わらしべ五郎
五郎は菊池家、叔父の屋敷にやってきた。
竹崎の開発から馬四頭を手に入れた経緯を説明するためだ。
部屋に通されるとそこには十数人は菊池の者が集まっている。
彼らは皆、五郎の話を聞きに来た――わけではない。
<帝国>への対抗について話し合うために集まっている。
五郎の話を聞くのはそのついでとなる。
部屋の片隅には五郎の姉もいた。
「それで五郎、竹崎について教えてもらおうか」
五郎の叔父、御房が訊いてきた。
五郎はあらかじめムツと示し合わせた説明を始める。
――それは「わらしべ長者」である。
「――という訳で竹を海の幸と交換したことから始まって、ついに馬と弓とを交換したという次第です」
「五郎よ。そんなおとぎ話みたいなことがあったのか?」
「はっウソ偽りない本当のことでございます」
五郎が話したのは実際におこなった取引を「わらしべ長者」風に説明しただけだ。
実像と違うところがあるとすれば、説明する際に売買数量をいわずに、わかりやすい名称だけで説明したくらいだ。
この時代の武士は、そして叔父を含めた菊池家の面々は数字の計算ができない。
これは
質実剛健を良しとする武家社会では旧敵である平家のように金に溺れることを忌み嫌う傾向にある。
しかし毎年のように宋銭が<島国>に流入すると否応なしに銭を使い取引をしなければならない。
ある武士は高利貸しをしている僧侶に銭勘定を任せた。
それは現代で言うなら闇金業者に帳簿管理を任せるようなものだ。
その結果、借金のカタに土地を奪われるということはこの時代ではよくあることである。
だが逆に言うと、わらしべ長者の説明で納得してしまう奇跡の時代でもある。
菊池家の面々は五郎の一通りの説明に大多数の御家人たちは納得してしまった。
そして――。
「それはよかったですね。私の夫が帰ってきたらぜひ弓馬の稽古をしてもらいなさい」
そう言うのは五郎の姉、三井フミ。
今は長門の国へ出ている三井「三郎 」資長の妻でもある。
彼女は菊池家の土地争いからは退いているが、五郎の境遇を不憫に思っている。
だが長門国の三井家と菊池家の繋がりを維持するために、五郎に対して大きく動けないでいる。
そんな彼女の精いっぱいの援護射撃だ。
「はい姉上、武士の務めとして武芸を極めたいと思います」
「まあいいだろう。だが鍛錬するだけで竹崎の開発を疎かにしないように」
叔父である御房もさすがに武士が鍛錬することを否定しない。
それでも五郎にクギはさしておく。
「わかっております。それからわらしべ長者はごく一部の話。竹を売った際に得た宋銭をお納めください」
五郎が言い終えると「もももってきまし……すみません」と三人組と籐源太が宋銭を大量に抱えて入ってくる。
一門がざわつく、口々に「わらしべ五郎だ」と言い始める。
御房も竹が馬になったというのには違和感を覚えたが、大量の宋銭を見せられてそういう考えが吹き飛ぶ。
「御屋形様、これだけあれば仏像を造れますぞ」
「ああ、そうだな。五郎よ大儀である、下がってよいぞ」
宋銭は銭としても使われていたが、武士の用途は主に仏像の原料だったりもする。
例えば鎌倉の大仏は宋銭を溶かして鋳造されている。
それほどまでに仏教を重視していたともいえる。
そして菊池家も幕府との関係改善のために仏像の建造をしたいと思っていた。
「しかし竹崎郷の竹は減っているので今後は耕した作物を年貢として納めることになります」
「馬や宋銭が手に入ることは今後ないということか――まあいいだろう、これからも竹崎の開発に努めるのだ」
そう言ってそれ以上の追及は無かった。
五郎は馬にまたがり、すぐさま竹崎郷まで帰る。
「ムツ! お主のおかげで馬を持つことを咎められなかったぞ!」
「それはよかったのじゃ」と力なく答える。
「む? 何かあったのか?」
「それがのぅ、商人の伝手から鎧兜一式を探したのじゃが、やはり<帝国>との戦いに備えて御家人たちが独占していてのぅ」
「やはり難しいか……」
甲冑には大鎧と呼ばれる全身を完全に防護する鎧と、腹巻と呼ばれる歩兵が付ける胴回りを守る鎧がある。
重騎兵は重い大鎧を装備し、歩兵は軽い腹巻を装備しているということだ。
五郎は戦場で活躍して尚且つ、生き残るためにも大鎧を欲していた。
「どうしたものか……」
それから数日がたつが一向に打開策が見つからないでいた。
二人が悩んでいると戸が開き外から人が来た。
「五郎、元気にしてますか?」
「あ、姉上!! なぜここに!?」
「お前が戦に参加して所領を得たいというのは知っています。だからあの人に頼んでおきました」
「あの人……頼む……まさか!」
「久しいな五郎!」
後から入ってきたのは三井「三郎」資長。
五郎の姉、三井フミの夫である男だ。
「これは義兄上、戻られたのですね」
「うむ、お主のために長門国から持って来た、受け取れ」
そう言って三郎の郎従が運んできたのは大鎧である。
萌黄糸織の大鎧で、兜と鎧が緑色で統一されている。
鎧直垂は群青色だ。
「こ、これは大鎧ではないですか!」
「フミにせがまれての、それに御房殿の下で腐るよりお主は戦場で活躍して所領を得たほうがよい」
「まことに、ありがとうございます」
五郎は二人に深く感謝した。
これで準備はできた。
あとは鍛錬を積むのみ。
「そうだ五郎。長門守護代季成さまがもし無足人として困窮しているのなら長門に来れば仕官を考えると言っておったぞ」
三井季成は五郎季長の烏帽子親にあたる。
烏帽子親というのは元服した際に烏帽子をつける立会人のようなものになる。
ただし名付け親のように非常に強い縁で結ばれるので、ほぼ親子のような間柄になる。
「三井季成様が! ――ありがたい話ですが、拙者はここで腐るより一旗揚げとうございます」
「ふはははは、やはりそうでなくてはな! それなら<帝国>が来る日まで鍛錬を積まねばならんな。よしワシも付き合うぞ」
「た、大変だ~~!!」
籐源太が馬を走らせてやってきた。
「どうした? 何事だ籐源太」と三郎が言う。
「あ! 三郎殿、帰ってきてくれたんですね! 菊池家の皆さんは人使いが荒くて荒くて……」
三井資長と籐源太資光も烏帽子親と子の関係である。
この義親子の関係は烏帽子親の名前を一字、子に与えるので案外わかりやすい。
「ってそれどころじゃなかった。て、て……<帝国>が対馬に来たと知らせが来たんです!」
「なんだと! ついに来たか!!」と五郎が言う。
「こうしてはおれぬ、急いで支度を始めるぞ」と三郎がいう。
三人は馬を走らせて、まずは菊池家の屋敷へと向かう。
「まったく、妾を置いて勝手に行きおったのじゃ」
「ふふ、男とはそういう生き物ですよ」
ムツとフミはこれが今日初めて顔を合わせたが、この日から意気投合する。
そして置いてかれた郎従数名をこき使い戦支度をはじめるのだった。
――――――――――
やっと戦争が始まる……_(:3 」∠)_
前作は内容濃すぎたので、ちょっとのんびり気味ですね。
ここからやっと史実に近い文永の役の予定です。
ただ地形とかがわかりにくいので俯瞰図を多めに用意する予定です。
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