第106話 立場
霧が晴れ、ディグニの姿がはっきりと確認できた。ただ、霧が晴れてわかったことがある。それは、ディグニが空中に浮いていること、そして、ボロ雑巾の様にぐったりとしている姿であったことである。
「ディグニ‼」
俺は、ディグニの元に駆け寄ろうとする。しかし、さっきの声の主に止められてしまう。
「おっと、それ以上近づかれては困ります。近づけばこの人殺してしまうかもしれませんよ。」
またこのこびりついて離れない声。俺は二度目の声でようやく確信を得た。この人をおちょくっているような言い回し、そして淡々とした口調。
「タド‼出てこい。俺が殺してやる‼」
「おお‼怖いですね。殺してやるなんて。それじゃ出て行きたくなくなりますよ。」
あまりにも強い言葉が出てしまう。ただ、出てきた言葉と裏腹に頭のなかは冷静であった。辺りを見回すと俺とモルテの近くにいた魔物たちは消え去っている。
だが、アシオンとメイユの前にいる魔物たちはいなくなっていない。ということはやつは俺たちに用があるということ。それをアシオンたちに邪魔されたくないのだろう。奴は必ず出てくる、そう判断し態勢を立て直す。
「まあ、出ていくんですけどね。」
案の定、タドは姿を現した。あの時と顔が全然変わっていない。コロコロと変わる表情だがそこには感情など何も感じられない、それでいてずっと見ていると”無”に引っ張られそうなそんな感覚に陥ってしまう。
「やっぱりてめぇか‼話が違うじゃねぇか‼俺たちは王の命をここに来てんだ。邪魔すんじゃねぇ‼」
「私もね、邪魔をしたくなかったんですが。もう王には時間がないんですよ。・・・悪いのはあなたたちです。ノロノロ、ノロノロと、これは遊びじゃないんです。仲良しこよしもいいですが、効率よくやりなさい‼」
後半先ほどまでの感じが嘘のように感情が籠っている気がする。そしてそれはあの時最後に見せたものと似通った部分を感じられた。
「うるせー‼こっちにはこっちのやり方があんだよ。黙って見てろ‼言われなくても早く運んでやる。文句があるなら、オレと戦え‼タド‼」
タドはアシオンをあざけ笑うかのように吐き捨てた。
「いいですよ。ただ、あなたがそこから抜け出せて、私を倒せるならの話しですが。それとその態度治してください。」
「へっ。嫌だね‼魔物たちを避けるって言うなら考えてやらないことはないけどな。」
アシオンがその言葉を発した直後、ザワザワと木々が騒ぎ出す。しかし、それは一瞬の出来事であった。
「立場を弁えろ‼」
その言葉とともにタドの体からなにかどす黒い何かが漏れ出て、360°均一に、波の様に、急速に広がっていく。俺はその時、時間がスローになったかのような感覚に陥っていた。さっきまであった木々の騒めきは徐々に消えていき、アシオンの”くっ‼”という声が聞こえたかと思うとアシオンとメイユの周りにいた魔物たちがタドに向いひれ伏している。
そして、ようやく俺のところまでその波が押し寄せてきた。それがあたった瞬間肌を通り抜け体の内部までビリビリと刺激がやってくる。それは、体を動かす電気信号に流れてくる。タドに”ひれ伏せ”とでも言うかのように。だが、俺は抗った。こんなところで躓いている暇はない。それにこんな奴に頭を下げるなど絶対にしたくはなかった。
「うあああああああ‼」
声の勢いでそれを吹き飛ばす。すると、さっきまでのスローの感覚もなくなっていた。
「はあ、はあ。」
息を切らしながら、辺りを見回すと、俺以外の三人はまだ、その波と戦っていた。
「おい、みんなしっかりしろ‼」
「はあはあ。助かりました、ビスさん。」
その声が届いたのか三人とも正気を取り戻し始める。ただ、それは三人だけではなかった。魔物たちも動き出したのだ。
「やりすぎてしまいました。まあ、これで少しは静かになるでしょう。」
「くっ。畜生‼」
アシオンの嘆きがタドに届くことはなかった。
「時間を食ってしまいました。早くしなければ、申し訳ないですが、早々に終わらせますよ。」
タドが俺に向かってくる。それに気づいたのかモルテもこっちに向かってきているタドに対し矢を放つ。
「ビスさんは僕が守ります‼」
ただ、そんなモルテの決意の籠った声は、タドの行動にあっけなく弾かれる。
「今は君の相手をしている暇はないんです。君は少しあっちで見ててください。こっちが終わったら話がありますから。”ヴェントインパクト”」
タドはこちらに向かいながら、モルテを一瞥もせず手だけそちらの方向に向け魔法を放った。次の瞬間モルテは後方に投げ飛ばされ、木に叩きつけられていた。
「ぐああああ‼」
「モルテ‼」
モルテの方に向かおうとするが、それは叶わなかった。もうすでに目の前にタドの姿がある。そして、剣を振り下ろしてきた。
「よそ見はいけませんね。」
「くっ‼」
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