第41話 自由

「何やってんですか!」

 矢多部は研究者に怒鳴った。

「すいません。やはり実戦にはあらゆるプログラムをインストールしていても……どうしても無理があるようです。この試合は人間との試合ですから、最高のプログラムをいくらインストールしても難しいようなのです」

「もっと、誠意を見せて頑張れ。これからだぞ」

 奈々川首相が脂肪を揺らした。

 矢多部は白い歯を見せて笑った。

「それじゃ、意味がないよ。君。意味がない」

 矢多部は下に広がるグランドを見つめると、

「確か野球は九人いないと成り立たないんだよね。この作戦は使いたくないけど。試合早々に勝ってしまうかな?」

「はあ」

 白衣の研究者を少し押しのけて、矢多部は端末を弄る。

 滑らかにカタカタと音が辺りに響く。


 遊撃手のノウハウがキャッチャーへと送球する。

 広瀬は二塁でセーフ……。

 津田沼は一塁。

「あっはー。次は俺だな。いやっはー!! ホームランで決めるぜ!!」

 次は島田だ。

 島田はバッターボックスに着くと、バットの先端をフェンスに向けた。

 ホームラン予告である。

 島田はノウハウのグローブの球をじっと見つめていた。

 ノウハウが投げた。

 だが、ノウハウのボールは内角高め過ぎて、島田の肩を直撃。

 グキッと、音が辺りに響いた。


「あ! デットボール! 180キロの……大丈夫ですかね?」

 元谷が不安な声を発した。

「うーむ。これは……」

 永田が苦痛に呻き倒れた島田を、机に両手を付いて見ていた。

「これは、矢多部の仕業ですね。とても悪質ですよ。野球は九人いないといけないというルールを破ったんです。あの島田という選手の肩……あれは骨折ですね……」

 永田の不安のこもった声に、元谷はすっと立ち上がり、

「あ、担架が来ましたね。試合はどうなるのでしょうか?」

 不安な声は震える声に変わった。

「次の打者は田場でしたね?田場にもデットボールを狙うのでしょうか?」

「うーむ。この試合……駄目かもしれません……」


「なにしやがんだー!」

 美人のアナウンサーがピンクのマイクを貴賓席へと投げつけた。

「ハッ、今は生放送中!……全国の良い子のみなさん、真似しないでね」

 可愛いらしいポーズをとっている美人のアナウンサーの隣で、藤元は何かを決心した顔で頷いた。

「僕が行かなきゃ……」


「タイム!!」

 審判員が試合の進行を少しだけ止めた。

「島田! 大丈夫か!?」

 私は担架でグランドから運ばれる島田の元へと走った。

 後ろから奈々川さんとAチーム。そして観客席から弥生が走って来る。

「イッテー! 矢多部の野郎! 俺の肩を……」

 担架に横になった島田は青い顔で肩に手を当てている。

 骨が折れているようだ。

「谷津くん……」

 弥生が島田の顔を覗く。 

 二人は同時に頷いた。

「藤元を呼ぼうぜ……」

「ああ」

 私は青い顔の島田の声に同意して、貴賓席の下にいるだろう藤元を大声で呼ぼうとしたら、すぐに藤元がグランドに走って来た。

「実は……」

 開口一番。藤元は憂鬱な表情で、俯いた。

「怪我は治せないんだ……。ごめん。死んだ人なら治せるんだけど、怪我だけはどうしても無理だった」

「ええええ!!」

 島田は青い顔から赤い顔になった。

「なんでー! それじゃあどうすんだよー!」

「俺たちで何とかしないといけないんだ! なんとかしなきゃ!」

 険しい表情を崩さずに、山下は大きな顎を持ち上げて大きい声を発した。

流谷と広瀬は緊迫した顔で頷いた。

「そうだ。俺もいる」

 田場さんは赤いモヒカンをいきりたたせ優しく言った。

淀川は下を俯いている。

 遠山は厳しい表情で小さな声で誰にともなく言った。

「誰か……立ってるだけでもいいので、居ませんか?」 

 それを聞いた藤元は勇ましい顔をして、

「うっす。変わりに僕が出る。野球はこれが初めてじゃないから」

 私は赤い顔から黄色い顔の島田を見送り、藤元に向き合った。

「野球は初めてじゃないって?」

「ああ、でも観戦だけなんだ」

「それでも、野球のルールを知っているんだね。ベンチのところへ行ってくれ。これから、命懸けの試合をしないといけないが……」

「ああ。僕に出来ることはなんでもする……」

 野球場の観客席からもブーイングが降り立つ中。

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