エピソード2:汚れぬ花-3
明け方頃、店の締め作業を沙良に任せて早めにKuを出た。始発もギリギリ走っていない時間だったので車で向かうことにする。昨晩蓮から聞いた話と坂戸薫について自身で調べた事を照らし合わせて整理する為に一人の空間が必要だった。
ハンドルを握り、蓮が置いて行かれたショッピングモール前の都道を走らせる。国道にぶつかる交差点で左折、江戸川を渡り千葉方面へ道なりに進めば30分程で目的の街に着くだろう。俺は車のウインドウを開け煙草に火を付けた。
坂戸薫は過去、アダルトビデオへ出演していた。菜々が見つけてきたSNSの写真とは印象がかなり違うが、首元の黒子が一致していることもあり本人だと思われる。
18歳という若さでデビューし、4年間の活動後、一度引退。しかし5年程経った頃に再デビュー、1年間だけ活動し再び引退。以後はメディアから姿を消している。合計5年間での総出演数は数百本に上る。
出演前の経歴は不明だが、家庭環境や金銭面での不自由があったと考えられる。最近では性に対する開放的な価値観を持つ女性も少なくはない。しかし、ビデオへの出演はやはりその後の人生に対して相当なリスクを伴う。その天秤を傾けるだけの理由があったのだろう。
二度目の引退は恐らく蓮の妊娠が理由のはず。しかし、父親の情報や結婚の類に関する情報は上がってこなかった。ファン専用の掲示板にもそれらしい噂は書き込まれていない。
また、掲示板によると、金銭面も決して派手な方ではなかった。現役時代に他の女優達と出演した深夜のバラエティ番組では『度が過ぎる程に堅実』といじられているシーンがあったそうだ。ブランド物の類には興味がなく、生活レベルも極めて質素、さらに趣味は貯金と自身で発言している。しかし人気と出演本数から見ても、数千万円レベルで稼いでいたことは間違いないだろう。
蓮の発言から、今は飲食店の従業員として働き平凡な生活を送っている様子が伺える。では貯めこんでいるだろう大金はどうしている?もし今回の事に悪い想像を働かせるならば、この辺りがカギになりそうだ。
そうなると、あまり呑気に構えていられない。過去、金、息子の置き去り。堅実な性格と、愛されて育った蓮。ただの育児放棄や男との高跳びでは済まない話。
しかし、未だ失踪の理由や手掛かりがないのは事実。やはり交友関係から洗っていくしかないのだ。クマ、ヘビ、ネコ。これらの人物が何者で、どんな関係性なのかによって道筋は変わってくる。
あくまで仮説だが、クマは恐らく坂戸薫の勤め先の店長あたりだろうと思っている。蓮は「おじさん」と言った。彼の中でのおじさんとお兄さんの基準は不明だが、少なくともヘビよりは年上なのだろう。シングルマザーで誠実に働く彼女に気がある……程度であれば問題はない。だが、注意は払っておくべきだ。仮に店長、もしくは同僚あたりだったとすれば、昼前に開店するだろう中華料理屋を回ればいずれ辿り着くはず。
次にヘビ。こいつは薫の恋人か、それに近しい人間。子持ちの家へ夜に訪れ、それを受け入れられている事からも関係性は浅くはないはずだ。だがもし、そのどちらでもない場合は、受け入れなければならない程の理由があるという事になる。しかしこの男の手掛かりは少ない。”ヘビの絵が好き”というのが何だったのか、詳しく聞ければよかったのだが……。これについては藍に頼んでおこう。
残るはネコ。ケンカをしたというが、話の内容としては単なるお節介か警告の類。これがきっかけで何かに発展するような話では無さそうだ。他のクマ・ヘビの事を知っているという点においても、薫と一番親しい間柄なのではないだろうか。となると、一番に見つけておきたいが、特徴は鞄のみ。こちらは菜々に再度働いてもらうか。
車を路肩に止め、スマホを取り出す。電話越しに眠たそうな声が聞こえてきた。
「お疲れ様でーす……なんすか、オーナー」
「お疲れさん、もう寝るところか?」
「はい、眠いです」
「そんなところ悪いんだが、もう一仕事頼まれてくれないか?」
「ええ……」
嫌がっていたが何とか説得し無理矢理指示を出しておく。
「ところで菜々、一つ気になっていたんだが」
「はい、なんでしょう?」
「坂戸薫のSNSアカウント、ロックが掛かっていなかったか?リクエストが承認されないと中身が見られないタイプの」
一応元有名人だ、身バレしない為の工夫はしているようだ。
「そうですね」
「じゃあ、送ってくれた何枚もの写真はどうやって……?」
「それは企業秘密ですぅ。えへへ」
やはり菜々は怖かった。
その後ネコの情報が入り次第連絡する事を約束させ電話を切った。最後まで眠たそうな声だったが仕方ない、一刻を争うかもしれないのだ。その代わり、明日は寝坊しても許してやろう。
次に藍へ連絡するが、眠っているのか反応はなかった。起きたら蓮の様子とヘビの絵について報告が欲しいとメッセージを残し、再び車を走らせた。
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