文永の役 先懸
「さきがけ? いまさきがけといったか!?」
三郎は少々困惑した。
目の前の<帝国>はすでに陣を固めている。
そこに突き進むのは無謀でしかない。
「いえ、先懸は一番槍に非ず。これから行うのは弓馬の道を極めた武人たちの勲功。それを実践する――」
五郎は江田「又太郎」秀家と語らいあった時に教わった「先懸の功」について話す。
そして目の前の<帝国>に対して何をするのか郎党全員が共有する。
「ま、待って下さい! その話ですとお味方が後に続かないといけないじゃないですか!」
最初に声を上げたのは籐源太だった。
彼はとても上手くいくとは思えなかった。
そもそも勲功は証人が居なければ得られない。
孤軍奮闘は認められない。
証人が流した血と死の量を計って、それから恩賞が決まる血死の勲功が全てだ。
「ですから少しお待ちになって、証人を立ててから合戦をしましょう」
もっともである――もっともであるが、それでは敵が万全の態勢を整えてしまう。
それでは先懸にならない。
五郎はそれを直感でわかっていた。
「いいや待てぬ! 戦った者に勲功が与えられるのではない! 勲功をもらえるまで戦い続けるのだ! 弓矢の道は先懸を持って賞とする――ただ駆けよ!!」
そう言って五郎は駆け出した。
「三井の旦那ぁ!」すがる籐源太。
「おお! そうだとも! それでこそだ! 勲功が得られるまで戦い続けるのみ!!」
三郎も五郎の案に乗り、駆けだした。
「母上に叱られるな」「そうだな、黄泉の国まで追ってきてどやされるだろうな」
そう言いながら息子二人も駆けだす。
「うわああぁぁぁ……もうどうにでもなれ!!」
泣きながら駆ける籐源太!
五郎たちは街道をまっすぐに進む。
この道は
その道の右手には塩田がいくつも干潟に接するように作られている。
そして左手には塩の塩害を防ぐための松原がどこまでも続いている。
五郎たちはそのちょうど境目を走り抜ける。
普通なら気付かれないように松原を通るほうがいい。
しかし相手が気付かないと先懸は意味をなさない。
だからそのまま街道を進む。
麁原の山頂から銅鑼の音が鳴り続ける。
ふもとに駐屯していた部隊が前に出てきた。
五郎たち四騎は弓を携えている。
戦場では常に片腕で弓を持っていることになる。
馬を操るには難のある体勢だ。
それでも問題がないのは旗指が居るからだ。
旗指が掲げる流れ旗は敵味方の判別以外に馬を操るのに集中するためでもある。
旗指が方向を決めて進むと後続の馬たちも後に続く。
これは馬の本能だ。
集団行動を前提とする草食動物の本能によって、先頭の馬についていこうとする。
この本能を巧みに利用することで両の手を手綱から放しても合戦ができる。
五郎たちの旗指である二郎三郎資安を先頭に四騎の騎兵が駆ける。
<帝国>弓兵が斜め上に構えて矢を放つ。
放物線を描いて矢が飛んでくる。
旗指は左に向きを変えて、松原の中を駆け抜ける。
急に進路を変えたので矢はすべて外れた。
次は外さないと矢を放つ。
だが五郎たちが突入したのは<帝国>兵の陣ではなく防風林だ。
松の木々が矢の雨を防ぐ。
五騎は<帝国>弓兵を尻目に前にかけ続ける。
大鎧を装備した重装弓騎兵はその構造上から左側面にしか狙いを定めることができない。
だから反撃をするのはここから反転してからだ。
「はっ! はっ! 右だ右に回れ!」
五郎の指示で旗指資安が旋回をする。
そして松の木々を走り抜けながら弓を引く。
五郎は見る。
敵は鉄で身を固めている。
狙うは鉄で覆われていない――頭。
五郎は狙いを定めて矢を放つ。
他の三人も同じく矢を放つ。
矢はまっすぐ飛び――――当たらなかった。
置き楯を運びながら進む<帝国>兵に矢が届かなかったのだ。
「もう一度だ! もう一度攻撃をするぞ!!」
五郎の声に応えるように先頭が旋回する。
だがその時、違和感を覚えた。
馬の動きが悪い。
干潟で転んだ影響だ。
ここで逃げたら先懸は失敗するが仕方ない。
五郎が引き返すよう言おうとした時――。
馬が射られた。
<帝国>が放った矢がもたついてた資安の馬に刺さったのだ。
「うわっ!!?」
旗指がそのまま跳ね落とされた。
「大丈夫か!」
三郎が息子に近づき馬を止める。
旗指が止まったことで馬が皆足を止めてしまう。
するとほとんど当たらなかった矢が雨のように降りそそぐ。
腹巻と烏帽子の三騎に次々に矢が当たる。
「うわああぁぁぁ!」籐源太が叫ぶ。
「くっ、いでぇ!!」
このままでは全滅だ。
「お前は行けるか!」
五郎の声に応えるように黒馬が矢雨のなかを前に出る。
ちょうど、塩田の近くにある松の木の下。
ここなら松が矢を多少なり防いでくれる。
五郎はまずほとんど使わない鏑矢を放つ。
――フォン。
独特の笛の音が空を切る。
それを見上げた<帝国>兵たちが、今度は五郎に対して矢を放つ。
<帝国>兵たちは鏑矢の意味は知らないが、
それはかつて存在した合戦の合図を知らせるための儀礼的な矢のことだ。
現代ではものごとの始まりを指す語になっている。
合戦の始まり。
<帝国>兵にそれを笑う者はいない。
ただ全力を持って敵を叩くのみ。
五郎と百はいるだろう<帝国>兵との矢戦。
勝負はすぐにはつかなかった。
全身を矢から守るために作られた大鎧は頑丈だ。
そして松の木々によって矢は思うように当たらない。
あまりに粘るので<帝国>兵たちはさらに前進しながら矢を放つ。
ついに一本の矢が五郎の馬に刺さる。
「くっ!? やられたか!!」
五郎は馬が暴れ出して振り落とされた。
だがすぐに起き上がり、弓を構える。
正面を向かずに肩の「大袖」と呼ばれる板で敵の矢を弾く。
首回りは兜の「吹返(ふきかえし)」と「錣(しころ)」によって弾く。
少しでも矢が止んだら放つ。
「ええぃ! まったく当たらん!!」
しかし一矢報いれば百矢が返って来る。
矢雨の中、高い集中力が必要な射術は難しい。
何発も矢が鎧の隙間から刺さり、膝を付く五郎。
「籐源太ぁ! しっかりしろ!!」
「ぐふっ……」
「とにかく松原の中へ避難するんだ!!」
後ろでは三郎と籐源太に矢が刺さり、避難を開始する。
五郎は四人が狙われないためにももう一歩前に出て矢戦を始める。
中々倒れないことに業を煮やした<帝国>兵たちが短弓や槍を持って前に出る。
また銅鑼の音がうるさく鳴り響く。
五郎も一歩さらに踏み込んで矢を射る。
あともう一歩踏み込めば……。
だが五郎が動く前に馬が、黒馬が鎧を結ぶ緒を噛んだ。
これ以上進むなと言っているのか。
たしかにこれ以上引き付ける必要はないな。
五郎はそう思った。
銅鑼の音が鳴り響く。
煙幕は止まっているが、残った煙で視界は悪い。
敵は数が多い。
<島国>にはない槍兵が近づいてくる。
五郎は……。
五郎は大量の矢を一身に受け……。
鎧の隙間に矢が刺さりながらも、先懸の成功を確信した。
『よいか五郎。先懸は一番槍に非ず。まずそこを間違えてはいけない。
先懸というのはまず少数単騎で敵と戦う、そして陣地から敵を釣りだすことに意味がある。
次に釣りだしてすぐ逃げ出すと見え見えの罠と感づかれるから矢戦をできるだけすることだ。
そうして敵の陣形を崩して矢を使い果たしてからが重要になる。
――いいか、鏑矢を放つのだ』
五郎は耳を澄ます。
銅鑼の音がうるさい。
たぶん銅鑼を鳴らして軍全体を動かしている。
だが銅鑼を鳴らすということは、それ以外の音が分からなくなるということ。
五郎は言う。
「お前らまったく気づいてないだろう? ――この騎馬武者たちの進撃の音にな!」
瞬間、五郎の後ろの松林から甲冑武者の集団が現れる。
「先懸ご苦労! 白石六郎通泰、助太刀いたす!!」
「応ぅ!」と五郎が答える。
鏑矢の音に導かれて白石「六郎」通泰と重装弓騎兵百騎余り。
見参。
――――――――――
先懸という名の釣り野伏せ
https://33039.mitemin.net/i573251/
通説では先駆けは一番槍になります。
しかし、一番槍ならば菊池武房がその勲功を得られるはずなのになぜか五郎だけが認められる。あまりに謎なので大声で勲功を主張したから認めてもらえたということになってます。
本作では最初から別物の釣り野伏せという戦術の功労者としています。
教科書にも載ってる有名な絵
https://33039.mitemin.net/i573261/
最前列三人は後からの加筆と言われています。
たしかに綿襖甲じゃないので違う気がしますね。
それから竹崎季長の背中に血のようなものが出ているように見えますが、先端が丸いのでこれは鎧を結ぶ緒ですね。
背中に刺さるなんてことはないので三本の矢は矢筒の残りの矢ですね。たぶん。
ついでにてつはうも後世の加筆と言われているので爆発は不採用。そもそも詞の原文にてつはう出てこないからしょうがない。
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