第3話 ホテルへ
タクシーの運転手から、海獣祭りは終わったのにまだ着ぐるみを着ているのかと言われたが、不審人物とまでは思われなかった。
係長が宿泊していたホテルに着いた。名前は、「網走海豹ホテル」。
「海のヒョウ?」
「アザラシって読むんだよ、磯田」
「へえー」
ホテルの入口前には実物大のアザラシのブロンズ像があった。観光客と思われる人たちが着ぐるみ姿でブロンズ像の前で記念撮影していた。私は、着ぐるみが日常に溶け込んでいるやさしい世界を感じた。
「お前ら、どうすんだ? もう帰るのか?」
「課長に連絡したら、帰りの飛行機の便がもうないので、一泊するように言われました」
「おう、そうか。じゃあ、宿泊料は公費から出るのか? 節約のために、俺の部屋に三人で一緒に泊まってもいいんだぞ」
「係長、県警のセクハラ相談窓口に通報しますねー」
いつものおバカな会話を聞けて私はホッとした。正直、係長が逮捕でもされたらどうしようかと心配していた。
私と京子は二人でひと部屋を使うことにした。
京子と私は1階フロントの観光案内コーナーで網走のことについて教えてもらっていた。
「あれ、ん? 小春、あれ、係長じゃない?」
私服に着替えた係長がキョロキョロしながら1階ホールに来た。私たちは思わずソファーの陰に隠れた。係長は二日間風呂に入ってないから大浴場でゆっくりしてくると言ったわりには、何やらこそこそとしているようだった。係長はホテルから出て行った。私たちが窓越しに見ていたら、そこへ先程警察署で会った女性、相田さんが現れた。係長と相田さんはそのままどこかへ歩いて行った。
「えー、密会ー? さっき警察署で会った美人さんじゃん!」
私たちは後をつけることにした。
網走は都心とは違って尾行する時に身を隠す電柱などが少ない。人通りも少ないため、私たちの尾行はすぐにバレた。
「おう、お前ら、何だよ。何やってんだ」
「あ、いや、あの、偶然ですね……」
「何やってんだって? 尾行してるんですよー! 尾行ー!」
私がその場をうまく取り繕うとしたのに、京子は半ギレで言い返した。
「何で俺が尾行されなきゃなんないんだ?」
「目撃者と、容疑者になるかもしれなかった人物が接触していますので、尾行する必要があると判断しました」
「係長がこんな美人と会うなんてー、おかしいに決まってるでしょ! 尾行ぐらいしますよー!」
京子は客観的理由を無視して個人的な発言をした。しかも半ギレで。
係長は困惑して相田さんを見た。相田さんも係長を見ていた。
「で、係長ー、いくら払ったんですか?」
「はぁ?」
京子は、係長と相田さんの関係を、「パパ活」か何かと勘違いしてるようだった。
「磯田、お前、何か勘違いしてるだろ」
「逃がしませんよ、係長ー、どこまでも追いかけて行きますからねー」
「来るな!」
「いえ、係長、刑事として、そういうわけにはいきません」
「……わかった、事情を話すよ。うーん、そうだな、喫茶店でも行こうか」
係長は近くの喫茶店へと私たちを案内した。
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