点と線 11日目
平日の晩に悪酔いしてしまい、朝起きてすぐに頭痛に悩まされる。その痛みを薬で抑えながら今日も電車に揺られて出勤していると、その途中で森野さんと合流した。
「おはようございます」
「おはよう」
相変わらず朝からニコニコしていて、遠くからでもその挨拶が聞こえてくるほどに溌溂としていた。
隣に来た彼女は昨日のメッセージを気にする様子はなく、さっきまで太陽からの照り返しで受けた熱を冷ますように手でパタパタと仰いでいる。それと同時に、発車の合図の笛を車掌が力強く響かせていた。
あれから一通り悩んだり落ち込んだりをしてある程度気持ち整理をしていたのだが、やっぱり些細な事でも隠すのは良くない。
それが大きな溝を作ってしまう前に、正直に伝えてしまおう。
その想いを胸に秘めて、話題を切りだすためのタイミングを探し始める。私のすぐ傍では、短く束ねた髪が電車に揺れる度に小さく跳ねてを繰り返していた。
「そういえば、昨日って忙しかったんですか?」
人の波の押し引きが一旦落ち着いたところで、森野さんからそう訊ねてくる。
「答えにくかったら言わなくて全然構わないですけど、昨日朝に別れてから全然連絡が取れなかったからお仕事大変だったのかなぁって思って……」
昨日のことをおそるおそる聞いてくる彼女に、伝えようとしたことが喉の奥にまで引っ込んでしまう。
ちなみにだが、昨日は何のトラブルもなく定時退社をして、そのまま外で適当に時間を潰してからあのバーに向かったので、仕事では何の問題も起きてはいなかった。
間接的にトークアプリのことを聞かれているが、それ以上にいきなり返信がなかったことが彼女を心配させてしまったようで、やや浮かない顔をしている。
その表情がじわじわと私の胸を刺してきて、次第に返す言葉を失わせてしまっていた。
「昨日は、途中で電源切れちゃっただけだから、気にしなくていいよ。あと、最近はちょっと本を読んでる暇がなかったけど、小説とか読んだりはするかな」
違う、そうじゃない。私はおバカか。
彼女を落ち着かせようとした結果、余計に嘘を塗ることになってしまい急いで違う回答を模索する。
「そうだったんですね」
そこに、森野さんの何の疑いのない笑顔が後光みたいに差し込んでいた。
心配してくれているのは嬉しいけど、でも言いたことはそうじゃなくて……。
「いつも返事が早かったのに昨日は何もなくて、でもお互いに社会人だから四六時中気にしていられる状況でもないから、聞くのは催促してるみたいでどうしようかと思ってたんですけど、何もなかったのなら良かったです」
天真爛漫な顔がより輝きを増し、迷いのない信頼が余計に声を萎ませてしまう。
この顔を、今から本当のことを話して崩してしまうのか?
……。
…………。
………………。
少し、時間を空けよう。
* * *
その後、彼女とは雑談など違う話で盛り上がり、あの笑顔を消すことなくお互い職場へと向かっていった。
森野さんを曇らせてしまうと思ってしまった私は、結局何も伝えられず一人帰りの電車の中でそのことを後悔していた。
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