誰かのワンダールーム
藤田 芭月 / Padu Hujita
第1話 ワンルームにはお別れを
ピロンッ――
通話の切れる音がワンルームに響いた。
「マジか…」
ダメもとで申し込んだアルバイトに受かった。
戸惑いと嬉しさで、こんがらがっている。
日々ボロアパートで暮らしている俺にとっては好条件すぎるアルバイトだ。住み込みで、月収は50万円、昼食、夕食付き。社会から見放された俺にはもったいないくらいだ。正直、これは夢なのではないかと疑っている。何せ、朝、郵便ポストに入っていた求人広告が入っていて、そこに記載されていた電話番号にかけたら、その場でアルバイトの合格が言い渡された。なんとも奇妙な話だ。とはいえ、今まで働いていたコンビニが潰れて、職を失い、必死になってアルバイトを探していたところだったため、俺は喜ばずにはいられなかった。
翌日、アルバイト先の詳細な情報が書かれた紙が郵便ポストに入っていた。アルバイト先の住所、入寮日、研修などの情報が主だ。携帯のマップでアルバイト先の住所を入力すると、ずいぶんと山のほうにあることが分かった。
俺は入寮日に向けて、準備をした。ふと、先の紙の隅のほうに目をやると、変なことが書かれていた、『このアルバイト情報は他言無用でお願いします』と。わけのわからない恐怖にゾッとしたが、俺はもう後戻りはできない気がして、気にはしなかった。
数日後、俺はこのみすぼらしいワンルームでの最後の日を迎えた。なんとなくだが、もうここには戻って来られない気がした。本当になんとなく、そんな感じがした。
「じゃあな」
ありきたりなセリフで、ワンルームに別れを告げた。
いろいろな交通機関を駆使してたどり着いた場所は、異質な存在だった。
「でけー」
空いた口が塞がらない。
建物は全体が黄色で覆われていて、子供向けのホテルのようだった。ただ、周りは鬱蒼とした森林が広がっているのに、建物だけ明るい黄色のため、黄色本来の活発なイメージはなく、言い表すことのできない不気味さを放っている。例えるなら、住宅街の中心にラブホテルが建っている、そんな感覚だ。
数分間、呆然と立ち尽くしていると、そのラブホテル(仮)から車椅子の老人が現れた。ぱっと見だが、とても若く見える。頭の白髪を考慮しなければ、30代後半といっても通じるだろう。
まじまじと、老人の顔を見ていると、
「なんだい、僕の顔に何かついてるかい」
突然の老人の問いかけでうまく反応できず、俺は咄嗟に森のほうに目をやった。
「いや、その…」
老人は、俺の反応を気にせずに続けた。
「幸樹君だね。アルバイトに応募してくれて、ありがとう。人手が足りなくて困っていたんだよ。君のような若い人手がね」
「はは、ありがとう、ございます」
俺は苦笑いで老人の言葉を返した。
「さぁ、ついてきなさい。長い旅路で疲れたろう。今日は寮で休みなさい。仕事内容の説明は明日行おう」
老人は足早に建物へと進んでいった。
「あ、はい。ありがとうございます」
俺もその老人に続いた。ふと、空を見上げた。ワンルームでは体験することの出来ない空の近さだ。俺は訳の分からない恐怖と少しの期待感を胸に抱かせて、建物へと足を進ませた。
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