第19話

「あはは……な! 大丈夫だろ!」

 奈々川さんに涙と笑顔が浮かんだ。

「私。藤元さんが帰ってきたらお礼を言います」

 奈々川さんが涙を拭いて明るく言った。

「ああ。でも……入団はしないでね」

「はい!」


 …………


 夕方になるとスケッシーが吠えた。散歩の時間だ。床から起き上がると、

「お早うございます。夜鶴さん。スケッシーの散歩をしましょう」

「ああ」

 外へと首輪と手綱をつけたスケッシーを連れて奈々川さんと歩く。

「今日に藤元さんにお礼できますかね?」

 奈々川さんが微笑んだ。

「ああ。多分くるんじゃないかな」

 2回近所をぐるぐる、奈々川さんの家のところで待っていると、藤元が自転車で帰って来た。

「あ、藤元さん。ありがとうございました」

 奈々川さんが、自転車を事務所兼マイホームに停めている藤元へと言った。

「へ……。僕、何かしたっけ?」

「B区の工場での殺人事件で人を生き返らしてくれたからさ。俺からもありがとう」

 藤元は頭を掻いて、

「そんなに凄いことはしてないよ。ただ……今なら入団したら抽選で……」

「いや、入団はしたくはないんだ。今はね。ただお礼を言いたかっただけ」

「私もです」


 藤元が泣いた。だが、こちらに向くと、

「名前なんて言うの? ていうか、何で工場の人たちを生き返らしたら僕にお礼をするんだ?」

 涙を片手で拭いながら藤元が不思議がった。まだ、気が付いていないのだろう。犯人が私と島田なのを……。

「いや……いいことだなーって」

「ああ。僕はこの云話事町の治安の悪さを改めたいのさ。そういう宗教活動もしているんだよ。だって、銃を携帯していない人って、今の時代少ないでしょ?そんな世界だから、僕の力は必要だと思う。でも、僕の宗教に入ったらそれを強制するわけじゃない。あくまでも僕の個人的な宗教活動さ」

 奈々川さんが感心して、

「私は奈々川 晴美です……。素晴らしいです。きっと、入団者はいっぱい集まるかと思います」

 私も感心した。こいつはこいつで、この世の中を考えて自分の生き方を実行しているんだ。今の私は奈々川さんと二人で生き方を考えながら模索している。最初の段階だ。でも、生き方は見つかるのだろうか?

「俺は夜鶴 公。何でそんな凄い力があるんだ?」

 藤元がいきなり背筋を伸ばし、

「生まれつきなんだ。小さい頃から馬鹿にされているけど……こんな僕でもきっと偉くなれると信じているんだ。君たちは……あれ?奈々川さん?」


 私と奈々川さんが凍りついた。

「いや……よくある名前だろ?」

 藤元が下を向いて、

「奈々川……奈々川 晴美……? 総理大臣の家出した娘って、どんな名だっけ? 聞いた時あったなー? 確か番組の放送の時に?」

「人違いですよ。藤元さん。それより今日の空は星空になりますか?」

 奈々川さんがにっこりと話す。

「え……。ああ。多分ね。じゃ、おやすみ……」

 私と奈々川さんがスケッシーの散歩を再開する。

 しばらく、歩いて藤元の家から遠い場所へと着くと、

「ふー……。危なかったですね」

「ああ。冷や汗ものだね」

 私は尻尾を振っているスケッシーを見つめながら考えた。私も奈々川さんもこのままじゃいけない……何とかしないと……。私はそう思った。

「奈々川さん……。俺と結婚してくれないか?」


 その日、奈々川さんが少し塞ぎ込んでしまった。

「あ、こういう状況だから……勇気がいるのは……違うかな?俺のことが、好きだといいけど…………今でも……取り合いずは前進してみるのは?どうかな?」

 私はこれ以上ないほど、考えを入れた言葉を発した。

「私は夜鶴さんのこと…………好きです。……けど…………」

 奈々川さんは下を俯いて最後の言葉は尻つぼみになる。しかし、それでも何よりの答えだった。

「こんな世界だし?やっぱり勇気がいるのは解るけど・・・進まないといけないこともある。このままでも、危険なのだし、それならば取り合えず進んでみたい」

 奈々川さんが急にパッと顔を上げ、

「今日もラーメンを食べましょ!栄養を取らないと」

「……ああ」


 私たちは通勤時間ギリギリまで、ラーメンショップでラーメンを食べることにした。私はこの行動に意味があるのか、それとも意味のないことなのかと考える……。

 奈々川さんがラーメンショップで、黙々とチャーシューメンを食べると、私たちは外へと出た。

 奈々川さんが顔を上げ、

「残念です。百杯目のラーメンじゃなかった……」

 奈々川さんが涙を少し見せる顔を向け、

「今日もお仕事頑張ってください」

「ああ……」


「ひゅー! ひゅー! プロポーズをしたってー!」

 島田が珍しい牛肉を、素早く可愛らしいポーズでシューターへと入れて叫んだ。

「ああ。でも、まだ奈々川さんの返事を聞いていない……」

「いや、凄いぞ!」


 田場さんだ。

 B区の奴らがざわめく。


 私たちは仕事中でも弾丸をめい一杯詰め込んだ銃を所持していた。

「いよいよだな。俺は戦うぜ」

 島田が私のためにガッツポーズをしている間に、珍しい豚肉はベルトコンベアーの彼方に行った。

「ああ。俺も戦う。B区の奴らには邪魔させん」

 田場さんも赤いモヒカンをいきり立たせ、ガッツポーズをした。

 私にはこんなにも心強い味方がいた。

 津田沼も遥か遠くでガッツポーズをしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る