルになってしまいますね』


「……上等だ。もしハズレたら、そん時はそん時でどうにかしよう。俺が望んだことなんだから、どっちに転んだって後悔しないさ」


『……わかりました。せいぜい、幸運を祈りましょう』




俺は短い回想を終え、現実に戻ってきた。目の前には、拘束をほどこうともがく鬼がいる。けど、目の前にしてはっきりわかった。コイツに対して、俺の“魂”が震えている。うまく言葉にできないけど……けど、わかるのだ。


「いくぜ!」


俺は高く足を振り上げると、倒れたゴーレムの上に飛び乗った。ごつごつした体の上は走りずらいけど、それでも俺は全力で駆けていく。


「ギギッ!」


鬼が俺に気づいて、ぎょっとしたように身構えた。目の前に迫る俺に対して、鉤爪を突き出してくる。


『あぶない!』


「っとお!」


すんでのところで顔だけそむける。けど、かすった。頬が焼けるように痛む。


「くぁ……っ!」


顔を真っ赤に燃えるナイフで切り付けられたみたいだ。俺は痛みににじむ涙をやせ我慢しながら、不敵にニヤリと笑って見せた。


「やってくれるぜ、じゃじゃ馬め!だけど、ここまでだ!」


俺は右手を高く掲げる。


「我が手に掲げしは、魂の灯火カロン!」


右手が、陽炎のように輪郭を失っていく。俺はその手を、鬼へと突き出す。


「汝の悔恨を我が命運に託せ。対価は我が魂……!」


鬼は俺の手を見て、まるで刀でも突き付けられたように、びくりとのけぞる。俺はそのまま手を伸ばすと、鬼の胸の真ん中――魂の位置に、右手を重ねた。


「響け!ディストーション・ハンド!」


ブワー!

俺の右手が、いや魂までもが震え、鬼の魂と共鳴していく。憎悪に汚濁された精神の歯車が、少しずつ人の心を取り戻すように調整《チューン》されていくのが分かった。


パリーン!

突然、ガラスが割れるような音がして、鬼を覆っていた紫のうろこが飛び散った。そしてその中からは、年相応にかわいらしい顔をした、一人の少女が現れた。


「お……」


少女は真っ白な髪と、同じく生気の感じられない、紙色の肌をしていた。ゾンビなんだから、当然か。けどいわゆるゾンビのように、顔が腐さってたり、目がポロリとこぼれてたりはしない。よかった……ただ、体のあちこちにはやけどのような傷跡があった。


「ん?」


そして、そのとき気づいたわけで、完全に意図してなかったんだけど。胸に重ねた右手が、むにむにとやわらかいのだ。そうか、うろこがなくなったから……


「っ!」


少女が、我に返ったように目を見開く。


「あ、ごめんぐべっ」


気づいたら俺は、グーで殴り飛ばされていた。




つづく

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読了ありがとうございました。

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