2-7 妹と彼女



「おはようございます」


本来学校があるはずの、俊くんと一緒に授業を受けているはずの平日の昼間である今、私はドラマの撮影現場にいる。


本来はこのドラマに私は参加するはずではなかったが、急な出演者のスキャンダルが発覚し降板した為、私が代役を務めることになった。たまにこういうのはあるらしいが、急すぎるのもこまったものだよね・・・


ドラマの大まかな内容としては、彼女がいる男子高校生が妹にも好かれて青春を謳歌するというありきたりなハーレムものだが・・・なんか既視感を感じる気がする。気のせい?


そして私は主人公の彼女役を務めることになった。側から見たら大抜擢!羨ましい!だが、そこまで嬉しくはないのが本音だ。

だって、俊くん以外の男の彼女役て。

いいんだけどさ。別に役だし。


相手は今人気沸騰中の

若手俳優 釜瀬かませ犬也けんやさん。

ティーンから絶大な人気を誇っているらしく、このドラマの知名度も彼の人気によるものが大きかった。それでも、今からここを俊くんに変えれないかしら。


まぁ、100歩譲ってそこはいいよ。

それよりも今、私の左直線上にいる相手が、私にとっては最大の問題であり、この役のモチベーションなのである。


俊くんと久しぶりに再会し遊ぶ約束をした日、急にマネージャーに仕事が決まったからよろしくと言われ、泣く泣く俊くんとのお出かけを延期させてもらい顔合わせに行ったところ、そこにいたのだ。


最愛の彼の義妹であり、

アイドルグループ『Amour』のセンター

斉藤舞香 改め 蒼舞香が。


なんでも主人公の妹役の方も巻き込みスキャンダルを起こしてしまい、舞香ちゃんも代役に抜擢されたというのだ。

・・・これはもう運命なの?



そして現在彼女を横目で見ているが、

まるで敵を認識した時の警察犬のようにグルルルと吠えている。


横のマネージャーさんがなだめているのをみると、この例えもあながち間違いではないかも

あ、私が見たらおさまった。気づいてないとでも思ってるのかしら。ここまで素直に敵意を出されるとかわいいんだか、憎たらしいんだか。





「舞香ちゃんおはよう!

 今日は一緒にがんばろうね?」


「はい!私、ドラマ撮影は初めてなので知り合いの絵里さんがいてくれて嬉しいです!

今日は胸をお借りしますね?よろしくお願いします!」


「あら?

 舞香と絵里さんは知り合いだったの?」


舞香のマネージャーである縁が、そう問いかける。


「はい!同じ学校の先輩です!」


「あらぁ初耳だわ。

 今後とも、うちの舞香をどうぞよろしくお願いしますね。」


「いえいえ、こちらこそ舞香ちゃんにはお世話になりっぱなしで・・・ねぇ?」


「いやいやぁ、そんなことないですよぉ。

 私の方がお世話になりっぱなしで〜

 特に、一昨日の夜とか〜」


「いやいやー」


「いやいや〜☆」


後に『Amour』マネージャー泉縁はこう語る。今まで色々な偉い人たちの無言の圧力というものは感じてきたつもりだけど、私と一回りも違うはずの彼女たちのソレは桁が違いすぎた、と。


((何なの、この子達の迫力は!?

いや、笑顔よね?笑顔なのに何でこんなに鳥肌がたつの?え?仲良いんじゃないの?

あぁ、早く始まってくれないかしら・・・))


冷や汗を垂らしつつ、撮影開始の合図を待つ


「それじゃあ始めまーす。

 こちらに集まってくださーい」


スタッフがそう言い、出演者と関係者が集まる。


((よ、よかったぁ。助かったわ・・・))


死を実感することによる生の実感。

その意味を身をもって体験した縁であった。





最終打ち合わせも終わり、今から撮影だ。

ん?釜瀬さんが近づいてくる


「絵里ちゃん今日はよろしくね。

 急だったのに受けてくれてありがとう。」


「いいえ。釜瀬さんの方が大変だったでしょう。お互いがんばりましょうね。」


そう言って握手をする。

この人は私と同じ時期に人気が出だしたこともあって、悪い人でもないし比較的に交流はある方である。まぁ、だからと言って俊くんが相手役でないのは納得いかないけど!


そしてなにより、私はこの作品が好きだ。


だってこの作品の結末は主人公と恋人が結ばれて終わるのだ。妹に負けないのだ!


むふふ。これは、俊くんに主人公を重ねたら、むふふ。

そうやってニヤニヤしていると、

奥の方にいる舞香ちゃんに見られていたようで引いた顔をされた。


舞香ちゃんはギリギリまで本読みを続けていた。たまに憎そうに台本を睨みつけている。

・・・え?何で泣いてるの?


なんかよくわからないが一つ分かることがあった。彼女の纏う雰囲気はいつもの小悪魔な感じとは一切違う、紛れもない女優の雰囲気だということだ。


へぇ?

案外やる時はやるんだ。


少し対抗心を燃やしてしまう。

同じ人が好きな一個下のかわいいライバル。

そんな彼女に私の専門分野でもある演技で、

絶対に負けたくない。

そして恋でも、絶対に。

 



今回私は、初めて演技に挑戦することになった。急に決まった仕事とはいえ妥協なんてしたくない。そう思って参加したら、あの女がいたのには心底びびったものよね。


だけどいいスパイスだわ。

だってあの女には絶対に負けたくないもの。

演技はあちらの畑だが、そんな事を言い訳になどしたくはない。だから私は必死に台本を読み込む。辛いと感じるときはあった。

だが、


ここで勝って、恋にも勝つ。


そう心に決めているから絶対に諦めない。


・・・けどさ、それはいいけどさ。

私の役さ、主人公の妹なんだけどさ、

これさ、みるかぎりさー。


妹、彼女に勝ててないんだけど・・・


なんか、別にさぁ、私のことじゃないんだけどさぁ、流石にうざくね?

まじで何このストーリー!


台本を見てるとムカついてきた。

この妹やる時はやるけど、照れて肝心な時に何もできていないのだ。

・・・は?私も、って?殴るわよ?


この主人公も対応がいちいちあの女に似ててうざい!・・・え?なんかその女がニヤニヤしててきもいんだけど・・・やば。


はぁ・・・何で妹と付き合わないのよ!


私ならああするのに、こうするのにと考えていたら、この妹に感情移入してしまい少し泣けてくる。


あっ、乳デカに見られた。

なんか引いた顔してるし!うざ!


まぁ、いいわ!

今回の勝負、絶対に負けないから!







俺は釜瀬犬也。今一番売れていると言っても過言ではない俗に言うイケメン俳優というやつだ。今回このドラマでは主人公【こうき】を演じさせてもらう。


本来、相方役となるはずだった女優さんたちが、スキャンダルにて役を外された時にはどうなることかと思ったが、まさかこんな大物たちが入って続けることができるとは思っていなかった。


彼女【ありさ】を演じる女優 上坂絵里。

出だしこそ一緒だったが人気でいうと正直俺は、彼女には負ける。言いたくはないが演技でも。嫉妬もする時はあるが、いいライバルでもあり俺は彼女を、彼女の実力を信頼している。彼女がいてくれて本当に心強い。


妹【いちか】を演じるアイドル 斉藤舞香。

彼女に関してはよく知らなかったが、

挨拶に来てくれた時の真摯な態度、役に対する情熱、そしてなにがあっても諦めない精神力。その全てをここ数日でしっかりと見せられ、俺は勝手ながら絵里と同じくらい信頼している。


この三人ならきっといい作品がつくれる。


そして今日のシーンは、妹と彼女が主人公の家にて、主人公と休みの日どちらが遊ぶか争うというものなのだが・・・


「あら、ごめんねぇいちかちゃん。

 お兄さんは明日私と遊ぶのよ。

 ねーこうきくん?そうだよね?

 ほら、いちかちゃんとは一緒にいれないって、本当にごめんねぇ?」


え?絵里さん?いつも周囲を驚かすような完璧な演技をする彼女だが、今回の演技はレベルが違う!これは、これは、役が完全に彼女におりきっている!

すごすぎる、さすがは俺のライバル!

だ、だけど少し引っ張られている腕が痛い気が・・・


「はぁ?そんなこと言ってないんだけど!

 お兄ちゃんは私と遊ぶの!あんたは家で勉強でもしてればいいでしょ?そうよねお兄ちゃん?私と一緒がいいよね?

 お兄ちゃんだってそう思ってるよね?」


ま、舞香さん?俺は彼女の演技を見るのは初めてだが、何だこの完成度は!完全に原作の妹がそこにいるかの如き表現力!彼女も同様に役をおろしているというのか!?

恐ろしい・・・これでアイドルというのだから、負けてられないぞ犬也!

けどやっぱり腕痛いぃぃっ!


「お、おい、やめろよ!」


「え?

 こうきくんは私と遊びたくないの?」


「お兄ちゃんは私と一緒がいいんでしょ!」


や、やばい。本来なら日本全国の男子から羨望の目を向けられるような状況のはずだが、何だこの二人の圧は、こ、怖い!痛い!家なら絶対にちびっている!

ひぃぃっ!むりぃっ!!!



「・・・カットっ!いい!実に素晴らしい!

 絵里のあおりながらも主人公をかわいく誘惑する彼女の主人公だけが特別な表現も、舞香のツンツンしながらもデレを挟む妹の好きだが素直になれない表現も、犬也の二人にびびりちらかしていて情けない感じの主人公の表現も、全てがverygoodだ!

 

 これはいいシーンになるぞ!

 みんな、よくやった!」


「「「ありがとうございます!」」」


そうお礼を言う中でもバチバチと互いを睨み火花を散らす女優二人の横で一人納得していない表情の俳優がいた事に、現場の誰一人として気づいてはいなかった。


((こ、こんなの納得いかねー・・・))



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