ご近所物語 ハイブラウ・シティ
主道 学
第1話 プロローグ
超高層ビルのオフィスから高速エレベーターで降りた。
エントランスで彼女の髪飾りに気付き手を振った。
停車してある車窓から彼女はにっこりと笑って、シボレーから降りて来た。資料片手にこちらに手を振る。道路を走るスポーツカーの群はまるで何かのレースのようだ。
「おはよう」
「おはよう。その手の資料は何?」
彼女は小さく微笑んで、「ちょっとね」と言い。私をこのビルの真向かいのコーヒーショップへと誘う。
丁度、横断歩道があるので、信号が青になったらまっすぐに店へと行ける。
私は何度か彼女に誘われていた。
「コーヒー飲みながら話しましょ」
彼女と私の関係はどっちかというと、友達だった。彼女にはボーイフレンドが五本の指では足らないほどいるのだ。その中の私はただ単に話やすい人であった。
「昨日は御免なさいね。私おっちょこちょいで……」
「いや……いいさ。でも、そのせいで俺が上司に怒られるだけさ」
私はそう言うと、ロレックスで時間を見てみる。午前の10時だ。
彼女の仕事でのちょっとしたミスを、私がもみ消すのはこれが初めてではない。
店内に入ると、彼女が席に着いてから口を開く。
「あの、それで話したいことがあるの。ねえ、聞いてくれるでしょ」
コーヒーショップは人が疎らである。コーヒーの香りだけでもゆったりとできる空間に、彼女の醸し出す雰囲気は微妙にそぐわなくなってきた。
「また。もみ消して……今度のはちょっと大きいけど」
歯切れの悪い言い方で彼女の口から音が漏れる。
けれども、私はまたかとは思わない。
しょうがないなと思う。
私は素材のいい背広のポケットから手を引張り出し、両手を揉んだ。
「解った。いったい……どんなことをしたんだ?」
――――
ここはB区という場所。西暦2058年の日本だ。2042年頃から少子超高齢化が急速に進み、今では65歳以上の人が、8千万の総人口の58パーセントまで達し。日本国内の総人口のうち二人に一人は老人ということになった。国債も信じられないほど膨らんで2300兆円となった。経済力で各国とせめぎ合うことが困難になった時代。
2038年に現首相は日本の発展という希望のため日本の中央へ全国民を収集した。
A区。B区。アルファベットで地名を表すようになってから、日本全土の区画整理でもう20年余りが経つ。アルファベットの地区は一つでも人口が約3千万人以上の巨大な地区だ。現首相は日本の急激な発展が責務となり、B区には日本の国の経済を左右するほど巨大な都市を造り、B区より広大なA区には、B区の周辺部には商店街や中小企業など、農村部には農業や漁などといったB区をサポートするかのような造りにした。
けれども、そのためか貧富の差からくる不満や差別が横行し、2038年に世界で大きな戦争が起きた後に、銃を持つ程の治安の悪い世界となった。
A区やB区とアルフャベットの地区をまとめて云話事町と呼ぶ人もいる。AやBというよりは、云話事町の方が解りやすくていいのだが……地区なのだが、何故町なのかというと。
理由を知っている人はいないだろう。理由はA区やB区を提唱した現首相の出生地が云話事町という場所だったからだ。
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