最終章『未来』

第52話《葛藤》

 自動操縦中の機人から、優助の脳にカメラの映像が送信されてきた。都市の壁が見えてきたらしい。二日と経っていないのに、懐かしいとすら感じてしまう。

 それほど激しい戦闘があり、大きすぎる情報を手に入れた旅路だった。疲労で飛びかけていた意識が、瞬時に覚醒した。

 装甲車の荷台に乗る試作二式は、優助の操る五八式よりも遥かに重量がある。カメラで見る限り、貴重なゴム製のタイヤは既に限界を超えているようだった。


 ササジマ市にたどり着いた優助達は、ひっそりと特殊運用室へ帰還する道を選んだ。いつかのような大歓迎も、いつかのような大損害もない、落ち着いた手順だった。

 今回の作戦は正人が取り仕切っている。指揮管理する者が違うと、結果はこうも変わるということだ。


『よく帰ってきてくれた。まずは無事な顔を見せてくれ』


 通信越しの第一声は、わかりやすい労いの言葉だった。防衛部が使う通信は、全て周波数が管理されている。傍受されて横槍が入るのを防ぐために、それ以上は言えなかったのだろう。

 もちろん、本心から労っていること自体は、皆がわかっていた。


『室長にしては、凄い優しい言い方ですね』

『ああ、あの人にここまで言わせるとは、俺達も大したことをしたってわけだ』

『もうちょい言い方あると思いますけどね』


 戻ってきたことに安堵した久美が、軽口をこぼす。斎藤と須山もそれに乗り、笑い声をあげた。

 通信を繋いだままの機人へも、それが聞こえてくる。装甲車内は、和やかな空気に満たされているようだった。

 しかし優助は、その会話に参加する気分にはなれなかった。普段なら真っ先に明るく笑う理保も、今回ばかりは黙っていた。


『優助君、理保ちゃん、本当にお疲れ様。報告終わったら、しっかり休んでね』


 久美の気遣いに罪悪感が募る。この場で話す勇気がない自分に、どうしようもなく苛立った。


『優助、機人の中でお疲れ様だね。帰ったらゆっくり寝ようね』


 意図せず秘密を共有させてしまった恋人。温かい言葉は、彼女の優しさを表しているようだった。


 その後の正人に対する報告でも、優助は語ることができなかった。ただし、進化体の真実が隠されていても、ケモノの正体という情報は大きすぎる。前時代を終わらせた原因が今も残っているなど、都市を揺るがすには充分だ。慎重を期した正人は、防衛部長である柳沢と結託し、部分的に開示することを選択した。


 乾坤一擲作戦にて、機人はケモノの巣らしきものを発見するが、直接対応室の消耗激しく調査は断念。

 体勢を立て直し、特殊運用室単独にて調査を実施。ササジマ市北部にケモノの巣を特定し、機人により破壊に成功。

 結果、今以上にケモノが増殖することがなくなる可能性が高い。

 

 ササジマ市民に公表されたのは、嘘ではないが真実でもない脚色された内容だった。優助は、それに異を唱えることができなかった。

 発表を受けた市民の熱狂は、以前よりも凄まじいものだった。ケモノの恐怖から解放されるのだから、そうなるのも当然だろう。優助を含む特殊運用室の面々は英雄扱いを受け、様々な催しに駆り出されることになった。


「優助、悪いな」


 凱旋パレードの最中、正人は市民に手を振りながら周囲に聞こえない声で呟いた。

 二人の隣には、左腕を失った機人が着座している。回収した試作二式の腕を取り付ける計画もあるのだが、正人はあえて後回しにしていた。戦いの激しさをアピールし、より大きな功績に見せようとしているからだ。


「いいよ、わかってる」

「そうか」


 正人の意図は理解できた。機人と優助を擁する特殊運用室は、今や防衛部の主戦力になっている。元々は左遷のための部署であったため、部内での発言力は強くない。しかし、市民から多大な評価を受けてしまえば、無視できるものではない。

 彼の目的は、ケモノの全滅だ。ササジマ市近くの生産設備を破壊しただけでは終わらない。提案を拒否されないために、組織の中での立場は必須要素だ。


「お前達を行かせたのは、賭けに近かった」

「そうか」

「賭けに勝てたのは、お前達のおかげだよ」


 防衛部内で強い勢力であった直接対応室は、乾坤一擲作戦の失敗により大きく力を失っている。つまり、実権を手に入れるなら今が好機ということだ。久美、斎藤、須山達が、この露骨な人気取りに付き合っている理由もそこにある。


「俺は、部長になるよ」

「いいんじゃないかな」


 真っ直ぐ前を見る正人の言葉に、胸が締め付けられるような気持ちになった。

 兄を名乗る男は、出発前に全てを語った。それなのに自分は、黙っていることがある。しかし、それを告げる決心はつかない。

 話すことで自分は、理保は、社会がどうなるのか。話さなければ、巫女や槍持ちは虐げられ続けることになる。変わっても変わらなくても、良いとは思えない。

 まるで本当の人間のように矛盾を抱えた感情が、心を責め続けた。だから優助は、最後のひと押しを求めた。


「正人、頼みがある」

「なんだ?」

「防人を見たい」


 しばらく考える素振りを見せた正人は、ほんの一瞬だけ優助に目を向けた。


「わかった、手配する」


 何かを察したような兄の声は、群衆の叫びに飲み込まれていった。 

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