姉と妹 44日目
メッセージが届いた時には、一瞬目を疑った。
しかし、差出人に間違いはなかった。
一体どういうことなのかと訊ねると、落雷でブレーカーが故障してしまい直るまでの間住む場所のあてがないからお願いできないか、ということだった。
食費や電気代はちゃんと出すとか言っていたが、正直私の問題はそこではなかった。
鈴音が、部屋にやって来る……?
全く予想していなかった展開に、これは神様の悪戯なんじゃないかとすら思えてしまう。
部屋には生活に必要な最低限の物しか置いていないから見られて困るものはなく、持て余しているスペースもあるのでそこを整理すれば泊めてあげることはできなくはなかった。
そのことを確認して、改めて自分の部屋を見回してみる。
この部屋に、鈴音が——。
いつかの日にみた夢の光景が、次々と脳裏をよぎっていく。
あの時みたいに、何の違和感もなく私の生活空間の中に彼女が座る日が来てしまうのだろうか。
何の迷いもなく隣で眠っていて、あの小さな姿で『おはよう』と言ってくれて。
それから一緒に食事したり同じ道を辿って出勤をしたりして、日が落ちれば二人で長い夜の時間を過ごして……。
そこまで考えて、またあらぬ方向に進み始めている頭を大きく振って邪念を払い落とす。
友達の緊急事態に考えることじゃないと自身に喝を入れるが、受け入れたとなるとあの夢の光景を嫌でも思い出しそうで悶々としてしまう。
こんなだらしない状態で鈴音と過ごしていけるのか、受け入れる側の方が頭を悩ませていた。
* * *
フライパンの上で踊る二つの目玉焼きをぼーっと眺めながら、焼き上がるのを待つ。
夜中の騒動の疲れが出ているのもあるが、数日の間だが大きく変わる生活環境にちゃんとなじめるのか、その不安の方が大きく私の睡眠を妨害してしまうほどだった。
「……おはよう、三咲」
少し重い瞼を擦りながら朝食の準備をしていると、以前まで使い道に困っていた部屋から小さく挨拶が聞こえくる。
中からは、パジャマ姿の鈴音がおずおずと顔を覗かせていた。
「……おはよう、鈴音。朝ごはんもう少しで出来るからちょっと待ってて」
「本当にごめんね、急に来て」
「気にしなくて大丈夫だよ」
姿をみせる鈴音を一瞥してから、火の元に目を向けながら鈴音に答えていく。
朝から少し乾いた空気とコンロの熱も相まって、背中にはじんわりと汗をかいていた。
あのメッセージの後、鈴音との生活ばかりに気をとられて返事が遅くなってしまったが、彼女の緊急事態に私は快く部屋の一角を貸してあげることにした。
それから彼女の所に迎えに行っている間に雨は止み、準備を終えていた鈴音と一緒に帰ってきたのが日付の変わる直前だったので、お風呂だけ用意してあげて二人ともそのまま眠りについてしまっていた。
「じゃ、じゃあ先に洗面台借りるね」
部屋の扉を盾に様子を窺っていた鈴音だが、沈黙に耐え切れなくなったのか洗面所へと入っていく。その声に小さく相槌を打ってからまだ緊張を訴える心臓の音が早く大きく高鳴っていた。
突如として始まった二人の生活にまだ慣れないせいで、お互いに初めての環境にぎこちなさしかなく、自分の部屋なのに早くもいたたまれない空気が流れている。
ちなみにだが、肝心のブレーカーは年式が古いのもあって修理には今週いっぱいかかるみたいで、いつ始まるとかの連絡は全て彼女の大家さんから伝えてくれる手筈なので、この生活が何日続くのかはまだ具体的なことはまだ分からずにいた。
朝食の準備を進めながら、この状況に対して何とも言えない息が零れる。
当然だが、鈴音を招き入れたことに邪な考えはなく、純粋に助けたい気持ちだけしかない。
そのはずなのに、特別な感情を抱えているせいで偶に変なことを考えてしまう時がある。
これが人を好きなることで起きるものなら、恋愛というものがどんな時も干渉してくるのが少し厄介に思えてしまっていた。
こんな気持ちでこれから数日間生活していけるのか。
それに対してきちんと答えられる自信なんて、今の私にあるわけがなかった。
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