金魚と灯籠 59日目

「ありがとうございました」


 午後から訪問予定だった個人経営の喫茶店で、店主さんに保険の説明を終えてお互いに会釈をしてから、お店を後にする。

 あとは会社に戻って資料を作るだけで、今日の仕事は終わりそうだった。

 大きなノルマがあるわけではないけれど、ここのところ調子が悪かったのもあって仕事が順調に進んでくれるのは素直に嬉しくて、それが今のやる気にも繋がってくれていた。

 それは行動にも反映されているみたいで、時計を見ると予定していた帰社時刻より三十分も早く済んでいる。

 会社に戻るには少し時間があるので、喫茶店のあるショッピングモールの中を歩きながら並ぶ店内を散策してみることにした。

 しかし、書かれているのは『秋を先取りグッズ』や『オータムセール開催』などの広告がほとんどで、外は暑いのに中は夏のことなんてもう忘れているみたいで、諸事情もあったとはいえ知らない間に置いていかれていたことに少し寂しさまで覚えてしまっていた。



 流石にもう遅いかな。



 暦でいうと今は八月の後半で、夏と呼べるのもあと二週間ぐらいしかないので売り手側としてはこうしてさっさと切り替えないといけないのは理解出来ないわけではない。

 それでも、もう少し名残惜しさがあっても良いじゃないかと思ったりもしていて、せめて風鈴とかないかなと期待してみるけれど、やはりその姿はもうどこにもありそうにはなかった。

 早すぎる季節の移ろいを憂いながらも、これ以上は探しても仕方のないことだと割り切り会社へ戻ろうと踵を返す。



 その途中で見えた柱には、周りが赤やオレンジを使ったポスターの中で唯一紺や青の寒色で彩られていた。



 この中では少し風変わりに映ったそれに興味を引かれて、通路を行き来する人を潜り抜けてその前に立つ。

 

 ポスターには、大きく『灯籠流し』と書かれていた。


 内容によると、私たちが生まれる前に起きた大きな災害がちょうどこの時期で、その鎮魂も込めて毎年開催されているらしい。

 ここに住んでもう数年は経つけれど、未だ知らないことの方が多くこういった行事があることも今初めて知ることになった。



 そのポスターを目にして、実際の光景を思い描いてみる。

 きっと、川には綺麗な灯籠が幾つも流されていて、静かな雰囲気に風流があって穏やかな光が夏の最後を照らすには十分な絵になっていた。



「これ……良いかもしれない」


 ぽそっと自分の口からそんな言葉が出るほどに、興味をそそられた私はさっそくスマホで写真を撮って忘れないようにしておく。



 そういえば、水族館の時も同じことやったっけ。



 二か月近く前の出来事に、さほど月日が経っているわけではないのにもう何年も前のことのように思えてしまい、今回も似たような見つけ方にふふっと笑みがこぼれる。



そして、今回のイベントも水族館の時と同じ人を誘っていくことを既に決めていた。

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