第6話 緊張から弛緩へ
「おい。ビス。ちょっとこっちこい。」
足音の正体はディグニであった。ディグニに呼ばれて駆け寄る。
「ああ、すまない。何か話している途中だったか。」
「ううん。大丈夫。今移動するところだったから。」
そこでふと気づく。ディグニの陰に隠れている人がいると。ただ、一瞬誰かわからなかった。なぜなら、何かもじもじしていて前に見た豪快さがなかったからだ。
「クラフトさんがビスに伝えたいことがあるらしいんだ。聞いてくれるか。」
なにか畏まった言い方に身が縮まるが”う、うん”と答える。沈黙のあと、クラフトが言い出しずらそうに話を切り出した。
「ビス。そのなんだ。さっきはすまなかったな。」
拍子抜けした。というかペルフェットさんの言う通りクラフトのほうから話かけてきたことに驚いてしまい、クラフトの行動はどうでもよくなってしまった。
「ううん。気にしてないよ。」
「そうか。よかった。これからよろしくな、ビス。仲直りの握手だ。」
クラフトが僕の前に手を出してくる。よろしくの意味はよく分からなかったが、同じように手を出す。クラフトの手はゴツゴツしていていたが、その手からは想像できない優しく包み込むような握手だった。
「よろしく。クラフト。」
「おい、おい。呼び捨ては・・・」
「ははははっ。いい、いい。部下だったら投げ飛ばしていたかもしれないがな。」
僕はこの時、投げ飛ばされるのは嫌だなと思い、敬語で言い直す。ただ、その行動は僕には似合わなかったみたいだ。
「よろしくお願いします。クラフトさん。」
二人は目を見開いて、同時に「ぷははははっ」と笑い出す。ひどい。僕は頬を膨らまして精一杯の訴えをした。
「わ、悪かった、悪かった。本当に呼び捨てでもいいし、俺には敬語も使わなくていいぞ。」
二人とも笑ってくるのだ。言われなくてもそうしてやるつもりだ。そんなやり取りをしているとシェーンがこっちにやってきた。
「何を話していたの?楽しそうだったわね。」
「ビスと仲直りしていたところです。」
「ああ、そういうこと。」と納得の表情をしている。
「それより、ディグニ。ペルが話したい事があるって。あっちでペルが待ってるわ。」
「あっ。はい。」
たぶん、あのことを話すのだと思う。ディグニがどんな反応をするか気になるが、
背中をこちらに向けて話しているため表情が見られない。そんなことを他所にシェーンが何か呟いている。
「ディグニは今日城に泊まるのかしら。」
独り言のように呟いたシェーンの声にクラフトが反応した。
「ディグニは、今日城には泊まらず街に戻るみたいですよ。」
「えっ。そうなの!?この後図書室へ行こうと思ったのに。日も暮れてきているし、街に戻るなら図書室にいく暇がないわ。どうしようかしら。」
「明日も城に来ますよ。用事があるようでしたので。」
ここまで来る道中ディグニと色々話したのだろう。ただ、用事の部分は知らないというよりはなんだかぼやかしているような気がした。僕はその部分が気になったがシェーンは別の部分が気になったようでそれを僕が知ることはなかった。
「それなら余計に城に泊まればいいのに。」
シェーンはちらっと僕の方を見て考え込む。
「ディグニに確認しなきゃダメね。」
独り言のように呟いたそれは、僕とクラフトを置いてけぼりにした。どういう意味だか分からなかったのだ。クラフトにいたっては頭に?が浮かんでいるようだ。会話も終わり行き場の失った視線をディグニたちの方に向ける。
するとちょうど話が終わったようでこちらに向かってくる。二人とも無表情で何を考えているかわからない。ただディグニはじっとこっちを見てきて、心臓がせわしなく仕事をする。何やら重大なことを言われるのではないかと内心ビクビクしていたからだ。
だが、僕の予想は外れた。こっちに着くとディグニは何も言わず僕の頭をぐしゃぐしゃっと撫でてくる。なんだかわからないけど安心し、心臓は若干サボり気味になった気がする。ただ、ちょっと力が強くて痛い。
「ディグニ。痛いよ。」
「あ、ああ、ごめんごめん。」
「うふふっ。」
ペルフェットさんが笑っている。よかった、元のペルフェットさんに戻ったみたいだ。シェーンはそれよりも気になることがあるらしくディグニをじっと見つめていた。話すタイミングを窺うように。
「ディグニ。今日街に戻るって本当?」
口調は淡々としていたが、何か焦っているようなそんな雰囲気を感じた。僕も気になりディグニの方を見るとクラフトを一瞥したかと思うと何事もなかったかのようにシェーンに視線を戻し話始めた。
「はい。ちょっと友人と約束がありまして。申し訳ありませんが、あの件は今度でもいいですか?」
一瞬シェーンは口をへの字にしていた。なんだか話がかみ合っていないようだった。
「ああ、あの件ね。いつでもいいわよ。そんなことより明日も城に来るんでしょ。
クラフトに聞いたわ。ビスも連れくるの?」
ディグニは驚きの表情をしながら答える。何か気になる点でもあったのだろうか。
「いえ、明日は友人のところに預けようかと思っていました。」
「別に問題がなければ明日ビスを連れてきてくれないかしら。図書室に連れて行きたいの。」
「別に構いませんが、ただ・・・」
ディグニがシェーンに顔を近づけて何か言っている。僕も気になって必死に耳を傾けるが、その行為虚しくディグニの声が聞こえることはなかった。その僕の様子を見ていたシェーンが不憫に思ったのかわからないが、僕に聞こえるように話してくれる。ただ、重要な部分は省いて。
「わかったわ。なるべくあいつには会わないようにするわ。もし会っちゃった時はなんとかごまかすよう努力する。ペルもいるから大丈夫よ。」
ディグニの友人って誰だろうとか、シェーンはなんでそんなに僕を図書室に連れて行こうとするんだろうとか、あいつって誰とか疑問が多くて頭がパンクしそうだ。
「畏まりました。明日ビスも連れてきます。」
「ビスもいいわね?」
「うん。」
完全に事後確認な気がするが、なにもすることがないし、それにそこまで図書室に連れて行きたい理由も気になったから。そんな理由でシェーンの申し出を受け入れた。
「それでは、そろそろ行かないと街にたどり着かなくなってしまうので・・・。」
「そうね。私たちはまだここにいるわ。また明日。」
僕とディグニ、クラフトは階段を降り出口へと向かう。だが、クラフトは城の入り口のところで傭兵に呼び止められていた。
なんだか怒られているような。どうやら仕事をほっぽって僕のところにきていたらしい。クラフトは苦笑いしながら”また明日な。ビス。ディグニ。”と告げる。
そこまでして僕のところに来ていたと思うと、あのことは本当にどうでもよくなっていた。そう思う僕は単純なのだろうか。
「うん。また明日。クラフト」
なぜか、クラフトの横にいた傭兵が驚いた表情をしていたが、僕は気にせず振り返りディグニのあとを追った。
城門まできて、ディグニはなぜか安堵しているようだ。そこにはルトさんと乗ってきた黒馬が一緒にいた。
「お疲れ様です。ディグニ様。ビス様。すぐ出発出来ますよ。」
準備をしていてくれたらしい。黒馬に近づくとまた頬擦りをされる。
「ありがとうございます。急いでいたので助かりました。」
そう言いながら黒馬に乗り僕を引っ張りあげてくれる。
「そんなに逃げるように行かなくてもいいと思いますよ。あの方は今玉座で王とお話中ですし。」
「何でもお見通しですか。まあそれもありますが、約束の時間が迫っていまして、
あいつあんななのに時間には厳しくて遅れると五月蠅いんですよ。」
ディグニは煩わしそうな声をしているが、顔は嬉しそうだった。
「そうでしたか。止めてしまってすみません。それでは、また。」
そういうとルトさんは右腕を添えて深くお辞儀をする。ディグニは振り返らずに手を振っていた。
「今日はありがとうございました。今度稽古つけてくださいね。」
僕は振り返って手を振るとまだルトさんは深くお辞儀をしていた。
街への道を黒馬が駆ける。
「ねぇ。ディグニ。」
「ん。なんだ。もうちょっと声を張ってくれ。うまく聴き取れない。」
風で声がかき消される。僕は精一杯の声で言う。
「この馬に名前をつけてもいい?」
「馬に名前を?別にいいが、何かつけたい名前でもあるのか。」
「ううん、まだ。でもつけてみたいんだ。」
「いいぞ。つけてあげてやれ。」
なんだかスピードが上がった気がする。それに後ろからパタパタ音がし、「ははははっ。」とディグニの笑い声がする。
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