あなたと私 76日目➁
『恋は人を盲目にする』なんて言葉を、昔授業で聞いたことがある。
その時はただ知識として聞いていたぐらいで、そんなことが起きるかなんてことは考えたことすらなかった。
しかし、今になってその意味が少し分かるような気がして、離れたくないからという理由だけで告白を受けたその日に恋人の部屋に上がり込んでしまうぐらいには身も心も彼女でいっぱいになっている。
そんな我儘も三咲は受け入れてくれるから、彼女の優しさに陥ってしまいどんどん欲深くなってしまう自分がいた。
「お風呂、先にいただいたよ」
脱衣所から出てすぐの台所にいる彼女に声をかけると、小さく振り返って短い相槌が聞こえていた。
あれから並んで帰り道についてはいたが、緊張とはまた違った硬直した空気になったせいで話かけづらくなり、けれど繋いだ手が離れるということもなく、なんとも不思議な時間が続いていた。
そして、夕食を終えた後に今日は遅いから泊まっていくことを提案され、そのまま三咲の服や下着を借りて今に至っている。
以前泊まりに来た時は意識もしていなかったのに、今こうして三咲の部屋にいることを改めて認識すると火照るような暑さが全身を包み、胸の奥から聞こえてくる心臓の音がうるさいぐらいに高鳴りを響かせていた。
次第にその熱は感覚を歪ませ、時間の感覚すらも薄れさせる。
今あるのは、私は敷かれた布団の上でぼんやりと座っているというだけだった。
「…………そろそろ、寝る?」
何処かへ行きそうになっていた私の意識が、三咲の一言で急に引き戻される。
顔を向けた先にいた彼女に表情の固さはなく、でも緊張は隠しきれていないのかいつもの笑顔より顔が引きつっているようだった。
「というか、そっち使いなよ」
そう言いながら指を指す先を追いかけると、彼女がいつも使っているベッドが置かれている。
その気遣いで少し部屋の状況が見えてきて、私のいる位置と三咲の姿がはっきりとしていた。
「急にお邪魔してるんだから、私はこっちでいいよ」
「でもそっちじゃ床に近いから、身体痛めるよ」
その厚意はすごく嬉しいけれど、流石にこれ以上の贅沢は言えないのでそのまま三咲に譲るのだが、彼女も私のことを思ってくれているせいで意見が平行線を辿っていく。
三咲にベッドで寝てほしくてしばらく静かに制していたのだけれども、どちらとも意見を変える様子はなく無為な沈黙が秋の夜更けに広がっていた。
このままでは話が前に進まず、お互いに安心して眠ることすらできそうにない。
——そこに、私の頭の中に一つの案が浮かぶ。
今だからこそ言えるその考えを、そのまま真っ直ぐに彼女に投げかけてみる。
「それなら、一緒に寝る?」
話していることの意味を捉えたようで、私の提案に三咲は耳まで真っ赤にして口籠もっている。
その反応が少し可愛くて、無意識のうちに身体が疼きはじめていた。
数秒の間の後に返ってきたのは、頬を染めた顔を縦に振っていて、それを合図にしたかのようにベッドに身体を進めていく。
先に電気が消えてから続いて三咲も入り、横たわる顔を上げればすぐ近くにまで彼女が迫っていた。
「……やっぱり、狭いね」
向かい合ってすぐに来た率直な感想に、思わず小さく笑い声をあげる。
「一人用のベッドだもの。仕方ないよ」
自分から言い出したのに、またも予想していなかった展開に三咲も笑みが溢れている。
距離やかかっているタオルケットの薄さもあってか、相手の反応が自分の肌身に直に伝わってきて、少し動いただけでも胸の奥にまで響いてくる。
やがて、無意識のうちに三咲と視線が重なり合う。
その瞳に、艶やかな唇に、吸い寄せられるように身体を近づけていく。
その後は、どちらが先かなんてことは分からない。
ただ衝動的に、本能的に、静かに閉じた瞳の先で私たちの唇は重なり合っていた。
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