エピソード1:エデンの煙-5
翌日、昨晩会ったばかりの可愛い後輩を昼飯に誘う。勤め先である警察署の近所、昔ながらの定食屋だった。定番の生姜焼き定食を注文し水を飲み干した途端、高柴悟は怒りだした。
「有瀬さん、ひどいですよ!」
「わるいわるい、まあココはご馳走してやるから許せって」
どうやらあの後一人になっても金髪と暫く飲み、酔いつぶれて眠ってしまったらしい。無理矢理タクシーに乗せられ、気が付けば家のドアの前だったそうだ。楽しんだのであれば文句はあるまい。
「それで、今日はどうしたんですか?昼間に呼び出すなんて珍しい」
「ああ、ちょっと頼みがあってな」
「そういう言い方の時は絶対面倒なヤツじゃないっすか……」
「まあそう言うなよ、お前を信用してるからこその頼みだ」
川越さんの父親が所持していた煙草をポケットから出し、テーブルに置く。「吸うなよ?」と付け加えて。
「コレを調べろって事ですか?」
「流石、察しが良いな。恐らく何かしらの薬物だと思うんだが、有名どころでは無いはずだ。成分と、生産元や販売ルートを知りたい」
「しかも内密にと?」
なんとも空気の読める男だ、こういう所は気に入ってる。
「まだ科捜研にアイツいただろ、名前忘れちまったけど、貸しがあるやつ。そいつに頼んでおいてくれ」
「あの人苦手なんだけどな……」
悟はまだ渋っている様子だ。昔ほどネタを仕込む事に積極的でなくなったらしい。数年前まではこういう話には喜んで乗ってきたのに。仕方ない、奥の手を使おう。
「悟、お前藍に惚れてるだろ?」
「えっ!!え、なんで知ってるんですか!」
悟がKuに来る時はいつも藍が出勤しているタイミング。それにこっそり連絡を取って、口説き文句を並べている事も知っている。こっちは黙っておいてやろう。
「まあ、女の子の管理も仕事のうちなんでな。どうだ、今度飯でも誘ってやろうか?」
「まったく、有瀬さんには敵わないっすね……わかりましたよ、やれば良いんでしょやれば!」
「ああ、よろしく頼む」
これでこっちの仕込みは問題ない。恐らく3~4日以内には結果が出るだろう。
あとは藍の方だ。沙良の場合は完全に昼夜逆転で今頃ぐっすり眠っている頃だが、藍はもう起きているはず。
「もしもし、藍、起きてるか?」
「おはようございまあす、起きてまーす」
気の抜けた返事だった、まだ眠いのだろうか。
「起き抜けに悪いな、鶴瀬さんの件聞いてるか?」
「ああ、起きてすぐ連絡して、さっき丁度返信来たとこです。日曜来てくれるって」
「やけに返信早いな」
「鶴瀬さん、最近スマホに変えたらしくって、メッセージのやりとりが楽しいみたい」
「あの人結構歳行ってなかったか?」
お気に入りの、しかも娘より若い女の子との連絡に心躍らせている。気持ちはまだまだ若いらしい。
「んー、65歳だったかな。孫の写真を拡大して見たいんですって」
なるほど、なんとも微笑ましい限りだ。悟の話もきっとこういう理由なのだろう。
「そうか、わかった。ありがとな。あと、もう一つ頼まれてくれるか?」
追加の頼みは少し渋られたが、礼替わりに美味いものを食わせてやると言うと素直に従ってくれた。
これで、あとはもう一つ仕込みを入れておけば準備完了。おのずと事実は見えてくるはずだ……などと考えている自分に驚く。昔の性だろうか、気が付けば積極的に動いてしまっている。
ここ数年、不眠症気味でまともに眠れていない。Kuを始めたのも夜は特に眠れないからだった。かといって昼夜逆転してしまった今、日中も同じく眠れない。普段は強い酒を無理矢理流し込んでから、一人床に就く。それでもまとまって睡眠がとれる事は殆どなかった。だから、今回の件は暇つぶしには丁度いいのかもしれない。”暇つぶし”は不謹慎な考えだが、その結果として人助けになるのであれば問題ないとも思う。
この傷は、自分で思うよりも遥かに根深く、そして陰湿だった。
時間が解決してくれるなんて言葉もあるが、そんなものは幻想だ。時間が経っても消える事のない出来事だってあるのだから。それに、痛みを解決してくれるのがどの程度の期間なのかなど、誰にもわからないのだ。
それならば痛みは抱えたままでも、とにかく別の何かに時間を使った方がより有効的だ。
今の俺のように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます