第7話

 二つの大きいゴミ袋を両手で持ち、階下へと行く。

 アパートの外へと出ると、丁度コンビニから、

「今日もありがとうございました。また来てくださいね」

店員の元気な声を後ろから受けた奇麗な女性が今出るところだった。

 仕事から帰って来たばかりの眠気が突然なくなり、鮮明に見える。


 私はすっかりゴミのことを忘れ、その女性の方へとスタスタと歩いていき挨拶をしていた。

「こんにちわ」

 爽快な声が自然と出ていた。

「こんにちわ。大変そうですね」

 澄んだ声の主はサラサラの髪。綺麗な顔立ち。黒の長髪で、目元にホクロが付いていた。向日葵のプリントが付いている白の半袖のピンクのジーンズ。

「え?」

「そのゴミですよ」

「え? ああ、そうですね」

 私は今頃ゴミを持っていることを思い出した。


 彼女はコンビニ弁当を片手に持っていた。

「ひょっとして、B区の方?」

 女性は一瞬、不安気な声を発した。

「この近くに住んでいるんですよ」

 世間知らずのような言葉も気にせず。私は自分の顔が火照ることが新鮮だった。ますます女性の顔が鮮明に見えていた。

「ええ……そうなんですか。私もです」

 その女性は安堵の息を吐いたようにも見えた。

「夜鶴 公といいます」

「奈々川 晴美といいます。隣近所なんですね」

「ええ、そうですね」

 この二年間で私は火曜日にゴミを捨てる時は、いつもは9時頃だった。


 今日だけ8時にゴミを捨てたのだ。

 そして、出会った。


「では……」


 その美しい女性は長い髪を揺らして、帰って行った。

 私はしばらくボーっと立っていたが、ハッとした時には女性の顔を二度と忘れられなくなっていた。

 ゲーセンにまどろむ頭で入ると、片隅にあるいつもやるガンシューティングゲームをした。スコアは上がったが、頭ではいつまでも……あの女性のことを考えていた。胸が苦しくもあり、頭は霞がかってもあり……。何故か苦しいが気持ちが良かった。


「おい、夜鶴!」

 その次の日の夜勤では、島田が私の顔を見ては茶化していた。

「お前。今恋しているだろう? 俺には解るんだよ! 誰だか教えてくれー!」

 島田が好奇心旺盛な顔を向ける。

自分でも何が起きたのか解らない。

「あ、そうじゃないとは思うんだがな?」

 見当違いな言葉を漏らした。

「そんなはずは……絶っ対にない!! 俺には解るんだ。俺が弥生と出会った時もそうだったんだぜ!」

 島田が肉を手早くシューターに入れながら話す。その目は真剣のようで、どこか面白がっていた。


「こらー! そこ無駄口たたくなー! で、誰なんだ?」

 田場さんがこちらに駆けてきた。

「あ、そうじゃないと思います」

「俺も昔はそんな頭と顔を毎日していた時もあったなー。で、誰なんだ?」

 田場さんは35年も生きているのだ。

「はあ……そうなんですか?」

 私はどうしたのだろう。あの日から頭と顔がまるで別人のようだ。心はあの人のことを考え、あの人の鮮明な顔が離れることはない。心を占めているのは、あの時のままの彼女だ……。

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