第12話 親
仔狼が俺の指先を離さないから、エミリアにこの仔を包むためのタオルを持ってくるように頼み、フェザーブルームが本当に仔狼を食べようとしたのかを確かめるため、今度は一人と一頭で、もう一度獣舎に足を踏み入れてみた。
もしかしたらフェザーブルームが仔狼を食べようとしたように見えたのは俺の勘違いで、何か他に原因があった可能性がないとも言えない。
後ろ手に獣舎の扉を閉めるまでもなく唸り声と吠えかかる声の大歓迎を受けたものだから、さっさと踵を返して、再び舎外に出た。
フェザーブルームばかりか、他のレイオン種からも敵視されているような有様に、ため息が出た。
この様子では、母親による初期哺育はおろか、同族に馴染むことも難しいかもしれない。
生まれるなり母親に食われそうになり、あげく同族たちからも吠えられるような仔だ、期待はできないと思っておいた方が良い。
人工哺育に対応できるだけの用意もあるが、同族から完全に切り離さなければ仔狼に危険が及ぶということになれば、同族と一緒に居れば自然と覚えるようなことも人が教えなければならない。
非常な労力こそかかるが、人工哺育はできる。同族に馴染めなくて孤立してしまったとしても、人が対応することはできる。そこから戦闘や労役に必要な調教を施すことも可能だろう。だがそれは、レイオン種にとって、この仔狼にとって良いことなのだろうか?そこが俺には分からない。
かといって、じゃあ哺育をしない、ということにもならない。大飯ぐらいの騎獣が活躍できるのは、戦場か、競技会か、荷車引きぐらいのものだから、他の騎獣たちと一緒になって仕事ができないとなれば、生かしておいてもらえる保証がない。生物を扱う仕事をする人間が、容易に養育を否定するような選択をして良い訳がない。
たとえ生まれた仔に変異があったとしても、ここまで同族から敵視されるというケースは見たことも聞いたことも無かったから、こんな状況に直面するなんて想定はしていない。
「どうしたもんか」
今まで考えたこともないことを考え、何の意味もない独り言を呟くと、指先を締め付ける感覚が強くなった気がして、仔狼の様子を見る。
相変わらず触手は俺の指先を捕まえて離さないが、鳴き声は止んだ。俺に抱えられて小さくなっている様子は、当たり前のレイオン種の仔と大した変わりがなく可愛いらしい。
既に中型犬にも劣らない立派な体格が、抱える片腕に堪える。
俺はエミリアと合流するために歩き始めた。
道すがら、今年担当する騎獣の希望書類すら出していないヒマなトレーナーが、1人だけ居ることを思い出す。
そのトレーナーは、比較的高い突変率を無視してこの仔狼の両親を決めた配合師であり、フェザーブルームが分娩するまで管理責任者だった。そしてつい先ほど、ほとんど反射的に仔狼を抱きかかえて逃げ出した男。
この仔狼を育てるのに苦労をするなら、全ての元凶であるその男が苦労をすべきだ。他の誰かに任せていいような話ではない。
なるほど、これがエミリアの言った親の責任という奴かと、俺は痛感した。
触手に捕まっている指先が痺れてきた。
「なあ、そろそろ離してくれないか?別に、逃げやしない」
偶然か、俺の言葉を理解したのか知らないが、名無しの仔狼は俺の指から触手を解き、一度だけ小さな鳴き声をあげる。
「名前、どうすっかなぁ」
いつまでも名無しの仔狼では都合が悪い。
ゆらゆら揺れる触手を見ながら、俺はこの仔の名前を考えた。
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