社会に不向きな青春たち

あお

第1例目『日翔麻は250円を貯め続けれるか』

「あー、だっる……」

 時計を見る。

 18時46分。

「……んー、スマホスマホ……」

 ベッド脇の充電コードに繋がれたスマホの通知はゼロ。いつもどおりで安心する。

「今日はまだ……金曜日か。結局今週も学校いかなかったなぁ」

 高校二年になってから絶賛引きこもり中の私、日翔麻(ひとま)は登校拒否を代表するような筋金入りの問題児に成り下がっていた。

 別に一年生の時は優秀だったとか友達がたくさんいたとかではない。

 どっちかというと入学してから高校生活に馴染めずに、唯一できた友達ともクラスが変わってしまい、完全にやる気が無くなってしまったのだ。

 中学校の頃は、なんとなく朝起きて、学校に行って、部活をやって、先生やテストのスケジュールに文句を言いながら、そんなことを何となくみんなでやって「つらいよねー」とか言い合いながら、毎日を消化していくことに集中していた。それでも徐々に、それは本当に私のやりたいことかと自問自答が始まると、周りの子達に話を合わせることも、話題のお店に行ってインスタ映えを狙うでもなく、急にレールを歩く人形になってしまったような気がしてしまった。

 誰かに言わせれば「考えすぎだよ」と言われるけど、そうなってしまったのだ。しょうがない。

 最初は月曜日から学校を休むことに罪悪感を覚えていた。それが火曜日、水曜日と続き出すと平気で慣れてくる自分がちょっと怖かった。

 だけど金曜日と月曜日に休みだすと、4連休を作れることを発見してしまい、それから火曜日から三日間は学校に行く時期もあったけど、やっぱり私には朝決まった時間に起きて、通学して、決まった時間に授業を受けて、決まった時間までにお弁当を食べ終わらないといけないなんて耐えられなかった。だから今の生活はいい。

 両親に迷惑や心配をかけていることに、悪いとは思っているが、ストレスもなく健康的だ。

 生活リズムが12時間ほど狂ってしまったが、親は夜勤の仕事が多くて顔を合わせるわけでもない。

 一日500円のお小遣いがテーブルに置かれているので、それを取りに2階の部屋から居間へと降りていくのが私のモーニングルーティンだ。

 テーブルの上にはラップをかけたご飯と味噌汁、ハンバーグがあった。

 貴族のごちそうだ。

 それに500円。

 こんなに幸せでいいのだろうか。

「ありがとうございます。頂きます」

 ご飯を温めてもしゃもしゃ食べる。

 登校拒否になってからはこんな感じだけど、別に寂しくはない。

 以前と違うことがあるとすれば、ハンバーグが心躍る食べ物から、ライフラインへとなったことだ。

 お母さんはどんな気持ちで作ってここに置いているんだろう。

 そう考えるとやっぱりごめんね、って思ってしまう。

「でもなー。学校行きたくないしなー」

 電話の横にあるメモ帳から一枚拝借し「ごちそうさまでした。ありがとう」と書いてテーブルに置く。

 私がのんびりニート候補生活が出来ているのも両親のおかげだ。感謝は忘れないようにしよう。

 それから500円をポケットに入れてコンビニへ行く。

 いつもは23時ぐらいに行くんだけど、金曜日は翌日が休みということも会って、不登校でもこんな浅い時間に外出しても許されるんじゃないかという謎の免罪符が私の中に存在するのだ。

「着替え……いっか」

 上下黒のルームウェアだけどまあいいだろ。どうせ徒歩2分のコンビニだ。

 コンビニまではルームウェア。

 スーパー行くなら上だけシャツに着替えて、ショッピングモールに行くなら上下ともにちゃんと着替える。

 私なりのルール。

 いつものコンビニに行って一番安いお茶と醤油せんべいを買って家に帰る。

 250円ちょっとのお釣りを貯金箱に入れる。

 本当は返せばいいんだけど私には目標があるのだ。

 もうだいぶ貯まってきた。もし私が本格的に引きこもりからニートのルートに突入したら、この貯金で生きながらえよう。両親も私がまだ高校生だからこうして甘やかしてくれてると思うけど、卒業して就職か進学をしろと言ってきたらたぶん私はおしまいだ。そんなの無理ゲーに決まってる。だからごめんなさい。お釣りは貯金しています。

 多分ずっとこのままで進学しないで就職すると両親に言って、ハローワークに通うと嘘を付きながら、仮面就活を続けてニート生活に入るだろう。

 毎日の収入が500円なら半額貯金をすればその分延命ができる。

 250円の倍数が私のモラトリアム活動限界だ。

 2階に戻って電気を暗くする。

 夜だから明るくするのが普通だけど、やっぱり少し後ろめたいので、気配と一緒に明かりにも消えてもらう。そんな癖がいつからか付いてしまった。ちなみに傘も街に溶け込むように灰色を選んでるんだけど、母親には「さすがに地味すぎない」と言われてしまった。別にいいじゃん。そっちのほうが落ち着くんだから。

「お茶、自分で作ったほうが安いんだけど、キッチンに行くのがなぁ……」

 100円のお茶は高い。

 一日の収入の1/5がこのペットボトルに消えてしまう。

 作れば1/10程度のコストになるんだろうが、日中親がいるキッチンに行って冷蔵庫を開けるのが、どうにも気まずいのだ。

 その差額はいわば私が不登校をするためのコストだ。

 毎日安心したゾーンにいるための安全コストで生存コスト。私の生命保険代だ。

「ま、いっか」

 明日も500円が置かれていることを祈ろう。

「頂きます」

 おせんべいの袋を開けて一つつまもうとした時、スマホが震える」

 LINEの通知だった。

「熾火(おきび)じゃん」


 一年の時に唯一友だちになることが出来たやつ。

 しかし私と友だちになるということは、私と価値観や感覚が似ているということで、つまり熾火もまたどちらかといえば学校に行ったり行かなかったりするやつなのだ。

 まぁ私ほどじゃないけれど。

 LINEのメッセージを開いてチャットを開始する。


「おひさ。どしたん」

『やー、何してるかなーって思って』

「相変わらず。親の作った飯食って、親の稼いだ金でコンビニ行ってきたところ。ちなみに起きたのは、ついさっき」

『ほんとクズだなー』

「さらに今週は一度も学校に行っていない」

『クズの上塗りだなー』

「おっきーは?」

『今日は学校行ったよ。金曜日に行くと罪悪感なく土日を楽しめるし、今日行けば休みだー! ってなるから自己肯定感が高まる』

「不登校なのに自己肯定感高めるとか」

『あんたに言われたくないけど、私にも私なりのやり方があるの。あんただって金曜日と月曜日休めば頑張って三日間学校に行けるって行ってたでしょ。私の場合は月曜日と金曜日は学校に行くわけ。月曜も出ると、ちゃんとふつーの人と同じように一週間スタートしてるって思えるし』


 なるほどなるほど。

 お互い不登校だけど、休み方にはそれぞれポリシーというかプライドと言うか、譲れないなにかがあるものなんだ。まぁ今週一回も学校に行っていないので、私はさらに一つ上にいってしまったのだけれど。


「来週は学校いこうかなー」

『たまには来れば? 授業出なくてもどっかで一緒にサボろうよ。一人でサボってもつまらなし』

「体育館で卓球でもやる?」

『準備とか面倒だし。でも体育館でサボるのはありかも。なんか楽しそう。フリースローとかやりたい』

「えー。バスケのボールってなんかあの生地? の匂いが手について嫌なんだよね」

『わかる。石鹸つけてもなかなか取れないし』

「それなんだよねー」

『来週はおいでよ』

「まー月曜に行けばおっきーには会えそうよね」

『そうね。月曜日と金曜日は一応出席はすることにしてる』

「でも私は逆だからなぁ……火曜日から木曜日ならワンチャン」


 まるでバイトの日程が合わない恋人同士みたいだ。

 まぁバイトもしたことないし、カレシもいたことないんだけど、もしかしたら社会人カップルのやり取りってこんな感じかもしれない。……私たちがやっているのはサボりのスケジュールなんだけどね。


『そうそう。来週の月曜日に進路相談のアンケートあるよ』

「マジ?」

『マジ。うちのクラスはね。だからそっちのはわかんない』

「じゃあいっか」

『いいのかよ』

「ギリギリまで引っ張れば流石に学校から連絡くるだろうし、それでいいかなーって。どうせ来年のことだし」

『そうだけど。ひとまんはマジで進路どうするん? 大学進学とか?』

「ないない。こんだけ学校サボってて勉強できるわけが。今数学がどこまで授業進んでるのかわからないし。そもそも出席日数がヤバい」

『あはは。だよね。じゃあ就職?』

「とりあえず就活ニートかなぁ」

『なにそれ』

「就活するふりして貯金が尽きるまで不登校を延期する」

『卒業したらただの無職じゃん』

「たしかにそうだわw まあそんな感じでモラトリアム延長するかな」

『お金とかどうするの?』

「貯金してる。毎日の収入から半分ぐらい」

『バイトしてるの?』

「ううん。お小遣い。毎日500円もらってる」

『金持ちかよ』

「幸いなことに。感謝は本当にしている」

『で、それを貯金してると』

「毎晩コンビニでお茶とせんべい買うと250円だからね。半額貯金。毎月7,500円。年間で9万円の貯金。卒業までならまだもうちょっといける。そしたら就活するふりして日雇いのバイトとこの貯金で、自由を延長するのだ」

『その計画性をもっとポジティブなことに使えんのかね』

「残念ながら気力が。夜に起きてYouTube見て寝るしかできん」

『それは私も似たようなものだわ。さすがに学校行く日は11時ぐらいには起きるけどね』

「って朝から行ってないのか!」

『月曜と金曜に学校行くとは言ったけど、朝から行くとは言っていない』

「まぁそうよねー。午前中から学校とかありえないわ」

『それな。だから私は就職も無理だって思ってる』

「じゃあ進学?」

『それも無理』

「じゃあどうすんの?」

『私もひとまんと同じかなー。夜にバイトやって家にちょっとお金入れて。それから考えようかな』

「バイトかー。高校生のうちからちょっとやろうかな」

『お? 勤労少女になるのかい?』

「一日250円の貯金だとちょっと厳しいなぁとは思ってた」

『バイトってなにやるの?』

「新聞配達とか? あれって夜中に配ってるじゃん」

『そうね。でも体力とかいるかもよね』

「あー……じゃあ無理だわ」

『はや!』

「でもやっぱ冷静に考えて250円はキツイよね。月に7,000円だし」

『そうだよね。大人なら一日で稼ぐ金額だよ』

「大人すげーなー」

『そりゃ大人だからね。あんたに500円渡してさらに家計も回してる』

「親すげー」

『ほんとだよ。同感。感謝感謝だねー』

「そだねー」

『じゃあそろそろ終わるわ。ドラマ見たいし』

「おうよ。私はYouTubeでも見るかな」

『じゃあ良い一日をー』

「おー」


 そんな感じで15分ぐらいのチャットは終わる。

 熾火からメッセージが来るのはそれほど珍しいことじゃない。

 それでも無機質で景色の変わらない一週間に彩りがあるとしたら、熾火からのLINEかもしれない。緑色のアイコンに赤いバッジが安心するのだ。

 何も身になることは喋ってないし、ただただ時間を浪費していく。

 それでも自分と似たような境遇の友人からのメッセージはすごくありがたかった。

 働いている人の税金で通える学校をサボって、教育を受ける権利を放り投げて、カーテンを締め切って6畳の部屋に引きこもり布団だけにくるまって。

 そして親が時間を割いて作ってくれたご飯を食べて、親が働いた小銭を握りしめてコンビニへ走る日々。

 ちょっと頑張れば手に届く未来を投げて、甘い自分だけを受け入れ続ける。

 クソだ。

 クソすぎる。

 駄目だ。

 ダメダメすぎる。

 それでも今の私はこれが限界で精一杯で。

 それを叫ぶ相手が幸いにも居てくれる。

 ハンバーグを作ってくれる母親がいる。

 なにも言わないでくれる父親がいる。

 感謝しか無い。

 でもその感謝を形にできないし、高校を卒業してもこの生活を延長しようとしてる私がいるのも事実だ。

 本当にクソだ。

 でもどうか許して欲しい。

 遠い明日に急がせないで欲しい。

 ちょっと立ち止まるこの青春を。

 そして少しだけ伸びるその青春を「しっかりしろ」じゃなくて「勇気があるね」って言って欲しい。

 だからとりあえず今は250円を貯め続けよう。

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