第105話 あとで


やはりというべきか、プロウバの森の中にも魔物が侵入していた。こうなることは予想をしていたが、本当にそうなると少し尻込みしてしまう。



「おい、ビス。大丈夫か。」



何か感じたのかアシオンが視線だけこちらに向け呼びかけてくる。



「ん?ああ、問題ない。」



俺の言葉に安心したのかアシオンは視線を戻した。



「それにしても、なんでここに?あの時もそうだが、話が違うじゃねえか。」



「アシオン、今そんなこと言ってても仕方ないわよ。目の前のことに集中しなさい。」



「わーってるよ。そんなこと。」



やはりこの二人は何か知っている。ただ、この状況においては予期していなかったことらしい。それは、二人の雰囲気から読み取れた。アシオンは声のトーンからして明らかに不機嫌になっているのがわかる。


メイユの声は淡々とし、言っている内容も冷静そのものだったが、その姿を見ると、ゆらゆらとメイユの周りに黒い何かが揺れているようだった。メイユでさえ隠しきれない何かが今起こっているということだ。



「二人ともあとでじっくり聞くからな。」



別にこの言葉は、”聞く”ということはさほど重要ではない。それにいち早く反応したのはモルテだった。



「ええ、あとで必ず聞き出しますからね。」



「なんだよ。二人して急に。何ならここで話してやろうか。オレは構わないぜ。・・・ゴホっ‼」



「あら、ごめんなさい。魔物と間違えてしまいました。」



なぜか、アシオンの腹に向けてメイユが拳を放ったのだ。結構思い切り殴っているような気がしたが、大丈夫だろうか。当の殴った本人は、すでにアシオンの目の前から消えており、魔物と相対していた。



「おい。洒落にならねえぞ。」



「・・・言わないとわからないのかしら?」



「わーってるよ、そんなこと。だから言わなくていい。」



俺も、いや俺はアシオンがわかってないものだと思っていた。それはモルテも一緒のようだった。モルテのアシオンを見る目はめいいっぱい見開いていた。今世紀始まって以来の出来事に出くわしたかのように。ただ、そんなことはなくこの時に限ってはアシオンもわかっていたようだ。



「それにそれを言ったらこいつらが顔を真っ赤にしてるところが目に浮かぶからな。やめてやれ。」



一言多い。その言葉がなければよかったのに。あとで覚えてろよ、と心の中で唱えた。



俺たちは追い詰められた。プロウバの森に入ると、霧が立ち込め、あの時のように行く道を決められてしまっていた。そして目的の場所へと案内が完了したのかその周りだけ霧が晴れていく。そこには魔物の大群が待ち受けていた。想像通りであったが、一つ違う点があった。


それは、魔物がいなくならずそれどころか倒せば倒すほど魔物一匹一匹の強さが徐々に上がっていくところだ。アシオンたちも苦戦しているようだった。というより、敵の戦力がほぼアシオンとメイユに向いていた。俺たちの実力がわかっているかのような配置である。それに、奥から何やら見られている感覚がある。もう隠す必要がないと言わんばかりに気配を駄々洩れにしているかのようだ。



「ああ、もう。我慢できねぇ。いいよな、メイユ。」



アシオンはメイユに同意を求めていた。ただ、メイユは返事をせず、魔物と相対している。聞こえてはいるだろう。なにせ、アシオンの声が木霊するように響いているのだから。それでもである。魔物の相手に手いっぱいなのか、それとも琴線に触れあの時のようになっているのか。しかし、アシオンはそんなことを考えていないのか、メイユの無言を肯定としてとらえていた。



「おい。隠れてないで出てこい‼オレが相手してやる‼」



それに答える声が遠くの木陰から聞こえてくる。



「くくくっ。そんなご様子で私の相手ですか?笑わせてくれますね。」



聞き覚えのある声。それは、心のなかでこびりついて離れない声だった。声がする方を見ると、霧が徐々に晴れ徐々に姿が見えてくる。見たことがある輪郭。薄く霧がかかってもわかるほど見慣れた姿。


「ねえ、ビスさんあれってもしかして、”ディグニ”さんじゃないですか⁉」

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