まさかペンギンだとは思わない。
瑛
第9回 空色ワンライ
お題「ペンギン」
―――――――――――
黒いつやつやとした背中。
流線型の下半身ぽってりボディ。
水掻きのついた短い足。
その後ろ姿は、間違いなくペンギンだった。
休日のオフィス街。他に人影はない。
ーー
さかのぼること15分ほど前。
「企画書が!終わらない!!」
休日出勤していた華はパソコンに向かって独り言を吐き出した。
終わりの見えない企画書の修正。
期限は金曜日だったが無理を言って待ってもらっていた。
「華さん、追い込まれてますね」
声をかけてきたのは、同じく休日出勤していた
3ヶ月ほど前に転職してきた同僚だ。
「筆銀ぇ……」
「追い込まれているというかこれが日常茶飯事というか……」
「うわ、慰めと見せかけて辛辣! ひどい!ご飯買ってくる!」
華はパソコンの画面を切りオフィスを出た。
休日なだけあって人が全くいない。
向かうは徒歩3分のコンビニ。
疲れた顔の店員さんが品出しをしている以外に人はいない。
惣菜パンと栄養ドリンク、お菓子とコーヒーを手に取り無人レジで会計を済ませる。
早く戻って企画書の続きをしたかった。
コンビニを出る。
『グルルルルルッ』
角を曲がり、華のオフィスがあるビルの入り口を見やると。
――虎がいた。
距離にして50mほど。
のそり、のそり、と四足歩行で華の方に歩いてきている。
大きい。
頭頂部が一階の天井部分と同じくらいの高さだ。
ひゅっ……。
息を飲む。
声は出さなかったと思う。
だが。
虎と目が合った。
考えるまもなくきびすを返し、コンビニに走る。
ドンッ……!
駆け出した華の後ろ、曲がり角辺りのアスファルトが砕ける音がした。
背中に細かい破片が当たる。
走りながら背後を向くと、虎が曲がり角に立っていた。虎の足元のアスファルトが衝撃に耐えきれず、砕かれ地面がへこんでいる。
すぐ周りにはラグビーボール大の破片が散らばっていた。
虎は、華と目が合った位置から一足跳びに跳躍していた。
(逃げなきゃ……逃げッ……!)
ガッ!
前を向いた瞬間。
アスファルトの塊につまずく。
「うぁっ……!」
虎が着地した衝撃で転がってきていたらしい。
爪先の痛みの直後、一瞬体が宙に浮き、地面に落ちる。
手のひら、肘、膝が熱い。
でも今は傷を確認するような余裕はなかった。
体を起こして振りかえる。
『グルルルルッ!』
また虎と目が合った。
(死にたく……ない……!)
そろり、と地面に座ったまま後ろに下がる。
目は虎に向けたまま必死に逃げる方法を考えていた。
その時。
ガッッ!!!
曲がり角の向こうから黒い何かが虎の横っ面に激突した。
『ギャンッ!!』
虎が仰け反り、体勢を整えようと二三歩後退った。
その隙を付き、黒い何かは虎と華の間に転がり。
冒頭の状態となる。
「……ペンギン??」
思わず漏れた言葉にペンギンが答える。
「見ての通り!某はペンギンである!だがそんなことより今は逃げなされ!!」
「は、はい!」
逃げるため立ち上がろうとする。
「立て……ない……」
完全に腰が抜けていた。
足に力が入らない。
「承知した!」
ペンギンは問題ないと虎に向き直る。
『グルルルルッ!』
ほとんど同時に虎が跳びかかってきた。
まずは自分にぶつかってきたペンギンを仕留めるつもりのようだ。
「とぉっ!」
ペンギンも跳躍をした。虎の頭上より高い跳躍だ。その短い足からは想像できない跳躍だった。
そして何かを振りかぶる。
ペンギンの飛行に使えない翼には、一振りの日本刀が握られていた。
ペンギンが叫ぶ。
「食物連鎖の頂点にぃぃ!!」
高い、高い跳躍から降下の勢いをのせた刀を降り下ろす。
「あぐらをかいてぇ居座りたいっ!!」
刀が虎を切り裂く。
『グルルルルッ!』
勝負は呆気なくついた。
ペンギンの刀に切られた虎は光となって霧散した。
「……いやなにその掛け声!!確かに食物連鎖ピラミッド見て人間は頂点だなって安心したけど!!!!」
パタン。
虎のいた場所に木片が落ちる。
それをペンギンが拾い上げる。
日本刀はすでに鞘に入れ背中にくくりつけていた。
「華さん、大丈夫?」
ペタペタ、と木片を持ってペンギンが華の側にくる。
「腰、抜けたみたいです」
「あー、まあそうだよね。ひとまずオフィスに戻りましょう」
「はい……、え?なんでわたしの名前……?」
ぼふん。
間抜けな音がしてペンギンが煙に包まれる。
中から出てきたのは筆銀だった。
「
「はい、
まさかペンギンだとは思わない。 瑛 @ei_umise
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