竹売りの五郎
「それでまずは何をすればいい?」
五郎でも目の前の商人が大金持ちで、すぐに武具一式をそろえられるとは思っていない。
「そう慌てなさんな。まずは銭を稼ぐのじゃ。そのためにもアレを何とかするのがよいのう」
そう言って竹林を指さす。
「竹崎の開発か……拙者一人では骨が折れるな」
「いやいや、それでは次の戦に間に合わんのじゃ。そう言うことは誰かにやれせればよいのじゃ」
「む、そんな都合よく働き手はいないと思うぞ」
「心配いらん、近くの漁村になら若者の手が空いているだろう。漁村は半農半漁がほとんどなので海の荒れるこの時期は手の空いている者がいるのじゃ」
「そんなに人手が余ってるのか?」
「飢饉と言っても十数年前じゃろ、この辺も最近は子が増えてきておるからのぅ」
武士は鍛錬に明け暮れて武芸を身に付ける。
だから実際の農村や漁村の暮らしぶりはあまり知らない。
そうか、父上が苦心した村々の立て直しは成果が出ているのだな。 そう思った。
「この者たちに竹林の伐採をさせるのじゃ。さらに区画をあらかじめ決めておいて、その範囲内を伐採した者には土地を耕す権利を与えるのじゃ」
「む、それでは年貢が取れんだろう」
「うむ、そこでじゃ、水田二毛作という方法で米がとれない時期に麦を収穫するのじゃよ」
「なるほど、それなら仕事をしてくれそうだな」
「ではさっそく働き手を探すのじゃ。お主にも頑張ってもらうからのぅ」
そう言って不器用に口元をゆがませる。
五郎は無表情な方が凛として美人なのにと残念に思った。
五郎たちは叔父の御房に許可をもらう。
案外、二つ返事で許可が下りた。
そして、さっそく領内の漁村へと向かい、その村長に竹崎郷開発の提案をした。
村長は最初は渋っていたが、後から顔を出した五郎を見て思い直した。
その鍛えられた肉体と腰に下げた刀、そして鋭い眼光。
間違いない菊池家の武士だ。
逆らったらどうなることか……。
村長は二つ返事で了承した。
五郎は思う、「解せぬ」と。
その後はとんとん拍子で事が進み、竹林伐採となった。
「かっ!!」
五郎は鍛錬のついでと竹を一刀両断する。
「おおっ! さすが五郎の兄貴だ!!」「竹斬りの五郎さんだ!」といって驚く漁民たち。
五郎はそれがおべっかだと理解している。
「それよりも手足を動かせ」
そう言われて「はっはい!」と返事をして決められた区画の伐採を始める農民たち。
五郎が武芸をみがいているのは仕える将軍のため、できれば流鏑馬などを君に披露したい。
そう思っている。
しかし実際はその武芸を交渉と農地開発に使っている。
「これが己の武芸が行き着いた場所か」
五郎は自分の父が存命だった頃を思い出す。
決して豊かではないが物心が付いた時から馬と弓の鍛錬。
それが一変したのが元服の後に起きた飢饉だ。
それまでがウソのような天変地異に大不作、京の都では食人鬼すら現れたという。
とにもかくにもそこから立て直すために父と叔父上は苦労した。
そのような状況でも武士たるもの武芸に励めと、父は弓馬の鍛錬を続けさせてくれた。
それが今では竹斬りの五郎である。
「はぁ~~」と深くため息をついて、ムツの所に行く。
「なんじゃ。なんとも辛気くさいのぅ」
いっそ不満を言ってしまおうかと思ったが、自分のために知恵を出してくれている相手に言うのは武士らしくないと思い直した。
「いや、何でもない。それよりそれなりに竹が集まったぞ。次はどうする」
「うむ、ここから浜辺を練り歩きながら南に向かうのじゃ。そして途中の漁村で竹を他の物と交換しながら栄えている港町で一気に稼いで弓を手に入れるのじゃ。その後は川を上って行って阿蘇で馬を買う」
「――!? それではもう弓馬がでに入るのか!」
そうすればまた鍛錬ができる。
そう思うと少し気分がよくなった。
「甲冑は当分無理じゃがの」
「甲冑に関してはしかたがないな」
五郎は甲冑は古い骨董品か貸出甲冑を戦までに手に入ればいいと思った。
二人は若い衆とともに近隣の漁村に竹材を売り、代わりに村々で特産品や銭を稼ぎながら港町へと行く。
途中で竹は真珠に、真珠は砂金や水銀に変わっていった。
それを見た五郎は今昔物語のわらしべ長者を思い出した。
これが商人の生き方か、そう思った。
竹が軽い荷物になった段階で若い衆たちには竹崎の開発に戻ってもらう。
そして二人だけで港町に着いた。
ムツが手持ちをすべて宋銭に変えた時にそれは起こった。
「ふふん。今まで足元を見られていたが五郎のおかげで大量に稼がせてもらったのじゃ。武士さまさまじゃの~」と上機嫌のムツ。
五郎は最初の顔見せ以外は威圧的だからと少し離れた所で待っていた。
「おいおい、そこの嬢ちゃん。懐が潤ってるみたいだな? ちょっと俺たちにも恵んでくれないか」
「へっへっへ」「ひっひひ」
ガラの悪い三人組がムツに突っかかってきた。
「なんじゃお主ら、妾になにかようかのぅ?」
「いやなに、ちょっとそこの裏通りまで来てもらおうか」
三人組がニヤニヤとしながら人通りのない場所を指さす。
飢饉が起きると人が減るが、その後は持ち直すように一気に増えるのが常である。
そうなると自然と荒くれ者がでてくる。
五郎はすぐに近づいて首を刎ねようかと思ったが、ムツと目が合った。
港町に入る前に「問題を起こすな」、「絡まれたら人目の付かないところで声をかけろ」と言われたことを思い出す。
四人が裏通りに入ってから五郎も後を追う。
「悪いが銭は渡せないのじゃ」と言うムツ。
「ああん? おい、嬢ちゃん痛い目にあいたくなかったら調子に乗るんじゃねぞ」
「へっへっへ、痛いのより気持ちい事の方がいいぜぇ」「ひひっ」
「痛い目を見るのは妾ではなく、お主らじゃ。のうお前さん」
「そうだな、悪いがそいつは拙者の連れだ」
三人組の後ろに五郎が立っている。
「何が拙者だ。調子に……乗って…………ございません……」
三人の目の前には筋肉隆々の大男。
その目は人殺しが日常かのような鋭い眼光。
三人組は気づいた。
このお方は侍様だ。
農民が百人集まっても勝てない、あのお侍様だ。
もはや一瞬で血の気が引いて絶望的な顔になる三人。
その体格差は筋肉ゴリラと老け顔の児童といっていい。
まるで別の生物のような違いはどこから来るのか。
それは農民というのが二毛作によって米と麦を作る所から始まる。
米は全て武士に年貢として献上して、農民は麦を食する。
さらに仏教を信仰しているので肉は食べない。
そのような食生活で栄養失調になりやすいのが農民であり、体はやせ細っている。
対して武士は一日に米を五合食す。
さらに肉も食す。 そして一日の大部分を鍛錬と学問にあてる。
生まれた時から食が違い、さらに合戦のために鍛え続けた肉体。
もはや勝負にすらならない。
「あばあばば、……ピクピク」
”手下その壱”は立ったまま失神した。
「……ぶくぶく」
”手下その弐”は泡を吹いて倒れた。
荒くれ者は腰を抜かして尻餅をついた。
「すすす、すみませんですたーーーー!!」と腰を抜かしながら叫ぶ。
「え、いやちょっと」さすがの五郎も声をかけただけで腰を抜かすとは思わなかった。
「まさか武士様の奥方様とは知りませんでしたーー!!」
「違うのじゃ!」
「違う!」
怒鳴られて、あわあわする小男。
それを見てここが裏通りでよかったと本気で思う五郎だった。
そうなると最初に首を刎ねるのはよくない選択肢だと考えを改める。
「それよりお主ら、荒くれ者の真似事をするということは生活に困っておるのじゃろ?」
ニヤリと獲物を捕らえたヘビのようなムツ。
「へ?」
「なーに、申し訳ないと思うならそれ相応の労働をしてもらいたいだけじゃ」
「へ? へ?」
五郎も気付く。
「うむ、よろしくな」
「……へ?」
こうして馬を買えるほどの大量の宋銭や荷物運びを三人雇った。
なおこの三人組はそのまま竹崎郷の農民となる。
――――――――――
ちなみに甲冑は戦国時代ですら親子三代で借金を返済しながら受け継いでいく高価なもの、らしいです。
家を買うぐらいですかね?
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