第29話

 首相官邸


 伝統を重んじる広大な日本家屋には所々、煙が立っていた。

 辺りに銃撃戦の発砲音が鳴り響く。それも一つや二つ、飛んで四つではない。連続する発砲音は数えることが馬鹿馬鹿しいほどだ。

「おらおらーー! 谷多部はどこだーーー!」

 新製品のサブマシンガンを乱射している島田だ。

 武装したノウハウが数十体も屋敷に警備をしていたのだ。

 マシンガンとハンドガンを持っていた。

 地面には警備員と背広の人の死体が何十人と横になっていた。私たちの乱入に血相変えて、床に沈んだ。

 私はベレッタでノウハウの頭部を狙い撃つ。

 一撃で青い火花が飛ぶ。

 私たちはみんなで固まって、周囲に発砲しながら長い廊下を歩いていた。

「夜っちゃん! 早いとこ晴美さんを見つけないと!」

 津田沼も歩きながらサブマシンガンで撃ちまくり、警告してきた。そう、弾丸の数には限りがあるのだ。

 田場さんはフルオート式ライフルを装備し、警備員とノウハウを狙い撃ち、

「夜鶴くん! 早く!」

 ノウハウは無言で撃ってくる。


 せせこましい廊下を四人で歩きながら、銃撃戦をしていると、突き当りに出くわす。

「どうやらここらしい……」

 日本家屋には似合わない造り、西洋式の部屋にネームプレートがあった。晴美だ。

「奈々川さん。俺だ。開けるよ」

 私は眩暈がしている頭でドアを開ける。 

 中は、白で統一されていた。

 端にはベビーカー、それと、白いシングルベット。白い机とイス。教科書と漫画がたくさんある棚。

4LDKくらいの大きさで冷蔵庫とトイレがあるが、キッチンがない部屋だ。

「夜鶴さん。ここは私の産まれたところです……」

 部屋の奥には奈々川さんが机に俯ぶせし、弱い口調で話した。目には涙を湛えていた。

「ここは?」

 私はこの部屋で、特別気になったことがある。

 一つは年季の入ったベビーカー。小さい赤ちゃんが使った形跡がある。

 冷蔵庫には黒のマジックペンで、幾つかの横の線がある。それは子供の身長から大人の身長くらいのところだ。

「君は外へ出たり、誰かと一緒に遊んだりした時がないんだね?」

「ええ、父はとても忙しくて。回りには堅い仕事をしている人たちしかいなかった……」

「悲しい過去だね……」

 静かになった首相官邸の中、私たちは奈々川さんと歩く。

「ええ……。でも、それはもういいの。昔のことだし…………。私は気にしていません。それより、こんなに……人を殺して…………」

 首相は選挙で選ばれ続ければ、何代でも存在できる。

 奈々川さんは、悲しみの涙を流し続ける。

「君に教育していた人は家庭教師だね? その人くらいしか人と出会わなかった?」

「いいえ。屋敷の人たちとは会えました。夜鶴さんって、賢い人ですね。私に起こったことを尽く知ってしまう」

 奈々川さんが涙の見せる顔を私に向ける。

 島田たちは警戒しながら、少し先を歩いていた。


「ああ、何となくそんな気がしたんだ……。君の生い立ちを少し話してくれないか?」

「ええ……」

 奈々川さんが少しだけ、涙を拭いて、

「私は、物心ついた時には、もう母はいませんでした。それからは、父はとても忙しくて私の面倒をまったく見てくれなかった……。私の少女時代は友達もいませんでした。相手は屋敷の人と政治などを教える家庭教師だけです。それと……後はボディガードだけでした。家庭教師は能面を被っているような人で、暖かい心は持っていません。食事はその家庭教師が毎日だいたい同じメニューを作っていました。外へ出る時にはボディガードがいないと出られません。屋敷の人たちも……あまり話せなくて……。唯一の自由は漫画の世界だけでした。物心つくと、忙しい父に無理を言っては漫画家を家に招いて、話していました……」

「……」

 やっぱり、奈々川さんは悲しい過去を持って、生きてきたんだ。私はこの時に自由の重みがどれくらいなのかを知った。それは、到底一人では持ち切れない。きっと、大勢の悲鳴が必要だ。私は島田から借りたグロックを握りしめた。

「そういえば、谷多部と首相は?」

「いえ、知りません……」

 私たちは、長い廊下を出て広い玄関へと着いた。

 少し先に行っている島田たちは、もう外へと出ている。

「奈々川さん。君は矢多部との結婚を承諾したのかな?」

「いいえ。父と矢多部さんが勝手に式を挙げることにしたようです。そんなにも私が必要なのですね。私は最後まで抵抗するつもりでした……何故なら、あなたのことが……」


 奈々川さんは、顔が赤味がかって少し俯いた。

 雨の降る外へと出ると、相変わらず気分の悪い体調で辺りを見る。谷多部と数十体の武装したノウハウが玄関を取り囲んでいた。


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