第2話《死地》

 この時代、人には二種類の生まれ方があった。

 ひとつは、母親の胎内で育まれ出産される方法。そしてもうひとつは、人間工場と呼ばれる施設で生産される方法だ。

 槍持ちと巫女は、後者によって生を受けた者に与えられる役割だ。あくまでもケモノから人類を守る手段として生産され、あくまでもケモノから人類を守る手段として消費される。


 クローン技術の結晶たる生産設備の中、槍持ちの幼体は通常の三倍以上の速度で生育される。

 ランダムで遺伝子の調整がされるため、外見にはそれぞれ個性が与えられてはいる。例えばユウスケは、癖のある黒髪と太めの眉、鼻は低く唇は薄い。管理しやすくするため、体型は皆中肉中背だ。

 ユウスケやリュウジ等という名は、識別のために付けられた呼称だ。そこには親が子を名付けるような、意味や願いなどは一切存在しない。

 そして、まともな人間として扱われることは、生涯ない。


「ふっ!!」


 ユウスケはケモノの背中に槍を突き入れた。背中は特に筋肉が厚いため、抜けてしまわないように捻りながら深く押し込む必要がある。


「刺したぞ!!」


 先程と同じように、列車に向けて絶叫した。

 今度はすぐに反応があり、ケモノは軽く痙攣した後、力を失い地に伏せた。


 巫女の祈りは、ケモノを死に至らしめる力がある。しかし、その効果範囲は狭く、せいぜいが十メートルほどだ。

 生産できる数が少ない巫女を、危険に晒すわけにはいかない。そのため作られたのが、ユウスケ達の持つ槍だ。槍には遠く離れていても、祈りの力を呼び寄せる機能が持たされている。

 それをケモノの肉体に突き刺せば、巫女は安全な場所から祈りを届けることができる。

 つまり槍持ちは、祈りを受信するアンテナを立てるため、死地に突撃しているということだ。


「助かったよ。俺はヨウヘイ」


 ケモノと対峙していたところを援護する形になったため、礼を言われる。ユウスケとしても、助け合うのは嫌いではない。お互いに頼り合ってでも、生き延びたいと思うからだ。なぜ生き延びたいのかは、わからない。


「俺はユウスケ」


 一瞬気を抜いた瞬間、ヨウヘイの胸に穴が空いた。どこからかの投石だ。咄嗟に身を伏せて辺りを窺う。

 槍持ち同士、顔を合わせた時には名乗るのが習慣になっていた。大抵の場合、次に会うことはない。それでも、自分の名だけでも誰かに覚えていて欲しいと思う気持ちから、その習慣が生まれたのだろう。

 少し離れた所から、祈りを求める叫び声が聞こえた。ヨウヘイに石を投げ付けたケモノの処理も終わったようだ。


 槍は一度祈りを受けると使い物にならなくなる。ケモノに突き立った槍は無視し、倒れた仲間達が持っていた未使用の物を回収していく。

 ユウスケのいる方向はこれで終わりだ。

 他の方向も、同様に決着がついている頃だ。大きくため息をつき、列車に足を向けた。

 草原に転がる亡骸を回収する余裕はない。彼らの血肉は、後々死臭を嗅ぎつけてやってくるケモノの食料になることだろう。

 こんな扱いを悲しいと思う感情など、持っていたくはなかった。


 ケモノは人のみを食料とする。その理由は、少なくともユウスケには知らされていない。

 もしかしたら、誰もわからないのかもしれない。ただし、ケモノが人を人と認識する方法だけは教えられていた。

 それが感情だそうだ。人の感情を察知し、奴らは集まってくる。

 だから、槍持ちには感情が必要だった。高価な巫女にケモノが向かわないようにするための囮だ。

 死地に追いやられ、必死に戦い、命を落としたらただの餌となる。それでも、感情を捨てることは許容されなかった。

 皆のように表には出さないが、ユウスケの心にも熱いものが渦巻いていた。


 重い足を引きずって坂を上り、列車までたどり着く。生き残った数人の仲間も一緒だ。

 心身ともに疲労して、そのまま座り込んでしまいたかったが、回収した槍を車内に戻す作業が残っている。

 使った本数と回収した本数を集計して報告しなければ、今夜の食事にはありつけない。


 詰め所代わりに充てがわれた貨物室へ足を踏み入れた時、ユウスケを強烈な違和感が襲った。

 さっきまで、ここから祈りを発していたはずの巫女の姿がない。それと、鼻をつく血の臭い。

 貨物室の隅には血にまみれた巫女の衣装が落ちている。ユウスケの嫌な予感は、拒否できないレベルにまで補強された。

 慌てて窓から線路の反対側を見た。


「これは、だめだ」


 ユウスケ達が戦っていた反対側には、おびただしい数のケモノが蠢いていた。十体どころではない。少なく数えても三十体は超えている。

 巫女が食われたということは、既に列車内にも入り込んでいるのだろう。悲鳴すら聞こえないところから、車内の人間は食い尽くされてしまったのかもしれない。

 なんにせよ、巫女がいなければケモノの処理はできない。大昔のことわざで由来は知らないが、詰みというやつだろう。


「あのケチが」


 今のユウスケには、都市でのうのうとしているであろう持ち主に対し、悪態をつくことしかできなかった。続いて貨物室に入ってきた仲間達も、状況を理解し途方に暮れていた。


「誰か!」


 どんな死に方をしようかと考え始めた時、外から叫び声が聞こえた。若い女の声だった。

 駆け付けても無駄なのは知りつつも、ユウスケは反射的に貨物室を飛び出した。

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