エピソード2:汚れぬ花-4

 目的の街に着いた俺の元に、菜々からの追加情報が2つ届いていた。1つはネコの鞄の女だ。少ないヒントからよく見つけるものだ。坂戸薫と共に映っている写真が1枚だけ見つかり、そこから本人を特定。どうやら坂戸薫の元同僚、つまり元AV女優仲間だった。年齢から察するに先輩、当時の関係性は不明だが今でも付き合いがある事と「危ないからやめなよ」と助言のような発言から、恐らく薫が頼りにする存在なのだろう。


 よく事情を知っていそうな人物の為、急いで接触を図る。SNSアカウントへダイレクトメッセージを送信。


 『【坂戸薫さんの件】迷子になった蓮君を預かっている者です。お母様の安否が心配で、事情を知る方にお話しを伺えればと思っています。至急ご連絡をいただけますか?』


 電話番号も載せ、一旦返答を待つ。しかしまだ早朝、連絡はもう少しかかるか。


 そして、もう1つの情報、坂戸薫の住所だ。ロックを付けたアカウントだからと油断していたのか、アップされた家の中らしき画像に位置情報が載っていたようだ。

 まずはコチラから攻めるとするか。俺は再び車を走らせた。


 辿り着いたのは意外にも立派な10階建てのマンション。しかも賃貸ではなく分譲。なるほど、派手ではないが金の使いどころはわかっているタイプか。それとも誰かの助言か。いずれにせよ、文字通り自分の身体で稼いだ大金を散財していない事は確かのようだ。


 まずは駐車場を確認。蓮に聞いていた坂戸薫の車は青くて四角い車。四角いが何を指すかは不明だが見る限り青い車は無い。


 続いて正面からオートロックのインターホンを鳴らすも当然応答はない。時間帯もあるだろうが、まさか呑気に眠っているわけでは無いだろう。

周囲と監視カメラの位置を確認し、オートロックの内側へ侵入。刑事時代ならまだしも今となっては軽犯罪にあたる行為だが、非常事態なので致し方ない。部屋の前まで辿り着き、電気メーターを確認。冷蔵庫など最低限の家電以外は稼働していない様子。念のためドアを開けてみるがしっかり施錠されていた。


 蓮に別れを告げ何処かへ向かった事は間違いないようだ。そしてその場所から帰れない状況にある可能性が高い。拘束されているか、或いは……徐々に増す緊張感と焦りで思考が鈍る。そんな時スマホの振動が着信を伝える。表示されているのは未登録の番号。驚きで乱れた呼吸を落ち着かせ、通話ボタンを押す。


 「もしもし」


 「あ、あのぉ。小川と申しますが」


 小川……小川つきのか。坂戸薫の元同僚、ネコの女だ。


 「有瀬と申します、連絡ありがとうございます。早速で大変恐縮ですが、いくつかお話を伺えますか?」


 そう遠くない場所に住んでいるという事だったので、30分後に駅ナカのカフェで待ち合わせをした。


 沙良、菜々、藍へ連絡をしてからカフェに向かうと、既に小川つきのは席であたりをきょろきょろと見渡している。知人の失踪と突然の呼び出しに焦っていたのだろうか、ノーメイクに寝間着のような恰好だった。しかし、目印となるネコのトートバッグは持参したらしい。


 「はじめまして、有瀬です。先ほどはどうも」


 「あ、あ、はい。あの、小川です。それで、薫ちゃんと蓮君は……?」


 「まずは状況を説明します。落ち着いて聞いてくださいね」


 俺は出来るだけ簡略的に、且つ落ち着いたトーンで昨晩から今までの事を説明する。そしてその間は目の前の対象に集中した。視線、表情、瞳孔の動き、声のトーン。人間が嘘を付くとき、または自分を偽っている時に必ず変化が出る部分だ。

 

 「それで、蓮君は今どこに?」


 「私の信用できる部下の家に預けてあります。先ほど起きてきたようで、変わった様子はないと」


 「そっか、無事ならよかった。でも薫ちゃんはどこにいるかわからないんですよね?」


 「そうです。ですので、こうしてお話を伺えたらと。警察にもすぐ連絡をしますが、今は一刻を争うかもしれない。出来るだけ情報を集めたいんです」


 「わかりました。私に出来る事があれば何でも協力します。薫ちゃんは大切な後輩なんです」


 「では、蓮が言うクマとヘビの男について何かご存じですか?」


 「クマと、ヘビ?」


 「ええ。クマは大柄なおじさんで、いつもご飯を持ってきてくれるそうです。ヘビは、夜にやってくる、こちらはお兄さんという話でした。どちらも家まで来ているという事は、それなりに親交のある人間だと思います。心当たりは?」


 「ああ、その二人は直接会った事は無いけれど、話だけ聞いています。クマと呼ばれているのは薫ちゃんの勤め先の店長さんだと思います。中華料理屋さんの。確か大柄だって言ってたかな」


 「そのクマがよく家に来るという事ですね」


 「はい。実はクマの方、店長さんは既婚者でお子さんもいるそうなんですけど、話を聞いている限り薫ちゃんに気があるみたいで。休みの従業員の家まで来るなんで、少しおかしくありませんか?絶対何か企んでいるからしっかりと断りなと言っているんですが……」


 「聞き入れないと」


 「はい。良くしてくれているだけだからって。あの子、少し人を信じすぎるところがあるので心配で」


 「なるほど。それで、ヘビの方は?」


 「ヘビかどうかはちょっとわからないですけど、薫ちゃんに付きまとってる男がいる事は聞いています。もしかしたら、その男かも……」


 「付きまとっている?」


 「薫ちゃんは、蓮君に過去の仕事については絶対に知られたくないって言っています。まあ、当然でしょう。私も過去は清算して生活していますし。でも最近、誰かに知られたって言っていて……」


 「それがヘビの男?」


 「多分ですけど。昔の知り合いみたいで、最近何度か家に来るって。こっちも、脅されたりしないうちに離れた方が良いって伝えているんですけどね」


 「なるほど。名前はわからないですか?」


 「すみません、そこまでは……」


 その後も、いくつか質問を重ねた。礼と会計を済ませて店を出ると間もなく11時。わかった事がいくつかあったが、小川に教わったクマの店が開店するので、そちらへ向かう事にした。


 どうやらこの事件、少し厄介な話になりそうだ。

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